38、許せない気持ち
スヴェンが別れを告げた後、しばらく経ってユーディットたちも屋敷へと帰って行った。その際ベルンハルトは実に堂々とした態度でビアンカに別れの挨拶をしていた。
彼女の方も数十分前の事件など記憶にないような艶やかな笑みで「またお待ちしていますわ」と見送ってくれた。
動揺を隠せなかったのはユーディットと、茶会に招かれた他の夫人方である。具合が悪くなって別室で休んでいたユーディットを心配したベルンハルトが迎えに来た……という説明を果たして彼女たちが信じてくれるかどうか、いや、信じるしかないのだと、ユーディットは思った。主催であるビアンカがそう望んでいるのだから。
彼女にとって今日という一日は愛する人にはっきりと拒絶された最悪な日であり、一刻も早く忘れてしまいたい出来事であった。
そしてユーディットにとっては――
「ユーディット」
背後から夫に呼びかけられても、ユーディットは窓の外に目を向けたままだった。帰宅してからずっと、彼女は自室に座って考え込んでいた。エアハルトが心配して何度か声をかけてきてくれたが、彼女はごめんなさいと謝って、会うことを拒んだ。
あまりにもたくさんのことが起こりすぎて、一人になりたかった。
「今日は、すまなかった」
「ベルンハルトさまは、知っていらしたんですね」
スヴェンと自分との関係を。
「……ああ」
「いつ、どうやって?」
「アルフォンス・ミュラーを殴ってしまって、それで夫人の屋敷へ謝罪しに行った時、教えられた……きみに、好いた男性がいると」
「そうだったんですの……」
思えば、あれからベルンハルトの様子はおかしくなっていった。
「だから、夫人と協力してわたしとスヴェンを会わせようとしたんですか」
彼は苦しそうな声で、そうだと言った。
「それであなた自身は、ビアンカさまと愛し合うつもりだったんですか」
「それは違う!」
なぜそうなると彼は激昂するように否定した。ユーディットは驚くことなく、ゆっくりと振り返り、彼を見つめた。
「ではなぜ、わたしをお茶会へ行かせたのですか」
「それは……」
どうしてビアンカの誘いに乗ったりしたのだ。
「どうして……引き止めてくれなかったの」
「ユーディット……」
涙を流す妻を、呆然とした様子でベルンハルトは見つめた。
「あなたはわたしがスヴェンを選ぶと思っていたの? あなたやエアハルトを裏切って、不貞を働くと……わたしのこと、そんな誘惑に甘い女だと思っていらしたの? わたしが――」
「違う。違うんだ、ユーディット」
宥めるようにベルンハルトに抱きしめられても、彼女は嫌だと身をよじった。彼の胸元を強く拳で叩いた。
「あなたはわたしがどんな思いでっ……!」
別れ際のスヴェンの姿を思い出す。微笑んで、幸せにしてくれと頼む彼があまりにも可哀想だった。夫婦となった自分たちを見て、彼の心はどんなに傷ついただろう。あんな姿見せたくなかった。
一人で帰って行く彼の心情を思うと……なんて残酷なことをしているのだろうとユーディットは自分が許せなかった。
あんなかたちで彼と再会したくなかった。あんな別れを彼に強要させるくらいなら、一生会わない方がよかった。そっとしておいて欲しかったのに、どうして……
「あなたも、侯爵夫人も、自分のことばかり! わたしたちの気持ちをちっとも考えない! 最低よ!」
汚い! 気持ち悪い! そんな人間が、自分たちを傷つけ、搾取するのだ。スヴェンを苦しめ続けるのだ。
ユーディットは今までの理不尽をベルンハルトにぶつける。彼は抵抗しなかった。それがますます彼女を許せなくさせた。
「なんとか言ったらどうなんですか!」
「……きみの、言う通りだ」
涙をためて睨みつけるユーディットを、ベルンハルトは苦しそうな顔で見つめた。
「私も夫人も、卑怯者だ。ろくに抵抗できないきみたちを利用して、傷つけた」
すまないと繰り返す彼に、ユーディットはどうしてと震える声で詰った。
「ビアンカさまが好きなら、わたしのことなど気にしないで、愛し合えばよかったじゃないですか。スヴェンを巻き込んだりせずに……」
なのにどうして、とユーディットはベルンハルトを見上げる。彼は痛みに耐える表情で、違うと静かに告げた。
「私が愛しているのはきみだ」
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