第10話 銃声と夢
時間の経過は分からない。
それでも、自分の身体は眠っているのだと判った。
そして、夢をみていると自覚できた。
空は青い。所々に小さな雲が浮かんでいる。風は北から南に抜けていくが、肌寒さは感じない。
足元には乾いた土と、半分枯れかけた雑草。
大小の石ころが散乱していて、風が吹くたびに砂が舞い上がる。
曖昧な間隔で植えられた木々は、葉をつけることなく無機質な枝をたたえる。
銃声が響く。
とっさに身をかがめるが、あたりは平地で身を隠す場所が無い。
一度鳴り始めた銃声は絶えることなく高野の空に反響する。
この付近では比較的太い幹の樹のそばにしゃがむ。それでも全身は覆いきれない。
雨が少ないこの地域では、大きい植物は育たないのだ。
自分が手ぶらであることに気付く。何も武器は持っていない。
味方らしい人物も周囲にはいない。
それでも銃声は止まない。
立ち上がって走る。
自分を撃ってきているのだろうか?
敵の場所も分からない。それでもとにかく走る。
できる限り身をかがめて的を小さくした。
自分の近くに弾がくる気配はしない。
ふと、乾いた土壁を見つけて身を伏せる。
もともと建築物があったのだろうか?
人工的な直線はその名残を感じさせたが、もちろん周囲に暮らす人間はいない。
ここにいるのは、ぼやけた正義に支配された自己犠牲を渇望する狂気に満ちた兵士だけだ。
戦いたい。
気持ちが高揚する。久しぶりの感情だった。
それでも手元には武器が無い。敵の場所も判らない。
一瞬、銃声が止む。
それでもすぐになり始める。少し音が遠のいただろうか?
私を狙っているのではないのか。
ゆっくりと、身体を小さくしたまま土壁の周囲を歩いた。
この辺りは石ころが少ない。
ふと、臭いがしないことに気付く。
これだけ銃声がなっているのに、硝煙の香りがしないし、この地域特有の乾いた北風の匂いもしない。
また銃声がやむ。
ゆっくりと立ち上がり、土壁の上から東側を見る。
500メートルほど先に林が見えた。林とはいっても木々に葉は無く、生命の気配はしない侘しい風景だった。
再び銃声。重い音も混ざる。
今度は空からヘリコプタの音もする。
とっさに身をかがめる。
土壁にもたれて、地面に座り、大きく息を吐いた。
不意に、視界に人の足元が入る。
舞台には不相応な黒いエナメルのパンプス。
細く引き締まった足首は、そこにあることが当たり前のように真っ直ぐに伸びている。
視線を上げると、丈の長い白衣は膝よりも下に裾がある。
顔を見た。
かがみこんだ彼女の、重い前髪が重力に従って垂れ落ちる。
「眼鏡が無い方が、私は好きかもしれません。前髪も切った方がいい。」
私は彼女に向ってそう言った。喉がとても乾いていたから、声がかすれたかもしれない。
「こんなところでも、生意気なことを言うのね。」
そういって彼女はクスクスと笑う。
「生意気だという自覚はありません。割と素直に話していますよ。」
また、声がかすれたように感じる。
「だったら、もっと直接的な表現をするべきでは?」
彼女の声は、乾いていない。暖かさと、適度な湿度を持って私の下に届く。
「今のあなたが好きです。先生—。」
声になっただろうか?
喉が痛い。
「そうなんじゃないかと思っていました。レイ、私の顔を見ても、まだ戦場にいたい?」
銃声は、なお続いている。そでも幾分遠ざかった。
これは夢だと自覚している。
夢の中で、私はゆっくりと瞼を閉じる。
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