第91話

私が指示した陣営がバネット様を圧勝しました。


「うおぉいシルビア! てめー一体何しやがった!!」


 離れていても声が聞こえるくらいに大きな声です。

 あの声で指揮をしたらよく聞こえるでしょうね。


「シルビア嬢、まずはバネット様と話をしよう」


 騎士団長に言われて中間地点へと向かいますが、バネット様はとても乱暴に歩いています。

 地面がへこみそう。


「シルビア! お前何をしやがった!」


「真正面からぶつかって来たので、力に逆らわないように後退しただけです」


「だ・か・ら! なんで被害が無いんだよ!」


「バネット様の軍は正面から力で押してきました。なので私は被害が出ない程度の力で受け止めて後退したのです。中央がへこめばそこにバネット様の軍は戦力を集中するので、そのまま中央をへこませて中に引きずり込み、左右から挟撃をしました」


「な、なぁシルビア嬢、その戦い方は誰に教わったのだ?」


「誰……確か昔読んだ戦争の物語だったと思います。その中の一文に「力を力で受け止めてはいけません。やなぎの様に力を受け流して被害を減らすのです。さすれば敵は死地へと足を踏み込むでしょう」と書いてありました」


「そ、それは何という物語なのだ?」


「アバルト戦記です」


「しらねぇよそんな本! 大体物語の話じゃねーかよ! 実戦で使う方がどうかしてるぜ!」


「しかしバネット様、シルビア嬢はこうやって訓練で有効性を示したのです、一度読んでみてはいかがでしょうか」


「知るかよ! 大体もっと他にあるだろ!? こう、有名な将軍の緻密な戦術ってやつがよ!」


 アバルト戦記のこの一文は、確か実在した将軍のもののはずですが……今は言わないでおきましょう。

 それにしても本は凄いですね! いつの間にか知識として蓄えられ、こやって実際に役に立つのですから。


「クソッ! もう一度だ、もう一度やるぞ!」


 もう一度と言いながら十回もやりました。

 一度負けましたので九勝一敗ですね。


「な、なぜだ、なぜ俺がメイドに負けなきゃならねぇんだ……」


「それでシルビア嬢、最後の戦いの陣形なのだが二カ所だけ出っ張っていたのはなんなのだ?」


「あれは防御型の陣形で、突っ込んで来る敵を出っ張りの真ん中に誘い込み、正面と左右から攻撃する陣形です」


「なるほど! だから重装歩兵を配置してあったのか!」


 頭を抱えて唸っているバネット様とはうらはらに、騎士団長は色々と話を聞いてきます。

 騎士団長は結構なお歳ですが、戦いに関する事への熱意は薄れないのですね。


「クッソー! アバルト戦記を持ってこい!」


 そんなバネット様の遠吠えのような声が響いてから十日が過ぎました。

 件のアバルト戦記ですが、どうやら希少本らしくお城の書庫にもなかったのです。

 なのでポルテ元男爵領のお屋敷からわざわざ取り寄せていました。


「おお! これがアバルト戦記! どれどれ、あ!」


「まずは俺が読む。騎士団長は俺の、あ!」


「私が取り寄せたのです。私から読むのが筋という物でしょう」


 この御二人は仲が良いのか悪いのか、喧嘩をしているようで妙に息があっているんですよね。

 喧嘩するほど仲が良い?


 アバルト戦記に注意がそれている間は、私はやる事がありませんでした。

 バネット様の身の回りのお世話をしようとしましたが、すでに他のメイドで体制が整っていたため入り込む隙がありません。

 なので仕方なく訓練場で剣を振っています。


「む、シルビアではないか。バネット様の相手をしているのではないのか?」


「今は本を読んでらっしゃいます。なので私はする事が無いのです」


 教官にそんな事を言いながら素振りをしていますが、どうして私はこんなにヘロヘロにしか剣を振れないのでしょうか。


「バネット様は何かに集中すると他が見えなくなられるからな……だがシルビア、お前はこれ以上剣を振っても上達はしないぞ?」


「……やっぱり才能が無いのでしょうか」


「才能というよりも、お前は人に害を与えることが出来ないんじゃないか?」


「え?」


 人に害を与えられない? 確かに喧嘩は嫌ですし、相手に怪我をさせたり嫌な思いをさせるのも嫌です。


「それが影響しているのですか?」


「剣を振るというのは、結局のところ相手を傷つける行為だ。鍛錬という事なら意味はあるが、お前は鍛錬を望んでいないだろう?」


「はい。剣を振るよりもメイドの仕事をしたいです」


「なら無理だ。お前はメイドには向いているが、剣を振る事には向いていない。向いていない事よりも、向いている事を鍛えた方が良いと思わないか?」


「思います!」


「だがバネット様は本に夢中だし……よしシルビア、しばらくは兵士達の面倒を見てやってくれないか? 怪我をするやつも居るし、体調が悪い奴もいる。そんな奴らの面倒を見るのはメイドの仕事に入るだろう?」


「お任せください。皆さんの体調を完璧に管理して見せます」


 こうして七日間が過ぎ、兵士達は以前よりも元気になってくれました。

 食事の管理、訓練後のストレッチ、精神面でのサポート、快適な睡眠をとれるように温かい飲み物を用意するなど、とても充実した日々を過ごしていました。


 これですよこれ! こういうメイドっぽい仕事がしたかったんです!

 なぜか兵士達からお食事のお誘いを受けますが、まずは皆さんの健康管理が先ですね!

 ですが十日目になり、休憩中は私を中心に輪が出来るようになっていました。

 これは……効率よくストレッチが出来るので便利です!


「おいシルビア、本の事で聞きたい事がある」


 バネット様が訓練場にいらっしゃいました。

 おや? 珍しく第一王子のグロリア様もいらっしゃるわね。

 あ、くつろいでいた兵士達が一斉に敬礼を……あ、私も敬礼しなくちゃ。


「シルビア、あの本の内容で理解できない所があるから、説明をして欲しい」

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