第3話 深夜の来訪者

 男はいかにも礼儀正しそうに、けれど無理やり落ち着かせたような態度であったから、内心の緊張を彼の口調から感じ取ることができた。

 そして、彼の顔つきから想像できる通り、この歳の男にしては高い声だった。


「私はステラの兄ですが、妹はもう眠っています。失礼ですが妹と約束をされていますか?急用でなければ、明日の朝にでも来ていただいた方が良いかと思いますが。」


 少しアルコールが入っていたためだろうか。初対面の人間との会話は久しぶりであったが、存外冷静な話し方ができた。

 「日常」に戻って以降、鈍っていた感覚が呼び起こされる。何しろこんな夜遅くに見知らぬ男が訪ねてくるのは、平和な合衆国では珍しい出来事だ。


「失礼しました、お兄様。急な訪問となってしまったことは誤ります。実はステラさんに婚姻を申し込みたいのです。不躾かもしれませんが、50万ドルも用意しています。」


「AW法で、という意味でしょうか?」


 まさかこんなにも早く、身近に起こるとは思っていなかった。新大統領打ち出したアームレスリング法、通称AW法が施行されたのはわずか2か月前だ。


「それは、ステラさんが私の申し出を拒んだ場合の話です。素直に彼女が受け入れてくれれば、AW法が適応されることはありません。」


 彼の声が増々高くなっている。緊張と高揚が乱立しているのだろう。一度落ち着いて話を聞くべきだろう。

 少なくともAW法を念頭に置いているのであれば、直接の危険は無いはずだ。万が一の場合も私の方が体格的に有利だし、すぐに制圧できるだろう。中には父もいる。


 「妹が素直に受け入れると考えるのであれば、こんな時間にお越しになることはないでしょう。そうは言っても一度落ち着いてお話を聞かせてください。中には両親もいます。ホットコーヒーでも飲んでいかれますか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る