要塞の正体

 要塞にしか見えない凛音ちゃんの家。

 その正面にある門は、当然どでかいものになる。

 まじででかい。でかいしすごい分厚い。門というよりほぼ岩。

 一枚岩みたいな門から横に伸びている城壁みたいな壁が、ぐるっと円形になって連なっているらしい。滝さんが言ってた。

 いややっぱ要塞だよこれ。



 一人で戦慄としていると、目の前のクソでかい門が開いていく。

 見た目にそぐわない軽い音で門は開いていき、車はそのまま前へ進む。門を過ぎたあたりの広場になっている場所へ車が停止し、降りるように促される。


 少し名残惜しいが暖かい車の中から降りる。

 後から降りてくる凜音ちゃんの手を取りエスコートしながら手の柔らかさを少し堪能していると、凜音ちゃんは降りてすかさず俺の腕に抱きついてくる。

 うんうん、外寒いよねー。一緒にお兄さんと暖まろっか(ゲス顔)


 クソでか門を抜けた先になにがあるのかと思いきや、一言で簡潔に言えば街が広がっていた。

 前を見ても右を見ても左を見ても家。家が建ち並ぶ様は、まさに街で間違いない(激ウマ)

 要塞みたいな壁の中に街が広がっている。とても奇妙な光景だ。

 現時刻は真夜中と言ってもいい時刻のはずだが、周りの家々には明かりが灯っているところがほとんどだ。そのため全く暗くはなく、むしろその明かりが割と幻想的に映る。


「滝さん。突然目の前に街が広がってるんですけど、これが家……?」

「ここは我々【深淵アビス】のギルド本部です。お嬢様の家はこの先の、あちらにある一際大きい建物になっております」

「あっほんとだ、大豪邸がある……」


 滝さんが手のひらで指し示した先には、一際明るく輝いている、まさに大豪邸って感じの大豪邸が建っていた。

 家が建ち並ぶ所より一つ高く土台が形成されており、少し遠くてもあの輝きのおかげでここからでも十分見える。

 どうやらあの豪邸が建つ位置が今立っている壁際の反対の壁がある場所になっており、この要塞の内部は広くもなく狭くもない、丁度良い大きさで作ってある、とは滝さん談。東京ドーム何個分ぐらいあるんだろ。


「この壁の内部にはお嬢様の住んでいる風見鶏本家と、【深淵アビス】のギルドメンバーが生活するための家が並んでいます」

「風見鶏本家……ってことは、凛音ちゃんの上の名前、風見鶏っていうんだ」


 そういえば凛音ちゃんの名字知らなかったわ。

 しかし風見鶏っていえば、風見鶏グループを真っ先に思い浮かぶ。

 風見鶏グループといえば、日本の歴史に風見鶏あり、と言われる程の超大手の日本企業だ。そして凛音ちゃんの名字は風見鶏……そしてお嬢様……本家……。

 まさかとは思うが、凛音ちゃんは風見鶏の……。


「滝さん。俺は凛音ちゃんへの対応を変えた方がいいんでしょうか」

「いえ、奏多様はお嬢様と繋がった身。その時よりお嬢様と奏多様は対等の存在となりました。ですので心配は要りません」


 日本を代表するグループのお嬢様と対等になれるとは……。改めて、胸に吸い込まれた宝石についてよくわからなくなってしまう。



 ちなみにここまで凛音ちゃんの柔らかいものが腕に当たる感触を楽しみながら滝さんの話を聞いていた訳だが、少し周りの目が気になってきた。

 深夜だというのに外に出歩いている人が割と居て、俺が車を降りたあたりからチラチラと見られ、凛音ちゃんが俺の腕に抱き付いたあたりでめちゃくちゃ見られ、今では何やら殺意まで感じてしまうほどに見られてしまっている。

 この目線から逃れようと、滝さんへ早めに先へ進んでもらうよう頼む。


「おっとそうですね。さらに詳しい話はまた後ほど。では、向かいましょうか」


 着いてきてくださいと言い、滝さんは大豪邸の方へと足を進める。

 凛音ちゃんを腕に装備しながら俺は後を着いていく、が目線と殺意も俺が前へ進むたびに着いてきて非常に居た堪れない感じになる。


「みんな、散って。これ以上見ると怒る」


 俺が居心地を悪くしているのを感じたのか、はたまた謎の殺気を凛音ちゃんも煩わしく思ったのか、決して大きくないが不思議と通る凛とした美しい声で周囲を叱責する。

 すると、あれだけ突き刺さってた視線が一瞬にしてなくなる。

 視線を外したというよりか、その場から人が一瞬にして消えた。

「散!」って掛け声で四方へ散る忍者みたいでかっこいい。


 ……いや、よく見てみると一部の人は気配隠してるだけだな。

 よーく目を凝らしてみると、建物の影とかでうまいこと気配隠してるだけだ……。全員が「散!」をできるわけではないのか。


「ありがとう凛音ちゃん。助かったよ」

「ううん。みんな心配性だから……ごろごろ……」


 感謝の気持ちを込めて凛音ちゃんの喉をごろごろしていると、いつの間にか滝さんがずっと先の方で待っていた。

 慌てて追いつき、次は離れないようにピッタリと後ろを歩く。




 門から豪邸までは何の障害物もなく一直線に道が引かれており、その左右にギルド員が住むであろう住宅が建ち並ぶ。

 歩きながら一軒一軒住宅を見ていると、どれもこれもどこか特徴のある家が多い。

 現代風な家もあれば、中世風な家、きのこ型の家、木を切り抜いたような家もあり、全くの統一性が見られない。

 しかし共通する点としては、どれもこれも俺の住んでいたボロアパートより、断然綺麗で大きいということだ。

 東京の世田谷区あたりに並んでてもおかしくないと思う。


「左右にある家が気になりますか?」

「えぇ、特徴的だなと」

「まあこれは……それぞれ個性的という事ですね」


 少し呆れたように滝さんはそう言う。

 どうやら、家を建てる際にそこに住むギルド員の要望を聞いていく内に、こういう個性的な建物が増えていったらしい。

 それにしても、きのこ型は本当にわけがわからないよ。キノコ王国の住人か?


 キョロキョロしすぎて流石に首が痛くなってきた頃、ついに豪邸の前へと着く。

 改めて見てみれば、まさに大豪邸。なんか装飾がすごいし無駄にキラキラして……。だめだ、俺の語彙力ではこれ以上褒める言葉がない。


 うんうんとどう褒めていいやら悩んでいると、凛音ちゃんに手を引かれ家の中へと連れていかれる。

 豪邸に相応しい豪華な扉が開けば、中に広がる景色はまさに圧巻。

 床も天井もどれもこれもキラキラと輝いており、ボロアパートで15年過ごした俺の目が眩しさで焼かれそうになるほどだ。

 あそこに何気なく飾っているツボとか、壁に掛けてある絵画とか、恐らく目が飛び出るほどの値段するんだろうね。なんで金持ちって壺を飾りたがるんだろう。


 金持ちの生態に着いて疑問視していると、凛音ちゃんに手を引かれさらに家の中を進んでいく。

 真夜中ということもあってか家の中はとても静かで、俺たちが歩く足音だけが響いている。

 これは偏見だが、こういう家にはメイドの1人や10人ぐらい待機していそうなものなのだが、不気味なほど誰もいない。

 気になったので、後ろを歩く滝さんへ聞いてみる。


「メイドさんとか執事さんとか、そういう方はいないんですか?」

「えぇ、この家にはそういう類の方はいません」

「ということは、ここに住んでいるのは凛音ちゃんと滝さんだけってことですか?」

「いえ、他にもギルドメンバーが何名か住んでおります。外に住居を構えていない方が数名おりまして、余った部屋へ住んで頂いています」


 なるほど。これだけでかい家なら、当然凛音ちゃんと滝さんだけでは持て余すだろう。家賃とか貰ってるのかな。すごい高そうだけど。


 ということは。


「さしずめ、この家の掃除とか家事はそのギルドメンバーに任せてるってわけですね? それが家賃代だとか……」

「家事、洗濯、掃除、全て私がやっております。ここに住む方々には家賃代のみ払っていただいています」


 スーパー滝さんだったわけだ。そしてちゃっかり家賃は頂くと……。

 いや住まわせてもらってるなら家賃払うのが当然だよなぁ。俺の両親はその当然ができず、俺がずっとバイトで稼いで払っていたわけだが。


 広い廊下を結構歩いた先で、凛音ちゃんは扉の前で足を止める。

 扉にはバスルームの文字が。


「奏多。先お風呂入って」

「えっお風呂……一体何年ぶりだろ……」


 勘違いして欲しく無いのだが、川で体を洗ったり雨の日に体を晒して洗ったりと、貧乏なりに体を清潔にしてきたのだが、お風呂、つまり湯船に浸かるのは数年ぶりだ。

 覚えている限り最後に湯に体を浸からせた記憶があるのは、確か俺が10歳の頃。


 その頃お金が猛烈に不足していた俺は、ついに闇バイトと言われるヤバめなバイトへ精を出していた。

 鹿児島の桜島へ魔力水晶を掘りに行こう! っていうヤバめなネーミングしたバイトだった。

 当然、許可なく魔力水晶を掘ることは違法だ。いくら活火山が一番魔力水晶が掘れると言っても、違法は違法なのだ。


 採掘作業も佳境へ入ってきた頃、突如響くサイレン、雪崩こむ警官、どんどん捕まっていく同業者達。

 俺はそれを横目に必死に逃げた。

 わけもわからず走り、その時ふと見つけたのが温泉だ。

 ゴロゴロした岩場の中に人が数人入れるぐらいの小さい穴。そこに湯が張られてあった。いわゆる天然温泉だ。

 俺は身を隠す目的もあり迷わず入り、その気持ちよさについそこで一夜を明かした。

 その後は無事誰にも見つからず逃げられたが、せっかくのバイト代が全てなくなってしまったのは悲しかった。


 という、悲しいやら嬉しいやらの記憶を最後に湯に浸かっていない俺は、お風呂に入れるという事態にテンションが上がっていた。


「じゃあ遠慮なく入らせてもらいます!」


 意気揚々と扉を開け、広い脱衣所で上がったテンションそのままに服を脱ぎ散らかしていく、ことはせずにきちんと畳んで置いてあるカゴの中に入れる。


 浴室へ繋がるすりガラスの扉を開けた瞬間、心地よい熱気がむわっと体へ当たる。


 浴室に入ってまず、浴槽の広さに驚いた。

 修学旅行で1クラス全員入れそうな程広い浴槽。温泉施設にあるような大浴槽を豪華にした感じだ。

 そこに並々と注がれたお湯。

 奥の方にはトラを象った像が口から湯を吐き出している。そこは普通ライオンとかじゃないのかなと思うが。


 俺は凜音ちゃんと滝さんに感謝の念を送りつつ湯船へ入る……前に体と髪の毛を洗う。

 控えめに言って今の俺の体は汚い。いや、綺麗にしているとは言ったが、川で体を洗う時は洗剤を使えないもんだから真の意味では体を綺麗できていない。

 こんな綺麗な湯船に汚い体で浸かるなんて言語道断。

 丁寧に髪を洗い、体も洗剤を泡立てワシワシと洗っていく。


 数回洗って流してを繰り返し、ようやく俺の体はこの湯船に浸かる権利を得るのだった。




































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