第115話

「俺は第三王子のコルト! 俺の花嫁候補と聞いて会いに来てやったぞ!」


 アウトランダー陛下へいかと共にテラスに現れた少年は、私を花嫁候補と言い放ち指さします。

 はて、どうして花嫁候補なんて話が……ああそういえば、以前アウトランダー陛下へいかが「ウチの末っ子の嫁に」とかおっしゃっていましたね。


 しかしサファリ様が「国にはシルビアを待っている人がいる」という嘘も方便を使い終わった話だと思っていました。

 どうやら陛下へいかの中では終わっていなかった様です。


「初めましてコルト様。私はシルビア、ですが花嫁候補は無かった話として過去の事だと思っておりましたが?」


「まあそういうなシルビアよ! ほら、若いもん同士でお茶をしたら気が合うかもしれないではないか!」


 王侯貴族の婚姻に気が合うも何も無いと思うのですが……しかし困りました、私がここで断ってしまうとエルグランド王国との関係に影響が出るかもしれません。

 ここははぐらかしてやり過ごすしかありません。


「まったく、父上に言われて来てみれば待っていたのはメイドときたもんだ。喜べ、俺が今日一日相手をしてやるぞ」


「む? おいどうしたコルト、今日は機嫌が悪いではないか」


 アウトランダー陛下へいかが困惑したようにコルト様を見ますが、当のコルト様はテーブルに肘をついて面倒くさそうにお菓子をほお張ります。


「それはそうですよ、どこの国の姫かと思っていたら、待っていたのはメイドですよメイド。父上は俺に恥をかかせるおつもりですか?」


 随分とご機嫌ナナメの様ですが、言っている事は至極まっとうです。

 メイドは王子の側室にすらなれません。ただの愛人かオモチャですから。

 あら? それを理解しているのは当たり前として、陛下へいかはどうして私とコルト様の婚姻を望むのかしら。


 この日は終始不機嫌なコルト様と、何とか場を明るくしようと努力するアウトランダー陛下へいかがかみ合わないまま終わりました。

 一体何がどうなっているのでしょうか。


「お帰りなさいシルビア。今日はお城で面白い事があったようですわね」


 帰って早々にパルサー様が笑顔で私を出迎えます。

 どうやら今日の事はすでにご存じの様ですが、この方も何を考えているのかわかりません。


「ただいま戻りました。はい、アウトランダー陛下へいかとコルト王子が親子喧嘩をして終わりました」


「ふふふっ、そう、それは見たかったわ。それで随分とお城に通っているけど、何か感想はありませんの?」


「感想ですか? 見た目通りに居城というよりも砦の機能が優先されているとか、随分と戦に偏った造りをしているとは思いました」


「そうね。では質問ですの、あなたならあのお城をどう攻めるか、教えて欲しいですわ」


 背筋がゾクリとしました。

 パルサー様の役目が今になってようやくわかりました。

 この方はエルグランド王国の潜在的な敵となりうる国を調査し、対策を講じることが目的なのです。

 いつも微笑んでいるような細い目は、一体どこまでを見ているのでしょうか。


「私には戦の事はわかりません。それにディアマンテ龍王国とは仲良くした方が国の為かと存じます」


「弱気ね。あなたなら城の一つや二つ、簡単に攻め落とせるのではありませんの?」


 ああ、この方も私の戦記物語が好きだという話を曲解されているのね。

 あの砦のような強固な城を落とすなんて一筋縄では……え? ……あれ?

 穴が……あちこちに見えてきます。


 城のていを保つために作られた通路、華美な装飾品、城内では威嚇になるけど外には無意味な丸見えの詰め所、そして装備品や消耗品の場所。

 内からも外からも弱点となりうる造りをしています。


 いけません、こんな事を考えている事を知られるわけには!


「どうしたのシルビア。まさか落とせる方法を思いついたりしましたの?」


 パルサー様の目がわずかに開きます。

 微笑んだままの表情は崩れていませんが、それが一層恐怖を感じさせます。


「まさか。私はメイドです、あのお城を掃除するのは大変そうだなと、そう考えてしまっただけです」


「そ。まあいいわ、仕事に戻ってくださいまし」


 私が一礼するとパルサー様は自室に戻られました。

 そういえばこのお屋敷、てっきりパルサー様の別荘なのかと思っていましたが、実は大使館らしいです。

 つまり今のパルサー様はエルグランド王国の大使としてこの国にいます。


 大使がスパイというのはよくある話ですが相手はディアマンテ龍王国、技術力の高さで知られる国です。

 そう、そんな国だからこそお城の防衛に穴があるのが不自然なのです。


 私なんかが思い付く事を軍人が思い付かないはずがありません。

 つまりそれをカバーできる何かがあるという事なのです。

 ああなるほど、パルサー様はソレを私に探らせたかったのですね。


 なんだかとんでもない事に巻き込まれてしまいましたね。

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