19、嫉妬

「ヴェルナー夫人との茶会は楽しかった?」


 夜、寝台に身体を寝そべらせたベルンハルトがたずねた。


「ええ。有意義なものでした」

「そう。それはよかった」


 自分のことのように満足して、彼はユーディットに手を伸ばした。もっとこっちにおいでと腰を引き寄せる。湯を浴びた清潔な香りが互いにして、彼女は目をつむった。


「今度の休みはどこに行こうか。何かリクエストはあるかい?」

「いいえ、どこも……」


 ユーディットのつれない返事に腹を立てることもなく、むしろ面白そうに彼はそうかと言った。


「じゃあ久しぶりに家でゆっくりしようじゃないか。庭で昼寝でもいいね。昼食を作らせて、ピクニックだ……」


 どうだい、と優しく問いかけられ、彼女は目を開けた。


「ベルンハルトさま。夜会にはもう参加なさらないのですか」


 彼が小さく息を呑む。


「ああ。しばらくはそのつもりだが……」

「でも、ずっとというわけにはいかないでしょう?」


 ユーディットはビアンカから夜会に招待されていることを指摘した。彼は一瞬不快そうに眉を寄せ、行く必要はないだろうとやや冷たく答えた。


「きみがまた、傷つく可能性もある」


 それでもずっと逃げているわけにはいかない。


「あなたのお気遣いは嬉しいです。でも、あなたは伯爵で、わたしはあなたの妻です。わたしたちが属している社会は広いようで、実はとっても狭い。貴族同士の縁は、大切にしなければなりませんわ」


 ユーディットが懇々と正論を述べれば、彼はちょっと驚き、探るような目でじっと見つめてきた。


「なにかヴェルナー夫人に言われたのかい?」

「いいえ。ただ、今後のためを考えても、早く慣れた方がいいと思いますの」


 どうせ今だけだ。王太子殿下が花嫁を探し始めたというのならば、噂はすぐにそちらで持ち切りになるはずだから、あとほんの少し我慢すればいい。


「……本当にそれだけ?」


 意味を測りかねるユーディットに、ベルンハルトは起き上がってこちらを見ないまま言った。


「あなたはアルフォンスに会いたいのではないか」


 ――会いたいのではないか。


 ベルンハルトの言葉に、彼女は動揺した。会いたいと思う人物を当てられたからではなく、誰かに会いたいと指摘されたことにどきりとしたから。


(スヴェン……)


 アルフォンスではなく、スヴェンに。あんな再会を果たしたくせに、熱を出すほどショックを受けたくせに、心のどこかでまた彼に会いたがっているという事実を、突き付けられた気がした。


「あ……」


 ベルンハルトが、何も言わないユーディットをいつの間にかじっと見ていた。その目に浮かぶ感情。彼女が何かを発する前に、勢いよく押し倒され、手首をシーツの上に縫い付けられていた。


「あなたは私の妻だ」

「ベルンハルトさ――」


 初めて、乱暴に唇を奪われた。呼吸もままならぬまま、ユーディットは貪られる。風邪をひいて以来、それ以前も、ベルンハルトはユーディットに痛みを与えることはなかった。与えても、確かな気遣いがそこには含まれていた。


 けれど今の彼は、ただひたすら持て余した自分の熱をユーディットにぶつけてくる。それがまるで何かに激しく恋い焦がれているように感じられ、ユーディットもまた狂っていくように彼を受けとめた。


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