第87話

 バネット様の木剣が私の首筋に当たりました。

 私も一応剣を構えていますが、剣術の基礎も知らない私では手も足もでません。

 それ以前にバネット様の剣が見えませんでした。


「話にならねぇな。そんなんじゃ俺のメイドは務まらねぇぞ!」


 メイドと剣にどんな関係があるのか分かりませんが、このままではお役御免になってしまいます。

 ……一応私、これでもメイドの仕事に誇りを持っています。


「申し訳ありません。今まで剣を使った事がありませんでしたので」


「はん、セドリックにやセフィーロ殿に守られていたからか? ここじゃ他人の力を当てに出来ないからな、自分の身は自分で守りな」


 バネット様は女性なのに男言葉を使います。

 剣の腕も凄いのでしょうが、残念ながらそれを計る術を持っていません。

 男勝りだから剣の腕が上達したのでしょうか?


「お前はしばらくは剣の訓練だ。それが出来なきゃ俺のメイドとして必要ない」


 そう言ってバネット様は長い赤髪を右手でかき上げ、木剣を放り投げると使用済みの木剣入れに音を立てて入りました。

 おお! 今のは私でもわかります、凄いコントロールですね!

 

 その日から本当に剣の訓練が始まりました。

 訓練用の服装に着替え、訓練場へと入ります。

 私、自慢ではありませんが体力には自信があります。

 ですがそれ以上に……運動音痴です。

 なんでも程々にやれるのですが、運動は全くダメなのです。


 なので兵士に混ざって剣の訓練をするのですが、教官からは剣の握り方からしておかしいと言われました。

 上段の構えをやれと言われてやると腕が邪魔で前が見えず、中段に構えると腕を突き出し過ぎと言われ、下段の構えを取ると木剣が地面に当たります。


「皆さんは一体どうやっているのでしょうか」


「逆に俺が聞きたい! なぜ他の連中のマネをしてそうなる!」


 教官に叱られてしまいました。

 なぜと言われても見たままを実行しているのですが……

 二日間かけて剣の構えを覚えると、ようやく素振りが始まりました。


「よしそうだシルビア! その調子で剣を振れ! あ、ちょっと待て、なぜ両足を揃えて剣を――あ」


 両足を揃えるんじゃないんですか? じゃあえーっと、どうやって……⁉


「きゃっ!」


 剣を振り下ろした勢いのまま前に倒れてしまいました。

 

「あら? どうして転んだのかしら」


「両足を揃えているからだろう……片足を前に出して踏ん張りながら剣を振るんだ」

 

 一週間が過ぎましたが私の剣の腕は上達する事なく、筋肉痛が酷くなる一方でした。

 それを見かねた教官は私に見学を命じます。


「どうして皆さんはあんなに上手く剣を扱えるのでしょうか……」


 兵士達の一対一の訓練風景を見ていますが、本当に不思議です。

 あら? 今の人は剣の使い方が他の人とは違いますね。

 それに相手の人は対応できずに胴に木剣が当たりました。


 あっちの人も少し違う剣の使い方を……へぇ、色々な使い方があるんですね。

 えっと、剣をこう構えて相手の動きに合わせて反撃に出て、体ごとぶつかるように相手に斬りかかるんですね。

 一度体系別に一覧表でも作ってみましょう。


 それからひと月ほどは、訓練をしながら他の兵士の動きを観察しました。

 基本は中段の構えですが、フェイントをいれたり、隙を作って攻撃を誘って反撃したり、ふんふん、一番当たる攻撃は突きの様ですが、かわされた時のフォローを考えて……


 ふた月が過ぎた頃には、剣術の対応表が完成しました。

 途中からは兵士よりも騎士の見学をした事もあり、色々な場面に対応できるようにチャート式にしました。

 しかし……自分で作っておいてなんですが、あまりにも複雑すぎます。


「上段からの攻撃派生だけでも五十ある。防御を考えたら倍以上か……近い動きを一体化して、攻撃・防御に幅を持たせたらどうかしら」


 するとどうでしょう、とても楽しくなってきました!

 連携を組み込んで、あ、いっそ攻撃と防御を一体化した動きを作って、相手の動きも制限するような動きを持たせて……


 三ヶ月が過ぎた頃、分厚い辞書かと思うような剣術書が完成しました。

 攻撃型の型、防御型の型、一対一、一対多数などいくつかの分類をしましたが、それでもこれだけ分厚くなってしまいました。


「さて……こんなものを作ったけど、こんな動きは私は出来ないし、頭の中だけのシミュレーションになってしまったわ」


 無駄なものを作ってしまいました!

 剣術書を机に置いて、私は頭を抱えています。

 面白くなって作ってしまったけど、私はこんなものを作るのが役目ではありません!

 ああ、剣の腕は一向に上がらないのに、私は何をしているのでしょう。

 部屋でうんうん唸っていると、巡回に来た兵士がドアをノックしてきます。


「どうした? 何かあったのか?」


「あ、いえ何でもありません。ちょっと役に立たないものを作ってしまったので、一体どうしたものかと考えていました」


 ドアを開けて話をすると、兵士は訓練所でよく見る人でした。

 というか、私は兵士の知り合いが随分と増えましたね。


「ひょっとして、前に言っていた剣の動きをまとめたヤツか?」


「ええ、完成したのですが、私の運動能力ではとても実行不可能で……」


「ちょっと見せてもらっていいか?」


「ええ、どうぞ」


 私は剣術書を兵士に見せると、兵士は食い入るように読み始めました。

 あ、ひょっとして兵士ならこの動きが出来るのかしら。


「すまん、この本を借りてもいいか?」


「かまいません。すべて覚えていますし、何より私では実行できませんから」


 そして翌朝、私はいつものように訓練所に行きました。

 ですがそこにはバネット様が待ち構えていました。


「おいシルビア、ちょっとつら貸しな」

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