第101話

「優秀過ぎる王子が国王になられては困る国があったのだ。クラウン帝国さ」


 クラウン帝国……ここエルグランド王国に戦争を仕掛けてきた国です。


「ではクラウン帝国がエルグランド王国を攻めるにあたり、第一王子が邪魔になったという事ですか?」


「その通りだ。帝国は我が国を攻めるために何十年も準備をしているからな、今後も攻めてくる可能性が高い。その時にグロリア王子が国王になっていては困るのだろう」


 確かにその理由は理解できます。

 帝国がエルグランド王国を攻め続ける理由も理解しています。

 しかし。


「それなら狙われたのはグロリア王子なのでは? どうしてサファリ王子が関係してくるのですか?」


 騎士団長は足を組んで左ひじを乗せ、顔を逸らす様にしてひたいに手を当てます。 



「サファリ王子は……優しすぎたのだ」


「優し?」


「そうだ。サファリ王子は能力が低いわけではないが、グロリア王子、シルフィー王子に比べて劣っている、いやわざと劣るようにしている。それはあまりに高い観察眼によるものだ」


「観察眼……つまり第一第二王子の能力を正確に把握し、それよりも劣るように見せているという事ですか?」


「ああ、だからサファリ様の本当の力を知っている者は誰もいない。下手をしたら本人にもわからないのかもしれない。だがその観察眼が仇となる事件が起きたのだ」


 騎士団長は深いため息をつき、足を組み替えて口の前で指を組みます。


「十年ほど前の建国祭のパーティーでの事だ。

陛下へいかの挨拶の後で王子王女達も貴族や各国の要人と会話をしていた。

パーティーも中盤に差し掛かった頃、サファリ様が騒動を起こしたのだ。

他国の要人に変装する帝国のスパイが、グラスを二つ持ってグロリア王子に近づいてきた。

挨拶の後でグラスをグロリア王子に渡そうとした時、サファリ王子がグラスを奪ったのだ。

もちろんそんな行為を周囲の者達はとがめたのだが、サファリ王子は頑なに理由を話そうとはしない。

それを見ていた陛下へいかは業を煮やし、サファリ王子が奪ったグラスに手を伸ばしたのだ。

するとサファリ王子はグラスの中身を一気に飲み干した。

カッとなった陛下へいかはサファリ王子を力いっぱい叩き床に倒れられたのだが、サファリ王子は口から血を吐いて意識を失ってしまったのだ。

力いっぱい叩いたとはいえ、男子がそれしきで意識を失った事に驚きはしたが、血の量が尋常ではなかった」


「まさかグラスの中身は!」


「うむ、毒が入っていたのだ。異常事態に気が付いたグロリア王子は直ぐに医者を呼び一命を取り留めたのだが、それからは人が変わった様に遊び惚けるようになってしまわれた」


 なるほど、そんな事件があったのですね。

 しかし気になる事がいくつかあります。


「グロリア王子を毒殺しようとして失敗した犯人はどうなったのですか?」


「その場で捕らえられた。騒ぎで人が集まり逃げ場がなかったのだ」


「サファリ様はどうやって毒が入っている事を知ったのでしょうか」


「それはわからん。事件の事を何一つ話して下さらないのだ」


「グロリア様をかばったのは理解できますが、なぜ飲もうと思ったのでしょう」


「恐らくだが、当時のサファリ様はとても優しく大人しかった。だから陛下へいかに叱られたうえにグラスを奪われそうになり、急いで毒を処理しようとしたのだろう。なにぶん大人しいサファリ様だから、グラスを割るとか捨てるという選択肢が出て来なかったのかもしれん」


 それは少しだけ理解できます。

 混乱もしていたでしょうし、グラスに入っている飲み物を飲んでしまえばいい、そう考えても不思議はありません。


「ではそれ以降サファリ様は遊び人になったそうですが、それは毒による影響ですか? それとも別の――」


「それ以上は言うな。少なくともそれ以降は王子達の護衛が強化され、入城の検査も厳しくなったのだ。それで……いいのだ」


「しかし……」


「シルビア嬢、君は今までに様々な問題を解決してきたそうだね。しかし今回は何もしないでくれないか? アレをほじくり返されるのは……苦しいんだ」


「わかりました、何も言われなければ何もしません。しかし知る権利はあると思いませんか?」


「残念だがそれも無い。あの事件は無かった事にされているのだ」


 なるほど王家の恥ですからね。

 毒殺を防ごうとしたサファリ様が毒に侵されるなんて、王家の無能を喧伝するようなものです。


「理解しました。ではここでの話も無かったことにします」


「そうしてくれると助かる。じゃあ俺は行くよ」


 立ち上がり去っていく騎士団長の背中が丸まっています。

 あの怖い顔でいつも自分に厳しく、周囲から絶対的な信頼を置かれている騎士団長が小さくなっています。

 そっか、その場にいらっしゃったのね。


 その後は兵士の訓練所に行きました。

 久しぶりに兵士達に会いましたが、私が作ったルーティーンを続けてくれていました。

 相変らず私を囲んで話かけてきますが、今回は教官に用事があります。


「そうか、聞いたのか……まあそういう事だ」


 教官はとても苦い表情です。

 なかった事にされているだけあり、その事について何も言おうとはしません。


 ですが本当に無かった事のままでいいのでしょうか……サファリ様はステージア様から私を奪うように連れて行きました。

 それは助けを求めているから、というのは考えすぎでしょうか。

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