第97話
「それと、工業用のアルコールという物はありませんか?」
「あるが、あんなもん何に使うんだ?」
修繕科のクリッパーさんに香水の原液を薄めるのに使う事を説明すると、少し唸るように考えた後で口を開きます。
「それなら使うのに問題はないな。だが水じゃダメなのか?」
「水ですと霧吹きで吹き付けた後もずっと水分が残ってしまい、垂れてしまうのです」
「なるほどな。それならエタノールならすぐに蒸発するから問題ねーな」
「エタ……アルコールですよね?」
「アルコールっていう大きな枠の中にエタノールがある。まあほぼ同じと思ってかまわない」
なるほど、同じなら問題はありませんね。
クリッパーさんはハシゴを使って天井から降りると、壁際にたくさん並んだ棚の下の方から大きなガラス瓶を取り出します。
「どのくらい必要なんだ? エタノールは大量にキープしてあるから好きなだけ持っていけ」
大きなガラス瓶は何リットル入るのでしょう、十リットルは入りそうですが、それを「ほれ」と手渡してきます。
「こんなに沢山いいのですか?」
「かまわねぇ。足りなくなったらまた取りに来い」
「ありがとうございます」
「それにしても花をアルコールに付けて香水を作ったのか? アルコールをアルコールで薄めるってのもおかしな話だ」
「……え? アルコールに匂いが移るんですか?」
「ああ、時々俺達も失敗してアルコールの中に物を落とすんだ。直ぐに気が付きゃいいが、気が付かなかったら匂いが移って臭いんだ」
これは……ひょっとしてもっと簡単に香水が作れたのでは⁉
「この前なんかキンモクセイの花が入ってな、いい香りなんだが仕事にゃ使えなくなっちまった」
「ありがとうございます! 情報提供、感謝します!」
幸いエタノールは沢山いただきましたから、今度はエタノール漬けを試してみましょう。
「それとなシルビア……前にあった貴族メイドにイジメられていた件、他の奴らの分もカタが付きそうだから、その時に連絡する」
貴族メイドというと、私の部屋の扉に木の棒を固定し、部屋から出れなくした時の事でしょう。
リーフ様付きの時にメイド間のイジメが発覚し、ミストラル様に移行してから貴族連合にまで発展しました。
そういえばあの時の貴族メイドは首になりましたが、他にもあちこちで発生していましたからね。
「わかりました。そちらはお任せいたします」
私は一礼して修繕科を後にします。
部屋に戻るとハーブの原液を五倍に薄めて霧吹きに入れます。
手首に吹きかけると……おお、水分が垂れる事なく乾燥しました。
香りもしっかり残っています。
「それにエタノール、アルコールっぽい匂いが薄いのかしら」
アルコールの匂いがあまり気になりませんでした。
これは良いですね!
その後は丁度よい濃度を調べるために、スポイト十滴分に対してエタノールを追加していきます。
「十倍からが丁度いいわね。匂いに敏感な人なら十五倍でもいいくらい」
十倍に薄めた香水を小瓶に入れ、ようやく一本の香水が完成しました。
貴族なら霧吹きを使うでしょうから、それで少しは香りが拡散するかもしれませんね。
さて、今ある分の原液なら十本が良い所ですね。
「ハーブの香水が十本、後はクリッパーさんに言われたエタノール漬けでも香水を作ってみましょう」
幸いキンモクセイは庭に咲いているので、エタノールを瓶に分けてそこに入れましょう。
しかしこれは情報不足でした。
一日経っても匂いが移らず、十日が過ぎてもキンモクセイの香りがしません。
どうやらひと月からふた月ほど漬けておかないといけないようです。
「そういえばクリッパーさんは大量にエタノールがあるって言っていたから、キンモクセイが入ったエタノール瓶以外を使っていたのかもしれないわね」
これは漬けたまま後に回し、他の香り成分の抽出をする事にします。
数種類のハーブや花の成分を抽出し、それをエタノールで薄めてという作業を何度も繰り返すと、気が付けば香水の入った小瓶が七十本にもなっていました。
「随分と増えたわね。これだけでもひと月近くかかっているから、香水の量産って大変なのね」
それに香りによっては薄める倍率も違うので、それを調べながらというのはとても時間がかかります。
ちなみにキンモクセイを漬けたエタノールですが、香りが随分付いてきましたが、もうしばらく漬けておこうと思います。
そして何とか種類を増やして百本を達成しました。
「やりました……今回はわからない事だらけでどうなるかと思いましたが、いろんな方の手助けもあり何とか完成出来ました。早速ステージア様にお見せしよう」
時間は昼過ぎ。
この時間ならばステージア様はお店にいらっしゃるはずです。
商店に行きステージア様との面会を申請すると、部屋にいらっしゃるとの事でそのまま部屋へと向かいます。
「失礼いたします。ステージア様、期限ギリギリですが、香水を百本用意いたしました」
ソファーの前にある低いテーブルに香水の瓶を並べると、ステージア様は驚いたように机から出てきました。
しかし香水の瓶を持つとため息をついてこうおっしゃいました。
「シルビア……お前はなんちゅう事をしてくれたんや」
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