第11話 凡そ
眼を覚ますと、真っ白な天井が目に入る。明るいが、シーリングライトは無く、壁に沿って間接照明のLEDが取り付けられているようだ。
頭が緩やかに起動していくのが分かる。長時間寝ていたのだろうか。背中に鈍い痛みを感じる。それでも身体は軽く、けだるさは無い。
ゆっくりと上体を起こした。
起き上がって初めて自分がベッドに寝ていたのだと認知する。室内は空調が効いていて、幾分快適すぎる気温に保たれている。
ライトブラウンの木目調のサイドテーブルに、ミネラルウォータのラベルが貼られたペットボトルが2本置かれている。私のために置かれたものだろう。
右側の1本を手に取り、蓋を開けるが、嫌に手ごたえが無いように感じる。それでも誰かが先に開けた形跡はなく、間違いなく新品だった。ミネラルウォータは常温で、結露もしていないから、元々常温だったか、あるいはサイドテーブルに置かれてからずいぶんと時間が経ったのかもしれない。だとすると、このペットボトルを置いた人が想定したよりも、私は長い時間眠ってしまっていたのだろう。
喉が渇いていたようだ。あっという間に1本飲み切ってしまった。
それでも、身体はなおも水分を求めているようで、もう一本のボトルを手に取った。
不意に、右側の扉が開く。
ここが病院だということは目が覚めた時から分かっていた気もするが、それを認識したのはこの時が初めてだった。
「体調はいかがです?レイ。」
先生は開いた扉から入ってきて、まっすぐに私のベッドの右側に立った。
「ええ、今回ばかりは体調がよくなかったようです。けれど今は比較的調子が良いように感じます。体が軽い。」
水を飲んでいたので、声はよく喉を通った。
「それは良かった。あなたがここに運ばれて来て、今で凡そ20時間27分15秒です。」
先生はいつもの赤いフレームの眼鏡をかけていたけれど、ベッドに座っている私を見下ろす姿勢で話すので、視線はまっすぐにレンズを通過している。見下ろされながら彼女と話すことには、既視感があった。
「それは『凡そ』とは言わないのではありませんか?」
だから、私も、まっすぐに彼女の眼を見て話す。
「それよりも先生、一度その眼鏡を外して、前髪をあげていただけませんか?」
彼女は一度大きくため息をついてから、話す。
「急に倒れて、病院で凡そ20時間も眠っていていた人間が、目覚めてまず言うことではないでしょう。まだ体調が悪いのでは?それとも、何か食事でも摂りますか?」
彼女は私から目をそらす。
体勢を変えて、扉の方に向かおうとした。
だから私は彼女の白衣の裾を右手で掴んで言った。
「私はあなたが好きです。先生。」
彼女は振り返ってじっと私の眼を見てから、白い指先で眼鏡を取り外すと、重たい前髪を後方に掻き揚げる。
「やはり食事にしましょうか。レイ。」
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