ナイスバルク&グラサン
「思い……出した!」
そうだ、なぜ俺は忘れていたんだ。あんな濃い出来事を……。
何故……、あの子はグッピーくんのもっこり未完成絵を持って行ってしまったんだ……。
「まだ完成してないのに!」
「うるせぇ!」
「はっ……、ここは……?」
走行中の車の中、俺は後部座席の真ん中で両脇を筋肉だるまで固められ、前の助手席にはグラサン。運転しているのはもう1人の筋肉だるま。
俺のケツは無事か?
「ちっ、うるせぇ奴だなてめぇ。着くまで大人しくしてろよ」
「ちょっと状況がまだ飲み込めないんですよ。突然目の前にナイスバルクが3人現れる人の気持ち考えた事あります?」
「ねぇよ……。てめぇらも照れてんじゃねぇ!」
「いやー、ここの三角筋めっちゃ良いですね。よっ! キレてるね!」
「てめぇも筋肉褒めるんじゃねぇ!」
なかなか良いツッコミをくれるグラサンだ。
これ以上すると胸に隠し持ってる銃で脅されそうだから辞めておこう。
「ごめんなさい。で、俺の疑問に答えて欲しいんですけど」
マジで状況が読み込めない。
両親が夜逃げしたと思ったらすぐこれだよ。この状態で冷静でいられるのなんて、俺ぐらいだね。
「ちっめんどくせぇな。てめぇはこれからダンジョンでひたすら労働するんだよ。恨むならてめぇの親を恨みな」
面倒臭がりながらも、グラサンはいまいち要領を得ない答えを返してくる。
が、俺にはわかる。何年あの両親と一緒に暮らしていたと思ってるんだ。
珍しく俺の小学校の運動会を見に来たと思ったら、自分の子供に夢中になっている他の親のカバンから財布盗むような人たちだぞ。
まぁつまり、俺は両親に売られたのだ。
明らかにカタギではないこの人たちに。
もっと詳しく聞くところによれば、これから3000万の借金を返す為にダンジョンで荷物持ちとしてタダ働き。一体何年働けば返済出来ることやら。
2年ぐらい働けば返済できるよね?
「2年でできるわけねぇだろタコ。だが、同情はするぜ。クズな両親の元に生まれた自分を恨むんだな」
「俺の両親を悪く言うなよ! 確かに酒癖悪いし酒瓶で殴ってくるし煙草の煙で目は充血するしギャンブルで負けた日は理不尽に殴られる! けど……! あれ? 何も良い所ないな」
もしかして俺の両親……真性のクズでは?
いや、どんなクズな人でも探せば良いところが1つくらい……。うん、無いな。
「俺の両親クズすぎぃ!」
「ご苦労なこった。今までそれでよく生きてこれたな。」
「いや、割と慣れると酒瓶は耐えられる。タバコ押し付けられるのも1日経てば跡消えるしさ」
てか酒瓶で頭かち割られて血が一滴も出ないって、よく考えたらおかしくね? 今思えばまったく痛くなかったし。
「なるほどな。それがてめぇの防御力の秘訣ってやつか。ある意味英才教育だな」
グラサンは皮肉気にそう言い鼻で笑う。
今笑う要素あった?
この人笑いのツボ浅いなーなんて思っていると、突然車内に携帯電話の着信音が鳴り響く。
俺は胸ポケットから携帯を取り出そうとして。……?
「あっ俺元々携帯なかったわ」
「阿呆か、俺のだよ。……おう、俺だ。あぁ、今向かってる」
携帯は持ってないけど近くで携帯がなると探す振りをしてしまう……。携帯持ってない人あるあるだと思います。え、ない? あっそう。
そんな事より、グラサンの方の電話が何故か異様にヒートアップしている。
「あぁ!? 何でだよ、誰がそんなこと言って……、は? マジかよ……」
グラサンは怒り狂った顔から突然驚いた様な顔へ変わり、俺の方をチラッと見たと思えば、運転していた筋肉だるまへ車を停めるように指示する。
「運が良かったなぁてめぇ。でも、どういう関係だ? ……いや、探るのは辞めておくか」
後が面倒だ……なんて呟いたシリアスな顔で呟いたグラサンは、俺の両手足の縄を解くように両脇のナイスバルクへ指示をして、俺を車外へ放り出す。
車外へ突然放り出された俺の身体は、硬いアスファルトの地面へと打ち付けられる直前にオリンピック柔道選手ばりの受け身を取り出す。
これは俺の48ある特技の一つ、自動受け身だ。
よく癇癪起こした父親に投げ飛ばされるせいで身についたのだが、これが割と使える。
完璧な受け身を取った俺だが、今の状況はまだ飲み込めていない。
「えっ解放? この寒い中、しかもこんな山道で? 嘘だと言ってよグラサン……。」
「俺らはもう関係ねぇからな。てめぇがここで凍死しようがどうだっていい」
「せめて車だけでも置いていって! もうほんとそれだけでいいから!」
「アホかこのくそタコ! 死にさらせ! いやもうここで死ね! あほ!」
悪口のボキャブラリー少なっ! 本当にヤクザか? この人。
最後まで小学生みたいな悪口を言いながら、グラサンとナイスバルク達を乗せた車は暗闇の先へと走っていく。
くそ寒い中一人残された俺は、割と生命の危機に瀕していた。
いやこれ死ぬやつじゃん。主に寒さで。
痛さには耐性あるんだけど寒さには耐性ないこの体には今の寒さは厳しい。
ここ山道だから明かりも無いし、このままじゃ本当に死ぬぅ! と1人嘆いていた所、前方の道路から車のヘッドライトが俺を眩しく照らす。
通り掛けの車だと思い、この際ヒッチハイクだ! と意気揚々と手を挙げようとした瞬間、俺の目の前でその車は停まった。
黒塗りの車だから一瞬グラサンが戻ってきてくれたのかと思えば、グラサンの車より一回りでかい。
金が余って仕方がないアホみたいな金持ちが乗ってそうだな、なんて失礼なことを考えていると、中からどこか見覚えのある黒服の女性が降りてくる。
「奏多様、お迎えにあがりました。どうぞ、車へお乗り下さい。」
「えっいいんですか! じゃあ遠慮なく」
恭しく頭を下げた女性は、俺を車へ乗るように促す。
危機感のないやつだなと思うかもしれないが、乗れと言われたら乗るしかない。ノーと言えない日本人なんです。
本当に全く遠慮せずに、少しでも早く寒さから逃れようと滑り込むように車に乗り込む。
なんか見覚えある女性だけど、そのことに触れるのはもう少し先でいいだろう。
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