30、応えられない罪悪感

「エアハルトがすまなかったね」

「いいえ、そんな……むしろ言い過ぎですわ」

「そうかな。でもきみは困っていただろう?」

「それは……」


 その通りで、ユーディットは俯いてしまう。


「すまない。今度は私がきみを困らせているね」


 そんなことはないと黙って首を振る。


「……少し、庭を歩かないか」


 行こう、と彼は優しくユーディットの手をとるのだった。


 前妻のルイーゼは庭造りに、というより外観にひどくこだわる性格だったようで、今もたくさんの庭師がせっせと作業に取り掛かっていた。彼らを避けるようにして、ベルンハルトは話をする。


「エアハルトの母親が若くして亡くなったことは以前話しただろう?」

「ええ」

「だから、かどうかはわからないけれど、あの子は母親に対して憧れがあるんだ」


 水たまりがあり、気をつけてとベルンハルトが注意を促す。彼の手を借りながら、「憧れ?」とユーディットはたずねた。


「そう。なんていうか子どもを慈しんで、夫を深く愛する……絵に描いたような母親像。夫からすれば理想の妻。あの子にとって、私ときみは完璧な夫婦の形なんだ。互いに愛し合っているのが当たり前、みたいなものかな」


 そうじゃないのが普通だろうという口ぶりであった。


(そんなこと、あの子が思うかしら)


 エアハルトはずっと物事を冷静に捉えており、悪く言えば冷めた眼差しで世の中を見ているようにも思えた。それは父親のベルンハルトにもよく似ている。


「なんだか、信じられませんわ」

「そうだね。私も驚いている。けれど、人は出会いによって変わる。あの子がああなったのは、たぶんきみの人柄のせいでもあるよ」

「わたしに何か悪いところがあったのでしょうか」


 不安そうな顔をする彼女を、彼は笑って「違う違う」と否定した。


「まったく。むしろ逆さ。きれいで優しくて、あの子のこともすごく思いやってくれるから、エアハルトも自然と我儘になったんだ」

「我儘、ですか……」


 どうもエアハルトのイメージと結びつかないが、父親のベルンハルトからすればそう見えるらしい。


「こうであって欲しいと相手に要求することは、そういうことだよ」


 ユーディットはあまり納得できなかった。エアハルトくらいの年の頃、ユーディットは我慢せず両親や使用人に対して言いたいことを言って、自分のしたいように振る舞っていた。


「何にせよ、ああいう言い方はよくない」


 ベルンハルトの言い方では、エアハルトがたいそう手の付けられない非道息子に転落してしまった感じがあって、少し大げさに捉えすぎている気もした。


(それに……)

「ユーディット」


 ベルンハルトの声に、彼女は顔を上げた。叱られた子どものようで、罪悪感があった。


「エアハルトの言ったことなら、気にしなくていい」


 ――父上は母上のことを愛しているように見えますが、母上はそうは見えません。


 ユーディットは血の気が引く思いがした。ベルンハルトは、すべて聞いていたのだ。


「ベルンハルトさま、わたしは……」

「きみが私ではない、別の誰かを好きでいても、きみは私から離れることはできない。だから……そばにいてくれるだろう?」


 今はそれでいいんだ、と彼はまるで自分に言い聞かせるように言ったのだった。


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