第96話

「花の香りが残ってる! 一体どうして⁉」


 さっきまでは花の香りが残らなかったのに、どうして今回は残ったのでしょうか。

 フラスコを見てみると、刻んだ花びらが水に沈んでおらず水に浮いていました。


「半分眠っていたから押し込みが足りなかったんだわ。じゃあ水に沈めて蒸留する方法はダメで、水に沈めない方法、蒸すのが正解という事でしょうか?」


 今回は偶然できましたが、蒸すのならスラスコではやりにくいですね。

 とはいえ蒸して水蒸気を回収できる器具は……


「修繕部で聞いてみましょう」


「蒸し器? 饅頭まんじゅうでもあっためるのか?」


 今度はクリッパーさんがいらっしゃいましたが、そうですよね、メイドが蒸し器と言ったらそう思いますよね。


「植物を蒸して水蒸気を取り出したいのですが、フラスコでは蒸すのに適していません。何か道具は無いでしょうか」


「フラスコは蒸すにゃ向かねぇな。単純に金属の小ナベに穴を開けて管を通してみるか。よし待ってろ」


 フリッパーさんはガラクタの中から壊れたナベを見つけると、ナベの形をハンマーで修正し、簡単なフタを作ると中心に穴を開けて長い金属の管を通します。

 ナベの下に向けて管を折り曲げ、バネの様に数回ねじり冷却部を作ります。

 管の出口にビーカーが置けるだけのスペースを作り完成です。


「簡単に作ってみたが、水蒸気を取り出したいならこんなもんか?」


「ありがとうございます! こんなに良い物を作っていただいて!」


「なーに、これが上手くいったらまた来な。もっとしっかりしたモンを作ってやるよ」


 私は急いで部屋に戻り、作ってもらった蒸し器をセットします。

 ナベに水を入れ、長めの足が着いた目の細かい金網を置き、ハーブを隙間なく沢山いれました。

 フタをして火をつけると、しばらくして水の温度が上がり音が出始めました。


「もう少しで沸騰するけど、温度はどうなのかしら。低めが良かったり……でもフラスコの時は沸騰してたはずだから、まずはこれでやってみましょう」


 グツグツと水が沸騰したので、金属の管を濡れたタオルで巻いて冷やします。

 管の出口から水蒸気と一緒に水滴が垂れてきます。


「冷却効率を上げないと、せっかくの水が無駄になってしまいますね」


 水蒸気と共に花の香りが流れてきます。

 これは今までになかった現象ですね。

 ビーカーに水がたまるのを待ちながら香りを楽しんでいると、ある時を境に香りがとても薄くなりました。


「ここが限界かしら」


 液体の入ったビーカーをずらして別のビーカーを管の出口に置きます。

 これから先は香りが薄いので、香水のエキスには使えないかもしれませんね。

 私は火を止めて蒸すのを辞めました。

 

「さて、たまった液体は……あら? 上下に分裂してる。水と油みたいね」


 どちらを使うのが良いのでしょうか?

 上? 下? それとも混ぜて使う?


「分からない時は全部やってみればいいのです」


 スポイトで上の部分を吸い取り、完全に液体を二つに分けます。

 この時点ですでに結果がわかる程に香りに差がありました。


「上の方がいい香りだわ。下の方はいい香りではないけど、何故かしら、少し心が落ち着きますね」


 上の部分はハーブの香りが残っていますが、かなり香りが強いです。

 このまま使うにしろ薄めるにしろ、まずは使ってみないといけません。

 下の部分はハーブの香りというよりも少し泥臭いですね。

 しかし草原の香りと言われればそんな気もします。


「まずは上の部分を使ってみましょう」


 私はスポイトで一滴手首に垂らして伸ばしました。

 う……匂いが強すぎて臭いです。

 ずっと部屋の中に籠っていたので鼻が麻痺していましたが、直接嗅ぐとかなりきついですね。


「なにかで薄めないといけませんが、水でいいのでしょうか」


 手首を濡れタオルで拭いて、二倍に薄めた物を手首に垂らします。

 まだ強いですね、もっと薄めても良さそうです。

 しかし何度か薄めていくと、匂いが薄くなるよりも手首が水分でベチャベチャになりました。


「香水はこんなにビチャビチャになりませんよね。じゃあ香水は何を使って薄めているのかしら」


 水浸しの手首を見て考えますが、霧吹きを使えばこれほど水気は残らないのかもしれません。

 小さな霧吹きの空き瓶に入れて手首に吹きかけますが、やはり水が垂れてしまいます。


「何か別の物を使っているんだわ。薄める液体を探さないと」


 香りのエキスは抽出出来ましたが、中々上手くいってくれませんね。

 さて一体どこを探せばいいのかしら……水の多い場所と言えばあそこかしら。


「ん? 久しぶりだなシルビア君。また料理を作りに来たのかい?」


「お久しぶりです料理長。料理というよりも、ある特性を持った液体を探しています」


 私は厨房に入り、料理長に挨拶をしました。

 何度もお会いしているのでお話してくださいますが、本当は私なんかが話す事が出来ない程偉い人です。


「ある特性とはなんだい?」


「水よりも簡単に蒸発する液体です」


「水よりも? アルコールの事か?」


「アルコール? アルコールは蒸発しやすいのですか?」


「ああ。純度の高いアルコールは直ぐに蒸発してしまうよ。ただここには飲むアルコールや料理に使うアルコールしかないから、混ぜ物がしてあってアルコール以外の部分が残ってしまうね」


 そう言って料理長は料理酒を取り出し、作業台の上に少し垂らします。

 アルコールの強い香りがしましたが、しばらくするとアルコールの匂いはしなくなります。


「これでアルコール自体は蒸発した。残っているのは混ぜ物の部分だね」


「なるほど、かなり早く蒸発しますね。しかし……アルコールの香りがしないアルコールは無いでしょうか?」


「はっはっはっは! それは無理というものだろう」


 それはそうですよね。

 料理長にお礼を言って厨房を出て、その足で修繕科へと向かいます。


「クリッパーさんいらっしゃいますか?」


「おうここだ、ここ」


 奥の方で声が聞えたので奥へと進みます。

 えっと、確かこのあたりから声が……


「おう嬢ちゃんか。今日はどうした? 蒸し器の改良か?」


 天井からニョキッと黒くなった顔を出してきました。

 天井裏でお仕事でしたか。


「蒸し器ありがとうございました。お陰で良い物が出来ました。欲を言えば、冷却能力を上げた物が欲しいです」


「おう、じゃあ今度作っとくぜ」


「それと、工業用のアルコールという物はありませんか?」


「あるが、あんなもん何に使うんだ?」

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