(六)
三人の男たちは、これから善四郎が向かおうとしていた麓の町より来たはずだ。明日になってもこの者たちが戻らねば、すぐに加勢が駆けつけるだろう。そうなる前に、できる限り遠くまで歩を進めなければならない。
快尚は顔を見られていないとはいえ、善四郎に力を貸す者がいることは知られている。次は、こちらが二人以上であることを踏まえ、番所からは多勢が繰り出されるとみるべきだ。
「善四郎、まだ傷は痛むだろうが、一刻も早く、この場を離れたい」
「はい。しかし、どこへ向かえば良いのでしょうか」
「それは、一旦ここを去ってから考えよう。長話をしている間に、この者たちが目を覚ましては面倒だからな」
快尚は、捕り手たちを担いでお互いの姿が見えない場所まで運ぶと、善四郎の手を取って立ち上がらせた。
「お主、刀はどうした」
先ほどの立ち合いの折、初めに鞘を捨てたのは見ていたが、善四郎は抜き身の方も持っていなかった。
「刀は、折れました」
捕り手に斬撃を防がれた際、刃の真横を強く打たれたのだろう。二人がかりとはいえ、それほどの遣い手を倒せたのは運が良かった。
「そうか。ならば、代わりにこの大男の刀を持っていけ。捕り手が帯びていたくらいだ。なまくらではあるまい」
「いえ、敵ながら、武士の魂を奪うことなどできません」
「善四郎、魂とは己自身に宿るものだ。これは鉄の塊に過ぎぬ」
快尚はそう言って刀を善四郎に押し付けると、そのほかの得物は林の中の、草が多く生えている窪地に隠した。そして善四郎を伴い、道なき道を歩き始めた。
「お主は、この山を西へと抜けて、海に出るつもりだったのだろう。しかし、その道を行くのでは、自ら死地に赴くようなものだ。難路だが、北に向かって進むと、ちょっとした町がある。そこから舟で川を下り、海を目指せ。そこまで逃げ延びれば、もう追手は来まい」
「なるほど。ただ、道が分かりません」
「私が何年この山々で修行をしてきたと思っておるのだ。迷うことなどあり得ぬ」
「え? 快尚様も共に来てくださるのですか」
「乗りかかった船ゆえな」
快尚は、なぜ自分が善四郎にここまで肩入れするのか、自分でもよく分からなかった。浅慮にして非力。今を生き延びたところで、どこで野垂れ死んでもおかしくはない男である。
いや、だからこそ快尚は、この若者に興味を抱いたのだろう。善四郎に、つまらぬ驕りはない。自身の弱さを認めながらも、あえて故郷を飛び出したのだ。それほどの覚悟を善四郎に背負わせたものとは何だったのか、心のどこかで知りたくなったのかもしれない。
「善四郎、お主は私に、命の借りができた。借りたものは、返さねばならぬ」
「どのようにお返しすれば良いのでしょうか」
「それは分からぬ。しかし、まずは生き延びなければ、返すものも返せまい。お主には必ず、生きてこの国を脱けてもらうぞ」
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