15、茶会
「茶会にみんなで参加しないか」
ベルンハルトが突然そう提案した。体調もようやく万全だと認められ、外で日向ぼっこでもしようかと考えていたユーディットは目を丸くする。そして外出することに対して億劫な気持ちにもなった。
「それは、どうしても参加しないといけませんの?」
「気が進まないかい?」
返事を渋る彼女に、ベルンハルトはテーブルの上にあった招待状を見せた。
「ご家族でどうぞと、招待があってね。エアハルトと同じくらいの年の子も集まるんだ。あの子も私たちばかりが相手だとつまらないだろう?」
「……ずるいわ」
エアハルトのことを引き合いに出されれば、ユーディットは行かなくてはという気持ちになった。
「大丈夫。以前夜会に出席していた貴族はほとんど出ないから」
「あなたの言葉はいつも正直じゃないもの」
今回は本当だよ、とベルンハルトはユーディットの頭にキスした。
「それに今度は片時も離れずそばにいると誓う」
だから行こう、というベルンハルトの誘いを、結局ユーディットは断り切れなかったのだった。
(でも、思い切って来てよかったかも……)
子どもたちと楽しげに追いかけっこしているエアハルトを見て、ユーディットは目を細めた。年相応の無邪気な表情。初めて子どもらしい、と彼女は思った。
茶会の当日はよく晴れており、周りの見晴らしも大変よかった。
「ユーディット。レモン・ケーキがあるよ」
エアハルトばかり見ていたユーディットを気にして、ベルンハルトがそう声をかけた。せっかくだから頂こうかしらと彼女は頬を緩ます。実家にいた頃は甘いものがあまり出ず、伯爵家に嫁いできたからは毎食当たり前のように出されたので、世の中にはこんなにも美味しいものがあるのかと驚いたものだ。
「スコーンもあるし、ファッジも……紅茶のお代わりはどうだい」
「あの、ベルンハルトさま。そんなに食べられませんわ」
いくら好物だと言っても、限度がある。次から次へと皿に取り分けてくるベルンハルトに、ユーディットは困ってしまう。
「甘いものは別腹というだろう? 遠慮しないで食べなさい」
「遠慮なんかしていませんし、がつがつ食べるのははしたないです」
子どものように世話を焼かれるのが恥ずかしく、放っておいてくれと遠回しに伝えても、ちっとも彼には伝わらない。
「いちいち他人にどう思われるか気にしていたら生きていけないぞ。私はきみが食べる姿が好きなんだ。他人の目線など気にしないで、好きなものを好きなだけ食べればいい」
それにだ、と彼は真面目な顔で言う。
「赤の他人を気にするくらいなら、私のことを考えていてくれ」
「なっ」
なんてことを言うのだろう。この人は。
(恥ずかしくないのかしら)
ベルンハルトが照れないので、ユーディットの方が羞恥心に襲われる。
「ふふ。伯爵が奥様に夢中だというのは、本当のようですわね」
第三者の声にぎくりとした。が、相手が今日の茶会に招待してくれたヴェルナー夫人だとわかると、いくらか警戒心が解けた。彼女は貴族社会でも淑女として有名であったし、悪い噂は一つも聞かなかった。
「今日はどうか楽しんでいって下さいね」
それ以上深く関わることはせず、夫人はにこやかな挨拶と共に他の客の所へと行ってしまった。
(よかった。いろいろ聞かれなくて……)
ユーディットは小さく息を吐いた。
「ヴェルナー夫人は良い人だから、興味があるなら後で話してみるといい」
サクッと音を立てて、ベルンハルトはビスケットの半分を口にした。そしてもう半分を、ユーディットの口へ運ぼうとする。
「もう、お腹いっぱいです」
「でも美味しいよ」
食べてごらんと言われ、仕方なく口を開く。香ばしい味わいが、口いっぱい広がる。
(美味しい……)
「ね? 美味しいだろう?」
素直に頷けば、ベルンハルトは目を細めた。
「お腹が膨れたなら、少し歩かないかい? 素晴らしい庭園だ。見ておかないともったいないだろう」
「でも、エアハルトが……」
「あの子なら子ども同士で遊ぶのに夢中だ。大人の私たちが邪魔しちゃ悪いよ」
行こう、ユーディットと彼は誘った。無邪気な表情は、エアハルト以上に楽しげであった。
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