(三)

 善四郎は、どうすれば良いか決めかねたのか、少しその場で突っ立っていたが、おずおずと聞いてきた。

「お主、やはり坊主ではないであろう」

「なぜ、そう思うのだ」

 快尚は、身じろぎもせずに問うた。

「分からぬ。だが、お主のように鋭い目をした坊主には会ったことがない」

 この答えに、快尚は思わず吹き出した。横になったまま体を善四郎の方に振り向けると、微笑みながら言う。

「これは失礼した。生まれながら、目つきが悪いものでな」

「そればかりではない。並の坊主ならば、斬られるやもしれぬというのに、そのように呑気に眠れるわけがないのだ」

「しかしお主、もはや私を斬るつもりなどないのではないか」

「もし斬る気であったら、どうするのだ」

 この若者は、戯言が通じない性質とみえる。快尚は、これ以上問答を続けることに興味を失った。

「まあ良い。確かに私は、ただの坊主とは言えぬであろう。元は士分であったゆえな。ただ、出家して、今では正真正銘の坊主だ」

 善四郎は、まだ当惑しているようだ。この男の用心深さは、美徳を通り越して害を及ぼしかねない。過ぎたるは猶及ばざるが如し、とはこのことである。

「ここまで言っても、私のことを刺客だと疑うのか。その杖を手に取ってみよ。お主を斬る腹であれば、刀くらい仕込んでおくだろうな」

 快尚は、床に無造作に置いてある金剛杖を指差しながら畳みかけた。

「私が刺客では辻褄の合わぬことが、ほかにもあるぞ。もし待ち伏せをするのならば、あばら屋の外でお主が来るのを待ち受け、入ろうとするところを不意打ちした方が得策であろう。わざわざ小屋の中で出迎え、名乗ることはあるまい。仮に狙いが生け捕りであったとしても、逃げられる覚悟で、お主を野放しにしておく道理はない」

「それは、お主の言う通りだ」

 この若者は、話ぶりの割に素直な心根の持ち主らしい。人の言い分を聞くあたり、血の気ばかりが多いただの荒くれとは一線を画している。

「ひとまず座って、少し落ち着いたらどうだ」

 快尚の声に応じ、善四郎は床に腰を下ろした。ただ、それでも不安は募るばかりとみえ、しきりに戸口の方を気にしたり、懐から文を取り出しては読み返したりしていた。

「やはり、長田殿が姿を現さぬのが解せぬ。何か事情があってのことだろうか」

 善四郎の話では、一年前に国を脱け、今では主に京で動いている長田という男が、このあばら屋まで来るという。善四郎が受け取った文には、「夜半、くだんの小屋にて待たれたし」とあったらしい。

「果報は寝て待てと言うぞ、善四郎。夜はまだ長い。気が急くのは分かるが、これからのことを考えれば、今は眠っておいた方が良いのではないか」

「おちおち眠っていられるか。この国脱けは始まりに過ぎぬ。これから本懐を遂げようという者が、こんなところで仕損じるわけにはいかぬのだ」

 それらしい口上を述べてはいるが、とどのつまり、気が張って眠ることなどできないのであろう。

「善四郎、眠らぬというのならば、坐禅をせぬか。雑念を取り払い、心を穏やかに保つのだ。私が付き合おう」

「こんなところで坊主の真似事などごめんだ。俺には考えねばならぬことが多くある。そもそも――」

「しっ! 静かに」

 人がこちらに近づいてくる気配がし、二人は顔を見合わせた。

「良かった。今度こそ長田殿か」

 違う。落ち葉を踏みしめる足音は、一人のものではない。加えて、わずかながら話し声も聞き取れる。快尚が飛び起き、窓から外を覗くと、向こうの方に揺れ動く数本の松明が見えた。

「あれは、捕り手であろうな。善四郎、お主のことは割れておるようだ」

「そんな……一体どうやって」

「それを考えるのは後だ。まずはここから出るぞ」

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