40、出会い
初めて彼女と会った時、今にも消えてしまいそうな子だと思った。
「初めまして、ユーディット嬢」
自分を見上げる、怯えた目。綺麗なドレスを着て、精いっぱい周りに後れを取らないよう虚勢を張っている姿。今まで自分に声をかけられた女性はみな期待で頬を赤く染めるのに、こんなにも真逆の態度をとられるのは……ベルンハルトにとってとても新鮮に映った。
「こんな隅の方にいて、踊ったりはしないの?」
「少し、疲れてしまいまして……」
そう、とベルンハルトは微笑んだ。実に見え透いた言い訳だ。本当は、彼女はこんなところ来たくないのだ。けれどやむをえない事情で仕方なく、足を運んでいる。
「きみのお父上から相談されてね。娘の縁談相手を探していると」
「……はい」
何かを思い出し、辛そうに顔を伏せてユーディットは答えた。無理もない、と思う。元婚約者であったアルフォンス・ミュラーは彼女を捨てて、別の女性を相手に選んだ。しかも女の腹にはすでに子が宿っている。年頃の娘には十分すぎるほど、ショックな出来事だ。
(可哀想な子だな)
そう、客観的に思った。新聞などで痛ましい事故が起きて、それを読んだ時にふと思う感想。同情はしても、自分からどうこうする気にはならない。そんな類の同情であった。
「誰か、気になる男性はいた?」
「いえ……みなさん、すでにお相手の方がいらっしゃるそうで」
「そうだろうね。声をかけてくるのは、退屈しのぎの遊び相手か、事情のある殿方ばかりだ」
かくいう自分も、その一人だろう。
今年十歳になる息子を思い浮かべ、ベルンハルトはユーディットの全身を眺めた。
彼女は十六歳。若くて、まだまだ遊びたい盛りの年齢。普通なら、結婚などまだ先のことだと、気になる異性との駆け引きを楽しむだろう。ベルンハルトがそうだったように。
けれど彼女にはそれが許されない。
「きみさえよければ、私の奥さんになってくれないだろうか」
まどろっこしいやり取りは省き、直球でベルンハルトはそう言った。当然、ユーディットは驚く。けれどそれもほんのわずかな間で、すぐに感情を心の中に押し込めた。その様を、いじらしく思う。
「ブラウワー伯爵には、ご子息がいらっしゃるはずですが」
「ああ、いるよ。まだ十歳でね、母親が必要な年頃だ」
彼女の瞳が揺れる。ベルンハルトが言わんとしていることを察して、不安で、どうしてと訴える目。
「あんまり年が離れているより、かえって近い方があの子もいろいろ話せるのではないかと思ってね。ちょうど、きみがぴったりだと思った」
「わたしに、母親役をやれと……」
決して口では肯定せず、無言で微笑む。酷な要求をしている自覚はある。
けれど、他よりはマシだろうと思った。売れ残りに、ろくな男はいない。遊びで弄ばれるより、妻としての責務を果たす方がずっといいはず。
「きみさえよければ、私と結婚して欲しい」
是非に、というつもりはなかった。彼女の父親は「どうか……」と頭を下げてきたので、断るのも何だか可哀想に思えたし、独身生活も長らく楽しんだので、また夫を演じてもいいかなと思ったのだ。
「わたし……」
何かを言いかけた彼女の手を取り、恭しく口づけする。周囲が騒めき、注目されているのがわかった。そっと顔を上げれば、呆然と自分を見つめる少女の目とぶつかる。彼女は一瞬泣きそうな顔をして、けれどすぐに「はい」とベルンハルトの手を握り返したのだった。
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