12、息子の謝罪
ベルンハルトが何か言おうと口を開きかけたところで扉を叩く音が響いた。「母上」というエアハルトの声。
「わたしが伝えたいことは、それだけです」
子どもの前でこれ以上話すべきことではないとユーディットは夫婦の会話をお終いにした。ベルンハルトもわかったというように頷き、腰を上げる。その際そばにあったカーディガンを着せられた。
「何か、食べるかい?」
何もいらないと首を振れば、ベルンハルトはユーディットの額に手をやった。冷たくも、熱くもない、温かさ。
「熱を出している間、まともに食べられなかっただろう? 少しでもいいから何か食べなさい」
後で使用人に持ってこさせるからと言い、彼は部屋を出て行く。扉の先にいた息子に何か言いつけ、本を受け取ったエアハルトが入ってきた。
「お夕食は食べた?」
「はい。ローストビーフとデザートのアイスクリームが美味しかったです」
そう、と彼女は微笑み、椅子に座るよう勧め、本を朗読してくれた礼を述べた。
「詩集を選んでくれたのも、わたしの好みを考えてでしょう?」
以前彼が熱心に読んでいたのは、児童向けの小説であった。彼くらいの子は、みな抽象的な詩よりも冒険ものを好むだろう。
「朗読するならこれかなって……」
「ありがとう。エアハルト。おかげでよく眠れたわ」
今夜はもう遅いからお休み、と促しても、エアハルトはじっとユーディットを見つめる。
「父上に何か言われましたか」
「えっ?」
ユーディットはどきりとする。子どもはいつもと違った大人たちの雰囲気を敏感に察するものだ。先ほどのやり取り、あるいはユーディットの顔を見て、何か気づいたのかもしれない。
「いいえ、何も言われていないわ。ただ、体調を気遣ってやれなくてすまないと謝られただけよ」
「……父上は、子どもっぽいところがおありですから」
幼い息子からの指摘に、ユーディットは反応に困ってしまう。
「それは……あなたがそう思ってるの?」
「僕もですし、家令や他の使用人たちもおそらく同じ気持ちです」
「そう、なの?」
「はい。だから母上にはいつも迷惑をおかけします」
こんな子どもに謝られ、ユーディットは狼狽する。すぐにやめてと言った。
「あなたが謝る必要なんかこれっぽっちもないわ」
「でも、父の過ちは息子の僕が謝らないといけませんから」
「……わたしはあなたの母親でもあるのよ」
彼がユーディットのことを母と認められないことは最初からわかっていたが、それでも必死に父のことで謝る姿はユーディットを他人だと言っているようで――実際その通りなのだけれど、悲しくなった。
「あ、そんなつもりは……」
「ううん、いいの。あなたの気持ちもわかるから」
でもね、とユーディットはエアハルトの手をとった。
「ベルンハルトさまの問題で、あなたが気に病む必要はないのよ。彼は彼、あなたはあなた。わたしは彼の妻で、一緒に暮らしていたらすれ違うことや、腹が立つこともあるの。だからその、喧嘩していたのは普通のことで……あなたに心配させてしまって、ごめんなさいね」
そうだ。この子に謝らせるべきではない。
「僕は、別に、大丈夫です」
「うん」
「ただ母上に、できたら父上のことを嫌いにならないでほしい」
「……嫌いではないわ」
エアハルトは青い目で、ユーディットをじっと見つめた。顔立ちはベルンハルトそっくりなのに、雰囲気は似ておらず、亡くなった母親の方に似ているのだろうか。母上、と律儀に呼んでくれる彼が憐れでもあり、いじらしくもあった。
「父上も、母上のことが嫌いではないのです」
父と同じことを言った息子に、ユーディットはわかっているわと微笑んだ。
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