第81話

 若い貴族たちの会合が終わり、後片付けをしているとリーフ様が声をかけてくださいました。


「シルビア、あいつの言葉は気にしなくてもいいわ。メイドに対する態度はもちろん、悪魔教の事もね」


「ありがとうございます。ああいう貴族もいるのだなと感心しておりました」


「そう。ならいいわ」


 少しぶっきらぼうに言い放ち、お皿に残っていたクッキーを一枚口に入れて部屋を出て行かれました。

 リーフ様は私が悪魔教の生贄リストに載っていた事を知っています、それを気にかけて下さっていたのね。

 それにしてもどあの貴族、貴族なら口にするのもはばかれる悪魔教の教義の一文を口にするなんて、どういう事?


 翌日からも相変わらず軽いイジメという平穏な日々を過ごしていると、何やら王城内が騒がしくなってきました。

 はて、今日の皆さんのご予定は内勤がほとんどのはず、これほど騒がしくなる事は無いと思うのですが。

 騒ぎは一階の応接室からの様です、仕事はひと段落しましたから様子を見に行きましょう。


陛下へいかにお伝えしたい事がある! 謁見の許可をいただきたい!」


「で、ですから陛下へいかは現在他の公務でお忙しいのです。謁見の許可は後日お知らせいたしますので……」


「お前では話にならん! 殿下でんかだ! 殿下でんかをお呼びしろ!」


 まぁ! 王族である殿下でんかたちを呼び出すなんて不敬にも程があるわ!

 一体どなたがそんな事を大声で叫んでいるのでしょう。

 騒ぎのする応接室の近くにいくと、人が群がる室内で何やら聞いた事のある声がします。

 この声は……昨日悪魔教の一文を口にした若い貴族?


「今の状態は正しくない! 我々貴族連合は陛下へいかに進言し、この国が悪い方向へ進むのを防がねばならぬ!」


 言っている事は御大層ですが、一体何を進言したいのかしら。

 大方

「「平民の血はけがれている! 貴族と平民の立場の違いをはっきりと示さねばならぬ!」」

 でしょうね、思いっきりかぶりましたが。

 

「お、お声を抑えてください、平民といえど陛下へいか臣民しんみんないがしろにするわけにはいきません」


 応対しているのは年老いた執事ですね。

 確かあの執事さんは……ああそうだわ、確か男爵家を息子に継がせた後、それでも陛下へいかにお仕えしたいと執事になられた方。

 メイド間でも人格者で通っている。

 ……平民メイドの間では、だけど。


「声を大にして伝えなくてはならないのだ! どうしてそれがわからん!!」


 イタチごっこね、このままだと収拾がつかないわ。

 とはいえあの貴族は私の事を嫌っているみたいだし、下手にしゃしゃり出ると事態が悪化してしまうわ。

 かといって殿下でんかたちを呼ぶわけにもいかないし……仕方がない。

 私は人混みを抜けて部屋の中に入りました。


「失礼します貴族様」


 部屋に入ると両膝を付いて祈るように指を組みます。

 貴族は私を睨みつけ、執事は何で出て来るんだという顔をします。

 はい、出てきたくなんてありません。


「なんだ貴様か! 平民の分際でリーフ様のおこぼれにあずかるメイドではないか!」


「はい、貴族様のお陰で生きていられる卑しい平民でございます」


 執事と部屋に群がる人たちが不思議そうな顔をしています。

 お城の関係者なら私の事を知っているわよね、他国で勲章を受けた平民なんて、ウワサ話の格好のエサですもの。

 そんな私が自分を卑下ひげしているのですし。


「ほぉ? 平民の中には自分の事を理解している者もいるのか。だが平民が貴族の前で発言をするなどおこがましいぞ!」


「申し訳ございません。しかし貴族様の発言が、貴族様の立場を悪くさせてしまいそうだったので、我慢できずに出て来てしまいました」


「俺の発言がか?」


「はい。貴族様の高貴な血において、さらに上を行く高貴な血を持つ王族の方々を、怒鳴るような大声で呼びつけるのはおよしになられた方が……」


「ぐ……それは確かに言えているが、俺の用事はそれほどに重要な事なのだ」


「もちろんです。貴族様の意見は全て尊い、それ故に守るべきルールという物がございましょう」


 そう言うと貴族は言葉に詰まり、執事は冷静になったのか改めて貴族に向き直り口を開きます。


「書簡は間違いなく陛下へいかにお届けいたします。後日謁見の日取りをお知らせしましょう」


「そ、そうだな、俺とした事が興奮してしまったようだ。ではしっかりと渡してくれ」


 封筒を執事に渡すと貴族は部屋を出て行き……入り口で振り向きました。


「そこのメイド、分をわきまえているのなら俺の所に……いや何でもない」


 今度こそ部屋を出て行きました。

 あの貴族は何を考えているのでしょうか、私は王家に雇われている身、それを自分の所に来いと言おうとしなかった?

 あの人は要注意人物ね。


「シルビア、君のお陰で助かったよ。それにしてもどうして大人しく話を聞いてくれたのだろう」


「それは簡単です。興奮している自分よりも変な奴が現れれば、人は冷静さを取り戻すのです」


「そうなのか? だがいい事を聞いた、機会があれば実践しよう」


 入口から拍手が沸き起こります。

 集まっていた人たちが拍手をしているようですが、えっと、その……恥ずかしい!

 両手で顔を覆って逃げ出しました。


「あなた、面白い事をしたみたいね」


 翌朝の朝食後、リーフ様の着替えを手伝っていたら、とても面白そうにそんな事を言われました。

 面白い事というと、昨日の貴族の事でしょうか。


「貴族をたしなめたことなら、執事さんが困っていたのでお助けしました」


「ふぅ~ん、あのバカ貴族の発言には怒っていないの?」


「怒る程も感情を揺さぶられていません」


「そ。でも困ったわね」


「なにがでしょうか?」


「これ以上は私の領分じゃないのよ」


 領分? 貴族をどうにかする事ですか?

 それともメイド間のイジメをどうにかする事ですか?」


「あなたは明日からミーお兄様ミストラルに付きなさい」

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