第92話

 訓練場にいらしたグロリア様とバネット様に呼ばれ、私は御二人の後を付いて行きました。

 前にもあったわねこんな事。

 でも今回は場所が違い、王宮の軍部施設へと来ました。


「ここだ。シルビア、中へどうぞ」


 グロリア様に言われて中に入ると、そこには数名の騎士と文官らしき人達がいました。

 そして中央には大きなテーブルが置いてあり、地図が広げられてチェスのような駒が置かれています。


「ん? グロリア様、そのお嬢さんがシルビア嬢ですか?」


「そうだ。セドリックのお気に入りさ」


「セドリック様の……セドリック様にも軍に入っていただきたかったですな」


「それは言うなよ。本人が望んでいない」


 グロリア様が制服を着た文官さんと話ています。

 セドリック様を軍に? 確かリック様は商人になりたいとおっしゃっていたはずだけど。


「おいシルビア、これを見ろ」


 バネット様がテーブルの地図を指さしましたので、私は静かにテーブルに近づきます。

 どこかの地図の拡大図でしょうか、森や川が書かれており、川の近くには砦らしきものが書かれています。

 砦の内部に沢山の青い駒と、川を挟んで反対側に赤い駒が大量に置かれている。


「シルビア嬢、これはアバルト戦記の一場面を再現したものだが、防御側、砦側の戦い方が理解できないのだ。なぜわざわざ砦を出て戦闘をしたのだ?」


 地図をよく見ると、砦から川までは約二十メートルほど、川は橋などは無く深さはさほどないようです。

 川の幅は十メートル程でしょうか。


「これはアバルト戦記の第六章、アーマーゲーを流れる川の戦闘を再現したものですね。これならば難しく考える必要はありません」


 あら? なぜか皆さんギョッとした顔をしましたね。

 難しく考える必要はない、と言ったのを気にされたのでしょうか。


「前提条件として、砦側は援軍が見込めず、食料もあまりないという状態、で間違いありませんでしたか?」


「その通りだ。この状態ならば我々ならば砦を捨てて逃げるという選択取るだろう」


 騎士団長が砦の背後に指を置き、撤退するように指を森側へと持って行きます。

 他の人達も深く頷いている。


「撤退しない理由は直ぐにわかりますが、まずは砦から打って出た状況を再現しましょう」


 私は砦の中にある青軍を順番に外に出し、川に沿って並べていきます。

 川の近く一列目には盾を持つ歩兵、二列目と三列目にに弓兵を並べ、その後ろに騎兵を配置します。

 

 川を挟んだ向こうの赤軍は川沿いに一列目が弓兵、二列目三列目が重装歩兵という形です。

 数自体は赤軍の方が一.五倍は居るでしょう。

 さて本番です。


「この形なら、赤軍は絶対に川に入る事はありません。むしろ青軍が打って出てきたことを驚いているでしょう」


「そりゃそうだろうよ。青軍は数も少なく砦という有利を捨てたんだからな」


「通常ならばそうです。ではバネット様なら、砦から出てきた相手にどう対処しますか?」


「俺なら弓兵で矢をまくる。盾持ち歩兵がいたところで数が多いんだから問題にならねーさ」


「では少しだけ条件を追加します。確か八百六十四ページに書かれていましたが、赤軍は広大な平原の国であり、騎馬での戦いがメインとなります。どうやって戦いますか?」


「んん? いや特に変わらねーな。矢を射まくる」


「では数の多い赤軍の敗北です」


「ああん⁉ なんでだよ!!」


 私は砦側の青軍の歩兵駒を川の中に入れていきます。

 そして少しずつ駒を進めながら数を減らし、青い歩兵は対岸へとたどり着きます。

 その頃には青い歩兵は半分近くになっていましたが、赤い弓兵も半分以上も減らしていました。


「なんでそうなるんだよ! 足場の悪い川を通ってんだぞ!」


「赤軍の弓兵は青軍歩兵と弓兵の両方を相手にしないといけません。なので数は多くても攻撃の手数は半分になります。更にいうと青軍は弓兵の数は多いので、分散された赤弓兵の攻撃にも耐えられるのです」


 私は青軍の弓兵を五分の一ほど減らしました。

 そしてその頃には青軍の騎兵が両端から川を渡り、赤軍を背後から襲いはじめます。


「そこだ! シルビア嬢、そこがわからんのだ。なぜ青の騎兵は無傷で川を渡れたのだ? 赤軍の重装歩兵や弓兵は何をしていたのか」


「騎士団長、これは難しい事ではありません。赤軍は視界内に全ての青軍を捕えている、そう錯覚させられたのです」

 

「錯覚……だと?」

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