第5話 勝者と敗者
「ああ、何故だ。何故叶わない。」
キングスランドは、テーブルに頭を伏せ、押し倒された右手はそのままの姿勢で、呟く。相変わらず声は高い。けれど、先ほどまで張りつめていた精神が、いっきに弛緩したのだろう。少し落ち着きのある声色だった。
「あなたの負けです。Mr. キングスランド。」父が言う。
約束通り、ステラには二度と関わらないでください、と父が続ける。
合衆国法の規定により、月末までにはキングスランドおよびその親縁が保有する資産から、100万ドルが支払われるはずである。図らずも、この一晩でステラは150万ドルのキャッシュを稼いだことになる。
「私は、ただステラを愛しただけだった。彼女の笑顔と、たなびく髪はどこまでの美しくて、何より、クラスで孤立していた僕に2度も優しく声をかけてくれた。」
たった二度。ステラにとってはなんてことの無いクラスメイトとの会話だったのだろう。それが、この青年の恋愛観を歪ませてしまった。
本来、その歪は、正常な社会生活の中で矯正され、彼には新しい人生の喜びを見つける機会を与えるはずだった。
けれども、AW法は青年の醜く歪んだ恋愛感情をさらに膨らませ、負の感情を刺激して、独占欲を助長した。AW法の定める決闘に勝利すれば、恋い慕う相手を、自分のものにできるとそそのかされて。
「レイ、Mr. キングスランドを大通りまで送ってやりなさい。私はステラに報告してくる。」
そう言って父は2階の部屋へと、階段を上がっていった。
ダイニングに二人残されたが、勝者が敗者にかけてあげられる言葉は無かった。
AW法は、敗者にとってはあまりにも残酷な制度だった。本来、キングスランドのような人間はこの手の勝負には向いていない。
「さあ、立って。今夜はもう遅い。私たちも明日のために眠ります。どうかお帰り下さい。」
もはや、闘争心の燃え尽きた青年には、自然と穏やかな口調で話してしまう。
「大変ご迷惑をおかけしました。」もはや、その謝罪が彼にとっての精一杯なのだろう。水をコップ一杯いただけますか、と彼は最後に言った。
通りまで二人で歩いたが、一言も会話を交わすことは無かった。
別れ際に、
「もうお兄様にも、会うことはかないません。私は間違えてしまったのです。」
と、うつむいたまま呟いた。
こちらの返事も待たずに、キングスランドは、車も走らない深夜の大通りを一人ゆっくりと歩いて行った。
小雨が降る、深夜2時のことだった。
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