第86話
「これならあの成果も納得だわ。むしろ大成功してはいけなかったのね」
資料を読み漁り、ミストラル様の役割が見えてきました。
過去の資料と今回の事を加味すると見えてきたもの、それは……
「スパイの監視や国内の反乱分子の制圧、かしら」
一番驚いたのが以前起きた帝国との戦争です。
私もある程度は貢献したと思っていましたが、随分と過分な評価に戸惑っていたのを覚えています。
その過分な評価もミストラル様が一枚かんでいた。
「あの時のミストラル様の活動が素晴らし過ぎます。クラウン帝国のスパイはおろか、他六か国ものスパイを常に監視し、情報操作や捕獲、入手した情報の素早い報告・提案までしているわ。ミストラル様の成果に比べたら私のやった事なんて微々たるものね」
つまり私の過分な評価は、ミストラル様の多大な成果を陰に潜めさせるためのものだったのです。
こんな内容を大っぴらに公表なんて出来ませんし、やり過ぎたら敵に余計な警戒心を抱かせてしまいます。
だからこそのギリギリの成功が必要だったのでしょう。
例えば今回の貴族連合の逮捕者一覧、主導者である貴族は捕らえられているけれど、
そして主導とはいかないけれど、進んで参加していた貴族は強制的に引退させ、息子に代替わりさせています。
これは貴族に恩を売る事が出来る上、若い貴族なら王族に忠誠を誓わせることも容易でしょう。
そしてリック様を筆頭とした第六騎士団の動き。
騎士団は基本的に戦争でしか動きません。
しかし実力や信頼度では通常の兵士の比ではないため、式典や特殊な任務に就く事があります。
その騎士団を自由に操れるのは国王
四男という立場では動かす事は出来ないはずです。
しかし兵士に偽装してまで騎士団を操って見せたミストラル様。
ただの兵士が屋敷に押し入っても相手は反撃に出るでしょう、しかし騎士団となれば話しは別です。
「素早く、そして被害を最小限に抑えるため、騎士団である必要があったのね」
騎士団を使う権限を持つ四番目の王子……それだけ上からの信が厚いという事。
ああっ! 見事に騙されたわ! 見た目の軽薄さと軽い行動や発言に見事に騙された!
そんな所で判断できないって、私が一番理解していたはずなのに!
「底が全く見えない……」
「ほほぅ? 何の底が見えないんだ?」
いきなり声をかけられて振り向くと、ミストラル様がニヤケた顔で私を見ていました。
い、いつの間に。
「私では理解できない人がいるものだなと、感心していた所です」
「はーっはっは! お前ごときがすべての人を理解できると思っているのか!」
「思っていませんが、十日も見たらある程度の予想が出来るつもりでいました」
「うんうん、それで、お前から見た俺の評価は「底が見えない」か?」
完全にバレていました。
机に山積みされた資料を見たら分かりますよね。
「ミストラル様がどういった役割をお持ちなのか理解は出来ました。その為の偽装も完璧であることも。それを知った私をどうされますか?」
ミストラル様は私をジロジロみると、私のアゴを持って強引に振り向かせます。
「お前は悪くない女だ。だから俺の女になれ」
「ありがとうございます。ちなみに私は何番目ですか?」
「ん~? 確か三十番目くらいだったかな?」
「それならお断りいたします。他の女性と上手くやっていける自信がありません」
「チッ、つまらん女だ。俺の女にならないのならもう必要ない。とっとと他所へ行ってしまえ」
そう言って資料室から出て行ってしまわれました。
他の女性と上手くやっていけるはずがありません。
だってミストラル様はとても愛妻家でいらっしゃるから、奥様以外の女性の陰なんてこれっぽっちも無いのです。
「でも外の評価は女ったらし、愛人を何人も囲っている、なのよね」
虚実織り交ぜるどころか、ほとんどが虚で塗り固められた鉄壁の情報封鎖。
限られた人にしか理解されない、そんな悲しい役割を一手に引き受けているミストラル様。
その役割はあまりにも恵まれない。
尊敬の念を抱くと同時に恐怖さえ覚えます。
調べ物はこれで十分でしょう。
他所へ行ってしまえという事は、私の仕事はこれで終わったという事です。
次はどこへ回されるのでしょうか。
「ああん? お前何しに来やがった。来たならしかたねぇが俺の命令は絶対だ、「ハイ」か「かしこまりました」しか受け付けねぇ」
翌日から私は新たな配属先、第四女であるバネット様の元に来ました。
バネット様は薄い赤髪で腰まであるロングヘアー、前髪も長いですが邪魔なのか頻繁にかき上げています。
目付は鋭いというよりも睨みつけており、服装も王女様というよりも傭兵のような乱雑な服装です。
それにとても声が大きく、普通にしゃべっていても怒られている様に感じます。
「うっしゃ! そんじゃいっちょ揉んでやるか!」
そう言って連れてこられた場所は兵士の訓練場。
兵士達が訓練する中をズンズン進んでいくと、壁に掛けられた木剣を一本私の方に投げ飛ばします。
「ほら持て。俺が直々に相手をしてやるよ!」
私、剣術なんて出来ませんが⁉
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