第95話

「ん? 果物水……これだわ!」


 私は果物水を一気に飲み干し、街の市場へと走り出しました。

 市場にある果物屋さんを順番にまわり、これだと思うものをいくつも購入しました。

 よし、これだけあれば何とかなると思うわ。


 お城について直ぐに修繕部へと向かいます。

 クリッパーさんは……お出かけ中ですね、他の方にお願いしましょう。


「いいよ、持って行って下さい。使い終わったら洗って返してくれればいいので」


「ありがとうございます!」


 私は借りた物を自室へと持ち帰り、机の上に並べます。

 蒸留装置をセットして果物の皮をむき、丸底フラスコの中に果物を絞った液体を入れました。

 バスバーナーに火をつけてじっくりと過熱します。


「湯気が出てきたわね。ト字管を冷却して液体に戻しましょう」


 丸底フラスコに差してあるト字管の下に向かう管に濡れたタオルを巻きます。

 その先にはビーカーが置いてあり、冷えて液体になった物が溜まっていく。

 過熱した液体が無くなり、底にはドロリとした物体が溜まっていますね。


「さて、この冷えた液体はどんな香りがするのでしょうか」


 フラスコから数滴手首に垂らし、指で軽く伸ばします。

 匂いを嗅いでみると……


「良い香りがします。美味しそうという意味のいい香りですが」


 液体は香水というよりも、果物水を更に水で薄めたような匂いがします。

 ただ糖分によるべた付きはありませんから、使えなくもない、といった感じです。


「とはいえ、美味しそうな香りを香水に使うのはどうなんでしょうか。虫が寄ってきたりしませんか?」


 糖分が無いから虫は来ないのかしら。

 でもそれ以前にこんな香水を使ってる人なんて見たことが無い。

 他の果物でも試しましたが、結果はどれも同じです。


「六種類の薄い果物水が出来ただけですか……何種類か混ぜたらどうなるのかしら」


 二種類を混ぜたら果物だけど少しいい香り、三種類を混ぜたらよくわからない香りになりました。


「二種類を混ぜた物、十五パターンなら香水っぽく感じるわね。とはいえまだ美味しそうな香りには違いありません」


 やはり花を使わないとダメなのでしょうか。

 個人的には草原の香りが好きなので、作るなら草原の香りを再現したいですね。

 果物だと美味しそうなら、花を蒸留してみてはどうでしょうか。

 王城の誰でも入れる庭へ行くと、庭師さんが手入れをしていました。


「こんにちは、花やハーブをいくつかいただきたいのですがよろしいですか?」


「花か。どれが欲しいんだ、取ってやるよ」


 私は香りが強めの花やハーブを何種類か、数を多めに頂きました。

 「こんなに沢山何に使うんだ?」と聞かれましたが「実験です」とだけ答えておきました。


「よし、じゃあ今度は花びらを刻んで沸騰させましょう」


 水と同量の花びらをフラスコに入れて沸騰させます。

 ガラスの管を冷やして垂れてきた液体の匂いを嗅いでみると……


「あら? ほとんど香りがしないわ。むしろ花とは違う香りになってるみたい」


 果物の時はきちんと香りがしましたが、植物だと香りが無くなってしまいました。

 困りました、これ以外にどうやれば良いのでしょうか。


「花びらを絞ってみる?」


 花びらを長い布の中央に入れて包み、両端に棒を付けてねじっていきます。

 ギュ~……と、かなり強く回しますが、雫一滴たりとも落ちてきません。


「これは……一体どうやって香水を作っているのでしょうか」


 完全に行き詰まってしまいました。

 そういえば果物の香水ってあまり聞きませんが、貴族向けのお店には柑橘系の香水ならありました。

 アレはどうやって作っているのでしょうか。


「わからないから数か所でしか作れないんですよね。企業秘密という奴でしょう」


 しかしわからないからと諦めてはいられません。

 なにせステージア様からの命令なので、何としても香水百本を作らないといけません。


「温度で香りが壊れるのかしら。完全に沸騰させるのではなく、湯気が出た直ぐの低音でやってみましょう」


 その後何度も挑戦しましたが、どうやっても植物の香りが出てくれません。

 諦めるものかと何度も繰り返していると、疲労からかうたた寝をしてしまいます。


「は! いけない、火を使っているのに眠るなんて」


 火は特に問題なくフラスコを加熱していますね、よかった。

 じゃあ出てきた液体は……⁉


「花の香りが残ってる! 一体どうして⁉」

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