(十)

 翌朝、快尚は薄暗い林の中まで降り注ぐ日の光で目を覚ました。すぐ近くで、善四郎がまだ眠っている。見たところ、最も土が乾いているところを選んで横になったようだ。寝顔にあどけなさの残るこの若者の命運が、今日決まる。

 町から下流へと向かう舟は、もう出始めているだろう。快尚は善四郎を揺り起こすと、支度を促した。

「私たちが連れ立って歩いているところを見られるわけにはいかぬ。ここからは、別々に道へと出て、町に入るぞ。お主は真っ直ぐ舟着き場へ向かえ。町の西側を流れる川に架かる大きな橋の近くで、岩間屋という宿の目の前だ」

「快尚様は、どうされるのですか」

「私は、町まではお主の前を歩いて導こう。しかし、この格好では怪しまれるゆえ、途中で姿を隠させてもらう」

 実際には、ほとんど先導などできないだろう。町に着いたら、道行く人は全て敵だと思った方が良い。

 快尚は、意を決したように立ち上がると、帯に大小を差した。二十年ぶりの重みが、ずしりと腰に伝わってくる。

「善四郎、ここでお別れだ。たったの三日だったが、楽しかったぞ。国から追い出された私と、国を出たくて仕方のないお主。何ともおもしろき取り合わせであったな」

「この御恩、どのように返せば良いか……」

「気にするな。今は、生きることだけを考えよ。見苦しくとも、良いではないか。足掻け、善四郎。いつか志が見つかることを、願っている」

 快尚は昨日と同じ道を下り、善四郎よりも一足先に町へ入ると、人の目を避けながら川沿いへと向かった。遠目に舟着き場が見える路地裏に身を潜める。そこに至るまで、見とがめられることはなかった。

 じきに、善四郎がやってきた。怪しまれず舟に乗ることができれば、あの若者は助かる。少なくとも、余命がいくばくかは延びる。

 舟着き場まで、十間(約二十メートル)足らず。あと一息というところで、善四郎は見知らぬ翁から声をかけられた。間が悪いとはこのことだ。善四郎は笠を少し目深に被り、軽く会釈して立ち去ろうとしたが、老人はさらに話し続けている。

 何を尋ねられているのかまでは、快尚には聞こえない。ただ、翁の様子からして、善四郎が不審に思われているわけではなさそうだ。まだ服が乾いていないとはいえ、昨日の雨の中を旅してこの町に入ってきた者は少なくない。怪しまれることはないだろう。

 それでも、雨に濡れ、泥で汚れた善四郎の着物を見かねて、あの好々爺は少し休んでいくよう勧めているのかもしれない。善四郎はしきりに申し出を拒んでいるようだったが、翁も遍路の途上にある修行僧を放そうとしない。逃げるように去っては、かえって不自然だろう。

 何か助け舟を出すべきか。この場を切り抜ける策を思案していたそのとき、快尚は、肩に手をかけられた。

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