33、予期せぬ答え

「ベルンハルトには内緒にしておいた方がいいと思うわ」


 反対されるかもしれないから、と言い残してビアンカはさっさと帰ってしまった。嵐のように過ぎ去っていった彼女に、ユーディットはどっと疲労が押し寄せてくる。


(どうしましょう……)


 ビアンカの用件は、つまりユーディットを自宅へ誘うこと。手紙では、おそらくベルンハルトに反対されてそのままになるだろうから、直接訪れてユーディットに約束させた。


(でも、そうまでして誘うのはどうしてかしら)


 自分と仲良くなるため? いや、違うだろう。彼女が仲を深めたいのは夫のベルンハルトの方である。ユーディットを招待するのは、ベルンハルトのことを人々の前で話したいから。自分しか知らないベルンハルトのことをユーディットに自慢げに話し、満たされたいから。傷つけたいから。……考えただけでゾッとする。


 そうまでしてベルンハルトを愛していると知らしめたいのか。妻であるユーディットより優位に立ちたいのか。


 ユーディットはビアンカが帰って行った方角を窓から眺める。ガラスに薄っすらと映る自分の顔は自信がなく、ひどく不安な目をしていた。


「――きみが行きたいのならば、行ってくるといい」


 ベルンハルトは、てっきり反対すると思っていた。それだけにユーディットは驚き、え? と聞き返してしまう。


「行って、よろしいんですの」

「……ああ」


 彼はなぜか目を合わせない。新聞を開いて、熱心に読んでいる姿は、ユーディットの話をいつも真摯に聞く夫の姿とは思えなかった。


「きみは、行きたいのか?」


 呆然と立ち尽くすユーディットに気づくと、彼は新聞を畳み、ようやくこちらに身体を向けた。前屈みになり、手を固く握り合わせてじっと目を見つめてくる様は、なぜかこちらが尋問されている気になってしまう。


「わたしは……」

「行きたくないなら、別に無理して行く必要はない」

「でも、夫人は必ずとおっしゃいました……」


 ビアンカは社交界でも顔の広い女性である。断れば、波風が立つ。そう思うと、本当に断っていいのかユーディットにはわからなかった。


「相手がどう思おうが別に気にすることはない。きみが行きたいか、行きたくないか、そのどちらかだよ」


 本音を言えば、行きたくない。でも、ベルンハルトの言い方が気になる。


「ベルンハルトさまは、どうすればいいと思いますか?」

「私は……きみの判断に委ねたい」


 口ではそう言いながらも、どこか渋る様子が隠せないでいた。


(わたしが行かないことを望んでいるようで、そうじゃない……?)


 夫の考えていることがわからなかった。


 ベルンハルトが行くなと言えば、ユーディットは従うつもりだったのに、曖昧な態度では逆に行った方がいいのかと不安になる。


「きみは私が行くなと言えば、それに従うのか?」

「ええ、そのつもりですが……」

「きみ自身は、それでいいのか?」


 躊躇いながらも、はいと頷く。夫に反対されてまでビアンカのもとへ足を運びたくない。


「そうか……なら、行ってくるといい」

「ベルンハルトさま。わたしは、」


 彼はユーディットの言葉を遮り、腰を上げた。


「すまない。今日は疲れたから、もう休むよ」


 お休み、とユーディットから逃げるように夫は言ったのだった。



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