第85話

「おいセドリック! まずは兄である俺を助けるのが先じゃないのか!」


「怪我はない? シルビア」


「はい。ありがとうございます、助けに来てくださって」


「うぉい!」


「ば、バカな! 騎士団がこんなに揃うはずがない! 一体何があったんだ!」


「イスト伯爵……君の仲間は全て捕らえた。後は主犯である君だけ……だ」


 よく見るとリック様を始め、騎士団が、恐らくは第六騎士団が勢ぞろいしています。

 お城を出た時は普通の兵士だったけど、どうして騎士団が?


「ふははははは! さあイスト! ここが年貢の納め時だ!」


 俄然元気が出てきたミストラル様。

 騎士団に囲まれては流石のイスト伯爵も観念した様で、力なく地面に崩れ落ちる。

 

「くっ……まさかミストラル殿下でんかにやられるとは思わなかった」


「どうだ! 俺は凄かろう!」


 胸を張って高笑いをするミストラル様ですが、イスト伯爵や他の人達の表情は悔しさよりも驚いた顔が多い。

 そう、本当にミストラル様に捕らえられるとは夢にも思ってもいなかった様に。

 騎士達により反逆者達が捕らえられ、屋敷にいた多くの人達が連れられて行く。


「シルビア……本当に無茶ばかりして……」


「申し訳ありませんリック様。でも私一人だけなら逃げる事は大丈夫です」


「おう! 俺を見捨てて逃げるつもりだったのかお前は!」


「逃げるって……そんな簡単じゃ……」


「あ、一つ面白い方法があるんですよ」


 私は外壁沿いに立つと、壁と似た色の大きな布を取り出します。

 それで自分の姿を隠す様に壁にくっつくと、カメラのフラッシュだけを上から出して発光させます。


「……シルビア? それでどうやって逃げるの……?」


 リック様が壁を見たままで呆れています。

 それは他の騎士達も同じで失笑している人もいますね。


「中々面白いでしょ?」


 私はリック様の背後から声をかけると、騎士共々後ずさりしていきます。


「えー! え!? あれ⁉ あそこにある膨らみは⁉」


 騎士の一人が壁に付いた布を取り払うと、そこには枕付きの布があるだけでした。

 皆さんが目をまん丸にして私と布を交互に見ます。

 ふふふふ、作戦大成功です。


「このように、手品を使えば逃げるだけなら結構簡単に――」


「もう一度だ!」


「え?」


「シルビア、今のをもう一度やってみろ」


 ミストラル様が妙に食いつきました。

 手品自体は奇術とかなんちゃって魔術とかいわれていますが、知ってる人は知っている、という程度なので知名度は低いです。

 とはいえ私の大事な逃亡手段なので、何度も見せる訳にも行きません。


「申し訳ありませんミストラル様、これは何度もお見せする物ではありませんので……」


「なんだとぅ! 絶対に解き明かしてやる!」


 フラッシュを焚く前から準備は終わっているので、一回見ただけでは解き明かせることはないでしょう。

 えーっと、何をしていたんでしたっけ、そうそう、イスト伯爵。


「これで今回の騒動は決着でしょうか」


「そう……だね。ミストラル兄様のお陰で……最小限の行動で最小限の成果を出せた。今回も……見事な手際だった」


 そう……よね、やっぱりリック様からの評価は高い。

 でもどうして? なぜギリギリのラインを攻めるのでしょうか。

 もっとはっきりとした成果を出せば、他の貴族や民衆からの評価も違うはずです。


「お前の顔を見ているとあの技を思い出してイライラする。しばらく顔を見せるな!」


 貴族連合の一斉摘発から数日後、私は相変わらずミストラル様のお世話をしていますが、その扱いはとてもぞんざいになっています。

 お陰で自分の時間が多く取れるので構いませんが……やっぱり気になります。

 なので午前中で一日分の仕事を終わらせ、私は資料室へと向かいます。


「多分過去の事件や騒動の資料があれば、ミストラル様の詳しい情報が書いてあると思うのですが……」


 山の様にある本棚にしまわれた資料を探し、ミストラル様関連の物をピックアップしていきます。

 少ない……他の王子王女は成果が誇張された資料も多いのに、ミストラル様関連の物はとても質素な書かれ方をしている。


 十一人兄弟でも特殊過ぎるわ。

 王族の成果は基本的に賛美されるのに、ミストラル様は事実のみが書かれている。

 

「あら? これはどういう事かしら」


 王子王女達の役割はある程度決まっている。

 リーフ様がおっしゃったように、ご自分の領分という物がある。

 リーフ様なら貴族や平民たちとの橋渡し役、ローレル様は外交がメインとなる。

 でもミストラル様は違う、他の王族とはまるで違う役割を持っていた。


「これならあの成果も納得だわ。むしろ大成功してはいけなかったのね」

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