第17話

 「レイ。私の言っていることが荒唐無稽に聞こえるだろう。無理もない。今はそれで構わない。ただ一つ、私は君に謝らなくてはならない。昨日、君に接触し、アームレスリングを挑んだ意図は、君に大統領になってもらいたいからなどでは決してなかった。むしろ本当はその逆のことを企んでいた。」


「逆とは?どいう意味ですか?」

 ヘンダーソンは少し考え込むように親指を顎の下に立てる。


 「いや、それももはや過去のことだ。とにかく、昨日の一件が君の運命を決定づけてしまったと言えるだろう。君はまだ若い。これから先、どんな人生を送る可能性だって君には残されていた。それが、たった一日で、私がそのほとんどすべてを消してしまった。君には、大統領になってもらうしかない。」


 「まだあなたの言っている意味が理解できません。そもそも、仮にあなたに協力したとして、『革命』が成功するかは分からない。もし失敗したら?」


 「それは、君があの男にアームレスリングで負けるということか?そんなことはさせない。君には、私たちがついている。必ず、君を世界一のアームレスラーに育ててみせると約束しよう。」

 ヘンダーソンが笑う。どこか無理をしているような笑い方だった。あるいは、どこかで彼も不安はあるのだろう。


 「とにかく、1週間後にNYへと向かってもらう。私はルーカスを追って先に出る。シンと一緒に来ると良い。では、NYで会おう。」

 そう言って、ヘンダーソン部屋をでた。私がNYに行かないということを微塵も想像していないようだった。


「自宅まで送ります、レイ。」


 シンが口を開いた。ヘンダーソンがいるうちはずっと黙っていたし、表情を変えることも無かった。


 「シン、君はヘンダーソン氏とはどういう関係?」


 「Mr. ヘンダーソンは、現在の私の支配者代行です。」

 「支配者?代行?」


 「私は過去に、AW法である方に自由を奪われています。つまりその方が私を『支配』し、私はその方の命令によってのみ行動します。ただ、現在はその方が近くにいないので、Mr. ヘンダーソンが実質的に私の行為を決定しています。」


 とても事務的に告げるその内容は、まさにAW法の負の側面そのものであった。けれど、それをシンは、まるで駅にながれるアナウンスのように淡々とした口調で語る。


「『その方』とは、どこの誰ですか?」


 シンが、一瞬目をそらす。彼女の表情から「気まずさ」を読み取れたのはその時が初めてだった。


「ルーカス・ハリス。あなたの父です。」

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アームレスリングが全てを支配する合衆国で正義のために戦う 島森清輝 @seiki_shimamori

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