第16話

 ヘンダーソンは、レースカーテンの閉じた窓をじっと見つめながら話す。


 「疑問を感じたことはきっとあるはずだ、AW法という存在について。

新大統領がAW法を施行し、世界中の国家がそれに追従した。実際の武力を用いた戦争は多くの主権国家の間では姿を消しつつある。『力比べ』という生き物として最も原理的なやり方で、あらゆる次元の争いごとが解決される。その点ではAW法は、極めてシンプルなシステムだ。

 しかしこれにより、戦争で人が死ぬことはなくなった。司法をはじめそれまでの社会で複雑を極めていたシステムは、原始のシステムへと回帰することで、万人にとって理解しやすく、人種や宗教、身分の垣根が無いある意味で『平等』な社会を実現しようとしている。


 だがしかし、結果的に残酷な運命に立たされる人もあとを立たない。

 アームレスリングによって不当な労働を強いられたり、それまでの社会では正当とされた権利を奪われたり、時には自由からも断絶される。

 AW法は、戦争をなくすことと引き換えに、それまでの社会が当たり前のように守ってきたたくさんのものを壊そうとしている。そしてこの破壊はまだ始まったばかりだ。」


 ヘンダーソンは、そこまで話すと一度大きくため息をついて、振り返った。


「そう、まだ始まったばかりなのだ。新大統領はAW法によって変わっていく社会を『破壊と再生』と表現した。」

 有名なホワイトハウスでの演説の引用。


 「けれど、再生される社会は決して元通りの、私たちが人生を享受していた社会ではない。それは、単純な意味での力が支配する社会だ。勝者がいれば、必ず敗者がいる。そして、その敗者に待ち受けるのは、想像を絶する残酷な運命だ。AW法が導く『再生』など、あってはならないのだ。」


 正直に言ってしまえば、ヘンダーソンがこの時言ったことには全くもって同意できた。それは恐らく、ステラの一件があったためだろう。もしあの時、私がキングスランドに負けていれば、ステラは残酷な結婚をする可能性があったのだ。


 「しかしながら、Mr. ヘンダーソン、どうして反AW法を掲げるあなたが、それほどまでにアームレスリングを鍛錬されているのですか?」

 

 彼はゆっくりと振り返った。それから目が合う。


 「レイ、それは至って単純な理由だよ。

 私たちが目指すのはAW法を利用した政権の奪取、即ちアームレスリングによって現政権を打倒した上で、AW法を廃止する。これが私たちの目指す、革命の在り方だ。」

 

 「Mr. ヘンダーソン、それはつまり・・・」


 「その通り。

 アームレスリングでやつを倒すということだ。現大統領、ローランド・アームストロングをね。」

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