夜逃げした両親を生贄に、世話焼きクーデレお嬢様を召喚!

ゴリラゴリラgorilla

両親が夜逃げした

 それはまだまだ雪の降る寒い夜のこと。

 十分にボロアパートと呼んで良いほど老朽化が進んでいる賃貸アパートに、両親と俺と3人で仲良く暮らしていた。そう、父親に酒瓶で殴られようが母親に煙草の煙を吹きかけられようが、俺としては仲良く暮らそうとしていた筈なんだ。


 控えめに言ってクズな両親だったが、ある日とうとう俺が稼いだバイト代と、家の家具を質に出した金を持って逃げ去った。

 バイトを終えて家に着いた俺を待っていたのは、空っぽになったボロアパートの一室と、床に無造作に置かれた一枚の紙切れ。

 紙切れには教養の欠片もない汚い字でこう書かれていた。


【奏多、色々あって父さん達はどこか遠い地へ旅立つことにした。最後に、お前にはこれを託そう】


 そう書かれた紙切れの後ろからもう一枚の紙が床へ零れ落ちる。俺の見間違いでなければ、その紙に書かれているのは借用書という三文字。

 奴ら、俺のバイト代を根こそぎ奪うだけじゃ飽き足らず、借金までしていたみたいだ。

 どおりで、奴らは働いてもいないくせに毎日酒や煙草やギャンブルの金がどこで捻出されているのかと毎回疑問だった。その疑問を一度ぶつけた事はあるが、酒瓶アタックと呼出煙アタックで口を閉ざされた苦い経験がある。

 借金までしていたとは驚きだが、その借金の金額欄の3000万という数字を見てしまい、目の前が一瞬真っ暗になる。


 3000万という見たこともない数字に意識が飛びそうになりながらも、取り敢えずこの借金をどうしようかと考える。

 借用書の借金の返済期限欄を見てみれば、そこに書かれている期限は2022年1月31日。今日は2021年の12月3日であり、返済期限が残り2ヶ月しかないという最悪な現実を突きつけられる。


「よし、逃げるか」


 12月の雪降りしきる中、俺はこのクソみたいな現実から逃げ出すことを決意し玄関から飛び出したところで、なぜか玄関前に待機していた屈強な男3人に捕まり黒塗りの車へ連行される。


「ちょっ、なんですかあなた達! 助けてー! 掘られるー!」

「ウルセェな。黙らせろ」

「筋肉モリモリマッチョマンの変態どもに掘らグフゥッ」


 車の傍に待機していた偉そうなグラサンがそう言い、連行してきた筋肉ダルマの1人に筋肉の塊のような右腕で腹を殴られるも、中途半端な強さのせいで俺の意識はまだはっきりしている。


「イッテェ……。ちょっと、意識刈るならもっと強く殴ってくれない?」

「ほぉ、レベル30の殴りを耐えるとは、防御が特別高いのか? ……まぁいい、寝とけ」

「いやもっと強くとは言ったけど本当に殴って欲しいわけじゃグヘェッ」


 偉そうなグラサンに腹を殴られ、今度こそ俺の意識は闇へと落ちていった。




 


 夢を見ていた。

 それは俺がまだ幼く、両親がまだそれほどクズではなかった頃。

 俺の記憶の中で唯一と行っていいほどの楽しかった出来事。


 両親が競馬で大穴狙いの3連複で奇跡的な的中を成し遂げ、我が家は大金が手に入った。

 この時の成功を得たせいで、両親は仕事をやめギャンブル等で生計を立てるクズになってしまい結果的にその後の破滅に繋がってしまうわけだが、まあ人生そんなものだろう。


 この時勝った金で両親は珍しく俺を遊園地へ連れていってくれた。入場料の1000円を払うのを躊躇ったせいで、幼児無料の俺だけ園内へ入ったのだが、遊園地に連れていってくれたことには変わりない。


 そこで俺は様々なアトラクションの数々を目に焼き付けた。遊園地のマスコットキャラクターに子供らしく絡み、チュロスとかいう長い食べ物をよだれを垂らしながら眺め、100円を入れて動く動物の乗り物に100円を入れずに乗って気分だけ味わっていた。


 そう、その時の俺は両親からお金を持たされていなかったのだ。

 当時の俺はそれを全く疑問に思わず、両親に教わった遊園地はこう遊ぶもんだという教えを素直に受け入れていた。

 ジェットコースターなんかは高速で動くのをただ見て楽しむものだと教えられたし、メリーゴーランドとかは楽しそうに乗る子供をただ見るだけのアトラクションだと教えられた。

 今考えるとそんな訳ねぇだろと思うが、あの時の俺は純粋だった。


 さて、金も持たせてくれない両親がその時唯一与えてくれたのが、小汚い一冊のスケッチブックとペンだ。明らかに使い捨てられた物をゴミ箱から拾ったかのような物だった。

 これは俺が写真を撮りたいと珍しく我儘を言った際に与えてくれたが、曰く、これで写真を撮る代わりにスケッチしろということらしい。


 変に納得した俺は、園内で狂ったように絵を描いた。

 デザインが少しキモいマスコットキャラクターにはじまり、高速で動くジェットコースター、グルグル回るティーカップ、美味そうな長い食い物。

 そして、噴水の側に飾ってある園内のマスコットキャラクターを模した石像の股間のあたりを熱心に描いていた所、突如として横から話しかけられる。


「ねぇ、それ何を描いているの?」

「こいつの股間だよ。なんかやけにもっこりしてるんだ。見栄張ってるのかな?」

「それ、グッピーだよ。ここのマスコットキャラクター」

「グッピー……。魚かな?」


 マスコットキャラクター=魚説が俺の中で浮上していたところで、誰に話しかけられているのかと気になり横を向くと、目を見張るような美しい幼女が俺の目の前にいた。

 こんな幼女に股間のもっこりがどうとか話しているとか事案かな? なんて思うが、そういえば俺も子供だと気づく。

 お巡りさん大丈夫です。


「グッピーって言うんだ。差し詰め君は、グッピー博士かな?」

「何言ってるの? 私は凛音。あなたは?」

「俺、奏多ってんだ! 夢は老後3000万問題を解決すること! よろしくな!」


 子供特有の距離の詰めかたに驚きつつ、俺も負けじとジャンプ主人公ばりの挨拶をかます。

 今のは笑って良いところなんだけど、その子は一切笑顔を向けずに捲し立てるように俺のことを聞いてくる。


「上の名前はなんていうの? 何歳? どこに住んでるの? 好きなタイプは? あと〜」

「ちょい待って。1人聖徳太子しないで。こう言うのは順番に聞くものだから」


 会話のキャッチボールについて教えたところで、改めて凛音ちゃんの質問に答えていく。


「性は袋小路。歳は5歳。住んでるのは東京の僻地。好きなタイプはドラゴン、はがね。響きがなんかいいよね」

「ドラゴンはがね……? 何を言ってるの?」


 まあいいやと幼女は言って、改めて俺の名前をフルネームで呼んでくる。


「袋小路奏多くん。歳は私と一緒。私も東京に住んでる。条件は揃った」

「なんの条件……? それよりさ、見てよこれ。ここもっともっこりをうまく表現できる方法ない?」


 いきなり訳のわからないことを言い出し始めたが、それは置いといてグッピーの股間に対する意見を求める。

 石像ゆえに柔らかさは皆無だが、実際これだけもっこりしてたら本来は少し垂れ気味になるはずなんだ。俺のスキルではその感じを絵でうまく表現できないのが残念でならない。


 あまり乗り気じゃない凛音と色々意見を出している最中、靴を鳴らして何者かが近づいてくる。


「お嬢様! こんなところにいらして、側仕えも付けずに歩き回らないでください!」

「うるさい。今いいところ」

「そうだそうだ! ようやくこのもっこり具合を表現できる技法を編み出したところなんだよ!」


 邪魔しないでくれ! と歩いてきた黒服の女性へ言えば、なんだこいつと言わんばかりの眼差しで睨みつけてくる。


「失礼。何かしている途中で申し訳ないが、お嬢様はそろそろ帰らなければならない。君も、両親の元へ帰りなさい」

「いや。まだ奏多と遊ぶ。帰らない」

「そうだそうだ! 俺たちのもっこりへの探求は誰にも邪魔させ──ひぃっ!」

「お嬢様、我儘はおやめください。本日遊園地へ出掛けることの条件、お忘れになりましたか?」

「うっ……。うん、わかった……」


 凛音へ味方しようとすれば、子供に向けるには明らかにおかしい量の殺気を放たれつい押し黙ってしまう。

 激ヤバな人じゃん。凛音ちゃんもう帰ったほうがいいよ。うん。


「奏多。これあげる。後生大事に持ってて」

「難しい言葉知ってるね。……これ宝石?」

「おっお嬢様! それはっ!」


 なんか高そうな宝石を手渡された瞬間、突如としてその宝石は俺の胸の中へと消えていった。それと同時に胸が苦しくなり、我慢できずに地面へ膝を付く。

 苦しいと同時に胸が熱いし、これ死んだんじゃないのぉ〜と頭の中のコックカワサキが囁いたところで、何もなかったかのようにスッと胸の苦しみが消える。


「い、今のは……? えっ俺殺される……?」

「お嬢様……。そういうことでいいのですね?」

「うん……。ねぇ奏多。10年後、また会いに来るから。あとこの絵もらうね」

「えっ、あっはい。どうぞご自由に」


 何が何だかわからないまま、凛音ちゃんはもっこりグッピーの絵を片手に黒服女と共に帰っていってしまった。


「……俺も帰ろ」


 不可解な点はあったが、十分遊園地を楽しんだ俺は退場ゲートへと足を進める。

 出たところで両親は当然のごとくいなかったが、どうせパチンコにでも行ってるのだろうと遊園地の外で待つことに。

 アトラクションに乗らなくても意外と遊園地は楽しめたことが今日の収穫だなと、そう1人思いながらいつまで経っても来ない両親を待つ。


 宝石が消えた胸の辺りに奇妙な模様が浮かんでいるとも知らずに──。




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