第80話

 数名のメイドが辞めさせられ、私の周りは静かに……なる事はありませんでした。

 あれから部屋には何もされませんが、直接私に手を出すようになったのです。

 しかしなぜでしょう、そのメイドがとても可愛く感じてしまう私がいます。

 イジメられているはずなのにどうして?


 とはいえ辞めさせられた人がいる以上、あまり派手には出来ないようでこまごまとした嫌がらせがほとんどです。

 それ位の事ならポルテ元男爵に比べたら……ああ、あの時にやられていた事に比べたら可愛く感じるのも当たり前ですね。

 重い灰皿を投げつけられる事なんて日常茶飯事でしたから。


 さて少し話がそれますが、お城には貴族でもないのにとても発言力のある人物がいます。

 お会いしたことがある中ですと料理長と修繕部のクリッパーさんです。

 この御二人は国王陛下へいかのお気に入りで、料理長は腕を見込まれて陛下へいかが直々にスカウトされ、クリッパーさんが作るインクペンや小道具は陛下へいかが好んで使っておられる。

 なので公爵令嬢のメイドであっても、物を大事にしないからと簡単にクビを切ってしまえるのです。


 お二人とも普段はとても温厚なんですよ?

 しかし職人という人は自分の領分に対するプライドがとても高いです。

 なので絶対に敵対してはいけません。


 さて午前中の仕事はこんなものでしょうか。

 最近は他のリーフ様付きのメイドにイジメが飛び火しないよう、一人で行動することが多くなりました。

 子爵・男爵令嬢が公爵令嬢に勝てるはずもありませんから。


「シルビアさん! 今日は宣戦布告に参りました!」


「ヒミコ様? いきなりどうされたんですか?」


 お昼と食べようと食堂に向かう途中でヒミコ様にお会いしました。

 相変らず行動力というか、動きが読めない御方だ。


「私、今日からメイド業をする事にしました!」


「おやめください。一国の王女ともあろう御方が、メイドをする必要はありません」


「しかし私はシルビアさんに勝ちたいの!」


「では別の事で勝負をしませんか?」


「別の事? 例えばどんな」


「そうですね……刺繍ししゅうなどはいかがでしょうか?」


「刺繍? ハンカチなどに入れるアレかしら?」


「はい。女性の趣味としては一般的ですから、私達の勝負に丁度良いと思います」


「わかりました! ではハンカチに刺繍を入れて、どちらがより良いかを競いましょう!」


 そう言うと高笑いをして去っていきました。

 刺繍ですか、そういえば最近は破れた服を直す程度しか糸を使っていませんね。

 久しぶりに何か作ってみよう。


 昼食を食べていると私を遠巻きにしてヒソヒソ話が聞えてきます。

 遠いのでよく聞こえませんが、時々「あいつ」「シルビア」という単語が聞えて来るので私の事でしょう。

 今日の残りのリーフ様のご予定は若い貴族達との会合だ。

 家を継いで数年という方々ですが、年齢は様々です。


 確か今日いらっしゃる中で一番上は侯爵の五十五歳、一番若いのは男爵の二十三歳で総勢六名だ。

 あまり堅苦しい会合ではなく、家を継いで悩んでいる事や分からない事を互いに助け合おう、という物です。

 なのでリーフ様は橋渡し的な役割なので、あまり発言もしません。


 私は静かに六名様の話を聞き流しています。

 おっと、あちらの方のお茶が無くなりそうね、お注ぎしよう。


「そうそう聞きましたか? 最近は平民のメイドが大きな顔をしているそうです」


 そんな言葉を発したのは三十代の貴族で、明らかに私を見ての発言です。

 ああ、若い貴族でもこういった考えがあるのですね。


「大きな顔? 仕事が出来るのなら構わないが、仕事もせずに大きな顔をしているのか?」


 こちらは最年長の五十五歳の公爵です。

 平民だからとバカにしない御方なのでしょうか。


「仕事など関係ありません、平民ですよ? 王が居城に不浄な血を入れるのはいただけません」

 

 選民思想せんみんしそう

 そんな言葉が私の頭に浮かびました。

 とはいえ今は貴族の中でも平民に対する態度が軟化しており、才能が有れば登用する貴族も増えています。

 先代陛下へいかの時代が戦争ばかりで、腕の立つ平民を多く登用したからといわれていますが、それでもまだまだ平民を何とも思わない貴族も多い。


けい、その様な事は言うべきではないぞ。血筋は大事だが、だからと平民を貶める理由にはならん」


「『すべての者に祝福を』ですか? 平民は選ばれし者に仕える事こそが世の成り立ちですよ」


 心臓が高鳴りました。

 この言葉には聞き覚えがあります。

 この場にいる者で理解できていないのは他のメイド位でしょう。

 危機感を感じたリーフ様が口を挟みます。


「今の言葉は取り消しなさい。少なくともこの場で話す内容ではありません」


「これは失礼しましたリーフ様」


 その後は最年長の侯爵が話を切り替え、領地の運営について話合いがされました。

 私はその後も胸の鼓動が収まりませんでした。

 まさかここで『悪魔教』の言葉が出て来るとは思いませんでした。

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