18、真実
ユーディットはヴェルナー夫人に紹介された女性たちと、週に一度、茶会を開き、そこでいろいろと社交界の常識やら貴族の噂話を耳にすることとなった。
「王太子殿下もようやく結婚なさることを考え始めたようだわ」
「ええ。側近の方が結婚なさったから、それに触発されて……とおっしゃっていたけれど、本当のところはどうなのかしら」
側近、という言葉にユーディットはアルフォンスを思い出してしまった。彼の結婚が、王太子の将来にも左右したのなら、実に大したものだ。
「気にしないでね」
こそっとヴェルナー夫人が耳元で囁く。ユーディットはわかっていますと微笑みながらも、彼らとまたいつか顔を合わせることになるのかと思うと憂鬱ではあった。
――もうすぐ、子どもも生まれるの。
「ユーディット。わたくしのお部屋にね、主人の仕事先から頂いた異国の品があるの。あなたにはまだお見せしていなかったから、ぜひ見て欲しいわ」
顔色の悪くなったユーディットを気遣い、ヴェルナー夫人が席を外す理由を作った。幸い周りの夫人方も、ああ、あれね、とすんなり信じたようで、二人は簡単にその場を抜け出すことができた。
「ごめんなさいね」
悪い方ではないのよ、という夫人の言葉はその通りで、彼女の友人たちはみなどこか気が回らない……おっとりとした性格の持ち主ばかりであった。誰かを傷つけようという悪意は、彼女たちにはない。結果として傷つけてしまうだけで、性質が悪いとは言えるかもしれないけれど……
「いいえ、いいんです。それより……」
ユーディットは迷った。
「なぁに?」
「夫人は以前王宮で働いていたとお聞きしました」
王妃殿下の侍女として働いていた所を夫に見初められ、結婚したとベルンハルトから聞いている。
「え、ええ。そうだけれど……」
「それではクリスティーナさまがどういった女性かご存知ですか」
目を見開く夫人。ユーディットも、こんなことをたずねるのが恥ずかしかった。けれど夫に聞く勇気もなく、周りに教えてくれる人もいなかった。
「ごめんなさい。こんなこと……でもわたし、何も知らなくて」
いつまでも知らない、ということはたぶん許されないだろうし、人伝に教えてもらうよりかは自分の意思で知りたかった。
「いいえ、いいのよ。あなたにもいろいろ事情がおありなのでしょう」
俯くユーディットに、心得たように夫人は頷いた。
「クリスティーナ様はね、王女殿下の侍女だったの」
「王女殿下の……」
王太子殿下の二つ下の、美しい女性である。他国へ嫁ぐことも一時期は噂されていたが、結局は名のある国内の貴族に降嫁された。国王陛下が娘可愛さに手元に置きたがったとも言われているし、あるいは王女の想い人との結婚を叶えてやったとも言われている。
(その方の侍女……)
兄に仕えるアルフォンス。妹に仕えるクリスティーナ。二人は同じような立場から、きっと話すようになって、そのまま互いを想うようになったのだろう。
「王女殿下はクリスティーナ様のことをとても可愛がっていらっしゃってね、彼女にも心から愛する人と結ばれて欲しいと、王太子殿下や陛下にもよく零していらしたわ」
ユーディットは思わずヴェルナー夫人を見る。夫人も、ユーディットのことを真剣に見つめ返した。まるで重大な見落としがあるというように。
「王太子殿下とアルフォンス様は昔からとても仲のよい友人だけれど、殿下のお願いは、命令とも同じなの」
妹が兄に頼み、兄が友人に言った。どうかクリスティーナの想いを知って欲しいと。それで……それで?
「ミュラー公爵は、あなたの結婚相手がベルンハルトと知って、とても不安を抱いていらしたわ」
ユーディットは何だかおかしかった。
この人はベルンハルトの味方なのだろうか。それとも周囲の圧力から無理矢理結婚させられたアルフォンスに同情しているのだろうか。
「……たとえ事実がどうあれ、アルフォンス様はクリスティーナ様と添い遂げられる未来を選びました」
彼は合理的だ。借金だらけの家の娘より、王家と繋がりのある女性を娶る方が、何かと利があると判断したのだろう。でも普通に説得しても、ユーディットの父はおそらく承諾してくれなかった。
だから、愛という手段を利用した。子どもという、どうにもできない道具も使って。
(酷い人……)
「今さら引き返すことも、子どものことを思えば、彼が選ぶとも思えません。仕方がないと、今は思っています」
アルフォンスも、説明したって結果が全てだと思ったからこそ、何も説明しなかったのだ。
(クリスティーナさまがわたしを睨んだのは、彼の心が離れると思ったから?)
生まれてくる我が子のために、彼の愛を何としてでも引き留めておきたかった。
――もうすぐ、子どもも生まれるの。
そう考えると、ユーディットはクリスティーナのあの微笑みがひどく不憫に思えた。そうして初めて、アルフォンスに対して怒りのような気持ちが芽生えたのだった。
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