第2話 凱旋パーティ

 母が「息子の凱旋パーティをする」と言い出した。決して凱旋だとは思わないし、それにしてもタイミングが遅すぎる気がした。


それでも、気分の上がらない日々を過ごしていたから、たまには家族と会話するのも悪くはないと思ったし、無事に帰ってきたことを母も喜んでくれているのだと実感できた。


 問題はパーティに父がやってくるということ、その一方で母の現在の恋人であるトルコ人も参加するということである。

両親が離婚したのは、私がアフガニスタンに行く2年前の夏だったと記憶しているが、その後の二人の関係性については、あいにくアフガンまでは情報が入ってこなかった。


だから父と母とトルコ人の三人の現在の関係性は今の所明確でない。その三人についていえば、当日特に面倒ごとを起こさなければ何も実害はないし、戦場から帰って以降、父に会うのは初めてだった。


 パーティの日、今年20歳を迎えた妹のステラもタイミングを合わせて帰郷してくれた。久しぶりに見た妹は、もはや大人の女性に成長していたし、幸い母に似ることなく身長も高く、ハリウッド女優のような整った顔立ちだった。何よりも、兄が無事に帰還したことを素直に喜んでくれた。


 意外なことに、父とトルコ人は既に友人らしく、とても親しげに話していた。


「父さんとマリク(というのが母から聞いていたトルコ人の名前だ)はいつから友人なの?」

 キッチンカウンタの内側で、二人で新しくあけるワインの準備をしながらステラに尋ねた。

「私も最近まで知らなかったんだけれど、父さんと母さんがまだ結婚していたころからの友人だったそうよ。父さんの仕事の関係で知り合ったみたい。」


意外な答えだったので、少し驚いた。アフガンに行く前に父や母からマリクの話を聞いたことはもちろんなかった。


 私がコルクを抜いたワインを、ステラがテイスティングと言って、グラス一杯分を飲み干した。酒好きは母に似たらしい。

 

 父は昔から州の公務員をしているから、マリクもその関連なのだろうか。そもそもアイオワにトルコ人がどのくらいの人数住んでいるのか知らないが、少なくとも州政府機関で務めるトルコ人の話は聞いたことは無い。とは言え、あまり詮索するのも無粋な気がして、母やマリクに直接聞くことははばかられた。


 それから母が焼いてくれたアップルパイをみんなで食べて、ダイニングが落ち着いたのは、夜の10時を少し過ぎたころだった。

マリクは私にプレゼントだといって、アディダスのスニーカをくれた後に、明日は朝から仕事だといって帰宅した。

 ステラも、さすがに飲み過ぎたといって、2階の自室に引き上げた。カウンタの中で母と食器を片付けながら話した。


 「今日は体調がよさそうでよかったわ、レイ。最近はずっと部屋で過ごすことが多かったから。」

 心配させてしまっていることは申し訳ないと素直に言う他なかった。

「カウンセリングには通っているから、そんなに心配しなくても大丈夫。残酷な戦場にいすぎたせいで、まだ少し気分が慣れないけど、もう少ししたら仕事を探すよ。」

 

 仕事を探す、というのは幾分現実離れした言葉のように響いて、「仕事を探す」という行為が具体的に自分事として認識できるのは、まだずいぶん先だろうと感じた。


 「いつか仕事を探すなら、」

 カウンタ越しにソファに座って、炭酸水を飲んでいた父が言った。話は聞こえていたらしい。

「父さんを頼ってくれても構わない。全部公務員だけど、伝手がないわけではない。体調が治ってからでいいから、もしよかったらいつでも言ってくれ。」


「ありがとう。」と父と目を合わせて感謝の言葉を伝えたのは、ずいぶんと久しぶりな気がする。

 

 母も父もステラとマリクも、ずいぶんと自分のことを気に掛けてくれていたようだ。

少しだけ、自分がいる意味を感じられた気がした。もう少し、生きてみても良いかもしれない。


 今日のことを、次回のカウンセリングで話してみるのも良いかもしれない。そしたら、例のカウンセラは眼鏡のフレームの上から私の顔を覗き込んで、少しだけ微笑んでくれるかもしれない。




 日付が変わるころ、急に家のインターフォンがなる。ちょうど父が帰り支度をしていた時だった。

 僕が出てみるよ、と言って玄関へと向かった。こんな遅い時間に誰かと少し警戒したけれど、最近向かいのシングルマザーが、時々、母と晩酌しに来ることを知っていたから、彼女かなと思った。あるいは、マリクが何か忘れ物に気づいたのかなと想像した。


 しかし予想はどちらもはずれ。


 ゆっくりと玄関ドアを開くと、若い男が一人立っていた。

男の身長は私のあごまでで、色白の太った白人でとても肌艶がよく、少し紅潮した頬が玄関先の明かりに照らされていた。年齢は私よりは若いだろうと思った。この季節にしてはやや大袈裟な外套を羽織っていた。


 「こんばんは。スティーブン・キングスランドと申します。ステラさんがご帰宅されていますね?」

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