第14話 大きい家
シンから渡された紙に書かれていた住所は、想像していたよりも病院の近くだったので、もう少し先生と話してから出発しても良かったかもしれないと後悔する。
そうは言っても、普段病院に通うときには通らないような細い路地裏のような道を、いくつも通り抜けなければならなかったので、スマートフォンのナビが無ければ迷っていただろう。
指示された住所には、この界隈では比較的大きな一軒家が立っていて、敷地の境界には、白いペンキで塗られた木板を簡易的に組み合わせただけのシンプルな柵が連なっていた。
門も同様に白く塗られた木板でできていて、高さは私の胸くらいまでであった。所々剥がれかけているペンキから、この建物のおよその築年数が推察される。
その門から建物の玄関までのアプローチは、くすんだ茶色のレンガが敷かれていて、周囲は芝生に覆われている。
門の傍に小さな呼出ベルがあって、それはいささか小さすぎて、まるでわざと目立たないように取り付けられているようだったけれど、恐るおそる呼出ベルのボタンに触れる。
電子音が遠慮がちに鳴って、つかの間の静寂。
呼出ベルを押してから、いったい誰が応答するのだろうと思った。
「カギは開いています。どうぞ中に入ってください、レイ。」
女性の声。
呼出ベルに付属したスピーカ越しではあったが、おそらくシンだろう。
こちらは一言も話していないので、どこかにカメラがあったのだろうかと考えた。少なくとも呼出ベルには、そう言った機能があるようには見えなかった。
ペンキが剥がれかけた木製の門を開き、アプローチを進む。周辺は静かな住宅街で、外出している人の気配も近くにはない。
自分の足音が大きく聞こえる。
ノックをした方がよいだろうか。一瞬そう思ったが、ノックはしなかった。
近づくと、門や柵と比べて建物自体は比較的新しいように見える。ドアの縦型のノブにも目立った傷は無く、程よい手応えで開いてくれた。
「hello ...」
ドアを開けながら、小さく呟く。
玄関の照明は点いておらず薄暗い。
正面の廊下はまっすぐ伸びておらず、玄関から1メートルほどで左に折れている。そのため内部が見通せない構造のようだ。
「シン、どこにいますか?レイです。」
今度はもう少し声のヴォリュームを上げる。
廊下を進む。
照明をつけるスイッチが見当たらない。玄関の扉が閉まると、廊下は一層暗くなる。内部の構造に従って、玄関から続く廊下を左に曲がると、相変わらず薄暗い廊下が続いている、その左右に部屋の入口らしき扉が1枚ずつ。さらに突き当りに1枚。
「シン、いませんか?」
もう一度声をあげる。どこに行けば良いかわからないので、取りあえずまっすぐ進み、突き当りの扉に向かう。
ノブに手をかけた瞬間、背後に人の気配—。
「レイ、そちらではありません。」
小声だったが、シンの声だと判った。
左後方の扉だ。振り返りそちらに向かう。
扉のデザインは先ほどと全く同じだった。扉を手前に引く。空気の流れから、部屋は比較的小さいことが分かった。
「お待ちしておりました、レイ。」
シンがまた小さくお辞儀をする。病室で会った時と印象がかなり変わっているのは、服を着替えていたためだろう。前世紀の看護師のような真っ白な細身のワンピースに変わっている。
「大きな家ですね。ここに来る道中よりも家の中で迷うかと思いました。」
軽く笑って見せたが、シンの表情は変わらない。
「申し訳ありません。本来ならば玄関で出迎えるのが礼儀というものですが、事情があり私はこの部屋を出られませんでした。」
「事情とは?」
「ええ、とてもシンプルなことです。私は、この部屋を出ることを許可されていません。」
変わった言い回しだった。
「許可されていない?」
その通りです、とシンは答える。
「この部屋を出るのに、誰かの許可が必要なのですか?」
「私の場合はそうです。」
「いったい、誰の?」
「それは—。」
シンの口が開くと同時に、先ほど私が入ってきた背後の扉が開く。
「体調は回復したかね、レイ。」
声の主について記憶を辿りながら、振り返る。
思い出すと同時に、視線があう。
「ええ、急に倒れてしまいご迷惑をおかけしました、Mr. ヘンダーソン。」
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