第123話

 グロリア様の執務室で仕事を始めて三日目、いまだに現実味がありませんが、私はシルフィー様の隣の机で書類のチェックをしています。

 基本的に私が見る書類は王都内の事かお城に関する物です。

 なのでメイドに見られても大した事のない書類がほとんどなのでしょうが、まるで秘書官のような仕事をしている事に違和感だらけです。


 そんなある日、執務室に来客がありました。

 その人は私もよく知っている人物、メイド長のフィガロさんです。

 メイド長は細いメガネをかけた四十前後の女性で目つきが鋭く、茶色の髪を頭の後ろでまとめられており、白いフリルの付いた髪飾りを着けています。

 黒い長袖ワンピースでスカートも長く、小さな白いエプロンを腰に巻いている。


「失礼いたします殿下でんか。この度のご提案ですが、もうしばらく様子を見てからでも遅くないと考えております」


 グロリア様の机の前で話をしていますが、提案? グロリア様がフィガロさんに何を提案したのでしょうか。

 

「そうか? まあお前がそういうならそれでいい。しかし決定した事だから覆る事はないぞ?」


「それは承知しております。私も反対している訳ではございません。ただ少しだけ慎重になりたいのです」


「わかった。では時期を見てお前から報告を」


「かしこまりました」


 そう言ってメイド長フィガロさんはグロリア様に一礼し、シルフィー様と向かいに座るサニー様にも一礼します。

 そして私にも一礼して執務室を出て行きました。

 フィガロさんは今朝の合同打ち合わせでは何も言ってませんでしたが、なにか重要な事があったのでしょうか。


 そうそう、執務室にいるもう一人の男性はサニー様。

 二十半ばの伯爵家のご子息です。


「へ~、僕はてっきり反対して来ると思ってたよ。流石に四十を過ぎても仕事一筋なだけあって、必要性は理解してるんだね」


「まだ若い頃に付き合っている相手がいたらしいが、仕事を優先するあまり別れたという話だ。ある意味俺達の責任でもある。しかしサニー、年の事はいうな」


「は~い。でもさ、シルビアだったら仕事も恋も両立できそうじゃない?」


 そう言って三人が私を見ます。

 いきなり話を振られましたが、私が恋? 酔った勢いや命の恩人だからという理由でなら告白された事はありますが、本当の恋というものは経験がありません。


「私を好きになってくれる人なんていません」


 書類の手を止めてそれだけ言うと、御三方はため息をついて仕事に戻ります。

 それにしてもフィガロさんの用事は何だったのでしょうか。

 様子を見る? 必要性がある? メイドに関する事でしょうか?

 おっと、今はそんな事よりも目の前の書類を片付けましょう。


 一日の仕事が終わり、半地下の個室に戻ってきました。

 このメイド寮は平民メイドだけではなく、地方の貴族令嬢も沢山利用しています。

 王都に住んでいたり別荘を持っている貴族令嬢はそちらに行きますが、何名かはこの寮を使っているようです。


「あ、シルビアお疲れ様~。ねぇねぇ聞いた? メイドに新しい役職が追加されるんだって」


「お疲れ様です。新しい役職ですか? 初めて聞きましたがどの様な役職なのでしょうか」


「う~んわかんない! でも今までになかった事だから、しばらくしたら大体的に発表されると思うわよ!」


 確かにメイドの役職なんて各部門のリーダーやメイド長くらいです。

 そこに新しい役職が追加されるのであれば、恐らくは新しい部門を開設してリーダーが任命される、といった感じでしょうね。


 そして日々の仕事をこなしていきますが、書類のチェックをしていると城内の各部門担当者と仲良くなりました。

 書類の間違いを指摘して書き方を指導しているので、親しくなるのに時間はかかりませんよね。


「いや~シルビアがいてくれて本当に助かるよ。今までは無言で突き返されていたから、どこが間違えているかわからなかったんだ」


「書類の書き方の指導は無かったのですか?」


「前任者からの引継ぎである程度はあるが、新しい事を提案しようとしたら書き方が変わるから、その都度手探りでやっていたんだ」


 なるほど、それは効率が悪いですね。

 書類には決まった書式がありますが、確かに新しい事を提案する時には書式が決まっていません。

 それでは新しい事が中々進まなくなってしまいます。

 私でわかる範囲なら改善して見ましょう。


 翌日は午前中に書類を片付け、新しい書式を考えています。

 予算報告や計画書などを参考にして新しい事業提案書を考えます。

 他の書類と似すぎていると勘違いが起こるので、どこかで違いを付けて……その上で読みやすく……こんな感じでしょうか。

 まずはシルフィー様に確認していただきましょう。


「これは新しい書式か? ふむ、確かに完全に新規の事業を始める書類は無かったようだな。グロリア兄上、この書類を見て頂けますか」


 シルフィー様がグロリア様に書類を渡すと、グロリア様はしばらく書類を見てサニー様に渡します。

 

「へ~、面白い書式だね。シルビアが考えたの?」


「はいサニー様。完全新規の事業計画の書類が無いと指摘を受けて、自分なりに考えてみました」


「サニーはその書式をどう思う?」


「良いんじゃないですかグロリア様。 これなら毎回一から考える必要はありませんし、何より見やすいですもん」

 

「わかった。ではその書式をしばらく使用し、問題が無ければそのまま採用する」

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