第88話
「おいシルビア、ちょっと
いつものように訓練場へ行くと、バネット様が待っていました。
あら? 目の下にクマが出来てらっしゃる、寝不足かしら。
他にも数名の騎士が居ましたが、私はバネット様の後に付いて行きます。
来た場所は誰もいない屋外の広場で、地面は土が踏み固められている。
「これを持て」
バネット様は私に木剣を投げてよこします。
それを受け取ると風が吹きました。
いえ風ではなく、バネット様の木剣が私の顔のすぐ横を通ったようです。
「……相変わらず反応できないか。それなのにこんなもん作りやがって」
「剣の腕が上がらない事は申し訳ありません。努力はしているのですが、生来の運動音痴はいかんともしがたく……」
「いい。それよりもあの本について洗いざらい話てもらう」
本? バネット様が指さした先には、私が書いた本を騎士さんが持っていました。
あの本について何を話せばいいのかしら。
「洗いざらいと言われても、私が思った事を書いただけの物です」
「だ・か・ら! その経緯を話せっていってんだよ!」
「経緯ですか? 単に私がこう動けたら剣術が上達するかな、と思って書きました」
「誰に聞きながら書いた!」
「誰? 私一人で書きましたが、兵士や騎士さんの動きを参考にしました」
ああそういえば、学園にいた時のリック様やセフィーロ様、襲ってきた悪魔教の動きも取り入れましたか。
バネット様は何かを考えるように腕を組み、何を思ったのか騎士達の方に向き直りました。
「お前が考えた戦い方がどういう物か、その目で見ていろ」
バネット様が木剣を中断に構えると、騎士三人はバネット様を三方向から囲みます。
もちろん騎士は木剣を持っていますし鎧も纏っています。
バネット様は正面右にいる騎士に姿勢を低くしてダッシュすると騎士の足元に向けて剣を振りますが、騎士は一歩下がる事で攻撃をかわし上段からバネット様に向けて剣を振り下ろします。
しかしバネット様は姿勢を低くしたまま体をぐるりと捻り、騎士の足元を狙った木剣はいつの間にか騎士の目の前に迫っていました。
そんな姿勢から攻撃が来るとは思っていなかったのか騎士は慌てて木剣で受け止めますが、回転の勢いがついた攻撃は想像以上に強かったのか木剣を叩き落としてしまいます。
バネット様はそのまま上体を起こすと今度は横薙ぎで騎士の胴に強烈な一撃を当て、騎士は悲鳴と共にしゃがみ込んでしまいます。
バネット様の背後から攻撃をしようとしていた二人の騎士ですが、回転しながら木剣を振り回すバネット様に近づけず、ようやく近づけたのは一人が倒された後。
しかも回転しながら位置を調整していたので騎士はバネット様から見て縦一列に並んでいる状態です。
こうなれば一対一と同じなので、手前にいる騎士の陰に隠れるように近づき、騎士の攻撃を接近する事でかわし、更にすれ違いざまに木剣で足を払って倒します。
そして最後の一人は前にいる騎士が邪魔で見えなかったバネット様がいきなり目の前に現れたため、何もできずに頭に攻撃を食らい倒れました。
「凄いですバネット様! 私が考えた戦い方を見事に実践されました。やはり強い人が使うとそれなりに効果があるのでしょうか?」
「……あほぅ、俺が正規の騎士相手の勝率は六割が良い所だ。しかも三人を相手に勝った事なんて一度もない」
バネット様は木剣を持つ手が震えています。
いえ手が痺れていたのでしょうか、木剣が地面に落ちると両手をしっかりと握りしめて体全体が震えていました。
「バネット様! どこかお怪我をされたのですか!?」
慌てて近づきますが、手で制されてしまいました。
あ、騎士達がゆっくりと起き始めましたね、あちらの怪我の手当てもしないと。
「いててて、まさか三対一で負けるとは思いませんでした」
「ああ勝てると思わなかった。善戦できればいいだろう程度に思っていたからな」
「それにしても、手の足も出ないとは」
「まったく動きが読めませんでした」
騎士さん達の治療をしようとしましたが、どうやら怪我は無いようです。
それよりも……騎士さん達の私を見る目が変です。
そんな羨望の眼差しのような? 目で見られても困ります。
「シルビア嬢、この剣術書を正式に騎士団に採用させてもらっても良いだろうか」
「え? これですか? それは構いませんが、素人の私が書いたものですよ?」
「もちろんだ。我々の型にはまり過ぎた戦い方とは違い、今までにない目線での戦い方は非常に参考になる。ぜひお願いしたい」
「は、はい、それはご自由にどうぞ」
「おい待て、シルビアは俺のメイドだ。俺を飛び越して話を進めるな」
「申し訳ありませんバネット様。しかしこの剣術書は至急騎士団に採用したく」
「うるせぇ! まずは俺の傭兵団と直属の兵に教え込む! お前らはその後だ!」
「バネット様! この剣術書はその様な独占をするモノではありません!
いきなりバネット様と騎士さんが言い争いを始めてしまいました。
一緒に使うのではダメなのでしょうか。
「ええいうるさい! なら父上には俺から話をする! それでいいな!」
ようやく言い争いが終わり安心していると、その日の午後に呼び出しされました。
「ふぅ、シルビアよ、お前は毎度毎度、普通のメイドとしての適性はないのか?」
謁見の間で跪き、
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