第84話

 十種類の逃げる手段を用意しろと言われ、とにかく色んな脱出方法を考えました。

 考えましたが、そもそも状況がわからないので道具を揃えられたのは六種類だけ。


「お、お考えが分からないわ!!」


 すでに馬車に乗り、ミストラル様は足を組んで鼻歌を歌って楽しそうです。

 あれ? お城を出た時はとんでもない数の兵士がいましたが、今は随分と少なくなっていますね、分散したのでしょうか。

 つまり複数個所を同時に攻める、という事かしら。


 週末で決着をつけるとおっしゃっていましたから、今回で全て終わらせる、という事でしょうね。

 それにしてもあまりに急な言い分……あら? 兵士は? 気が付けば私とミストラル様が乗る馬車ともう一台しかいなくなってる。

 二台で乗り込む? まさか、いくらミストラル様でもそんな危険な事は……ありそうで怖い。


 き、きっと集合場所に行くだけで、私達は実行部隊ではない可能性が――


「着いたぞ、降りろ」


 ミストラル様が馬車を降りようとするので、慌てて先に降りて二段踏み台を用意する。

 そして頭を下げてミストラル様が馬車からお降りになった。

 そういえばここはどこなのかし……ら。はぁ。

 とても見覚えのある門構え、とても見たことのある顔、とても聞いた覚えのある声が聞こえてきた。


「ミストラル殿下でんか、今日はいきなりどうなさいましたか?」


「なに、ちょっとイスト卿に話があってな」


「私に?」


「うむ。イスト、お前を国家反逆罪で拘束する」


 ミストラル様の言葉に場が凍り付く。

 言った本人は「さも当然」と言わんばかりに胸を張っている。

 当たり前ですがメイドや周囲の兵士達がざわめきだした。


「み、ミストラル殿下でんか? 何か思い違いをされているのではありませんか? 私はこの国をうれ憂国ゆうこくの士、国家反逆罪とは真反対に位置しています」


「憂国の士? 言葉は美しいがやっている事は反逆罪だ。真の憂国の士というのはここにいるシルビアのような者の事を言うのだ!」


 ズビシッ! と両手で私を指さし、周囲の目は一斉に私に集まりました。

 え? え~っと、ええっ!? 憂国の士なんて御大層な事やった事ありません!

 言葉が出ない程に驚いていたのか、私は両手を素早く左右に揺らして否定します。


「見ろ! このシルビアの雄々しい姿を!」


「雄々しくなんてありません!」


 女性に雄々しいって失礼じゃありませんか?

 って、こんな事やってる場合じゃありません! イスト伯爵の私兵が私達を取り囲み始めました。

 み、ミストラル様は次の事を考えておいでなのよね? ね?


「くっ! 暴力に訴えようとは見下げた奴だ!」


 考えてませんでした!!

 どうするんでしかコレー! あおるだけ煽って次の手はないんですか!?


「ミストラル殿下でんか、こうなっては仕方がありませんが、地下牢で大人しくしていただこう」


「お前、まさか俺が何の手もなく乗り込んで来たと思っているのか?」


「どのような手があろうともこの状況では無意味ですよ!」


「くっくっく、さっきも言っただろう? お前はもう忘れているのか?」


「な、まさか本当に奥の手でもあるというのですか!?」


「そのまさかだ! さあシルビア! 逃げる手立てはどこだ!!」


 流石はミストラル様、やっぱり奥の手を考えていらっしゃ……


「私ですか!?」


「お前に言ったはずだ! 逃げる手立てを十ほど考えておけと!」


「い、言われましたが六つしか思いつきませんでした!」


「な、なんだとバカ者! それではどうやって逃げるというのだ!」


「私に言わないでください! 策があるから来たんじゃないんですか!?」


 私の言葉にイスト伯爵側がうんうんと頷く。


「そんなものは無い!!!!」


 今までで一番力強く拳を握るミストラル様。

 

「無策を自慢しないでください!」


「さあシルビア! 俺を上手く逃がせ!」


「私が逃げる事しか考えてませんでした!」


「なにぃ!? では俺はどうしたら良いのだ!」


「ご自分で何とかしてください!」


 両手で顔を押さえ絶望した! と言わんばかりに口を開いて表情が歪んでいきます。

 確かに何とかして差し上げたいけど、私が用意した逃げる手段を一から説明している時間なんてありませんし。


「ふっ……こうなったら最後の手段を取らざるを得ないな!」


 や、やっぱり何か手を考えておいでだったのね!


「最後に美味い飯を食わせてくれ!!」


 それはもう王族とは思えないほどに立派なお辞儀でした。

 その姿にイスト伯爵は……


「捕らえろ」


 問答無用で命令を下します。

 それはそうよね、こんな茶番に付き合う必要なんてないんだから。

 ですがとある人物の登場により、状況が一変します。


「そこまでだ……その手を放せ」


 その声の方を一斉に見ると、そこには鎧を着こんだリック様が立っていました。


「り、リック様⁉」


「待たせたねシルビア……もう安心して良い」

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