第82話

 リーフ様から突然配置転換を言われ、私は少し戸惑っています。

 リーフ様の領分ではなくてミストラル様の領分? どういう事かしら。

 とはいえ今日からミストラル様付きメイドになるので、朝のミーティングでは新たに覚える事だらけでテンテコマイです。


「シルビア、俺に付いてこい」


「はい」


 ミストラル様は他の王族とは違ってかなり細身だ。

 イメージ的にはプリメラの兄上であるセフィーロ様のような優男タイプ。

 濃い青色の髪でマッシュルームカット、身長は百八十は無いでしょうか、普段は軽薄そうな顔をしていますが、今は随分と気合いが入っている。


 ミストラル様に付いていくとたどり着いたのは謁見の間。

 え? 今から陛下へいかにお会いするの?

 兵士が大きな両開きの扉を開けると、ミストラル様は止まる事なく陛下へいかの前までズンズン進みます。


「来たか。今度は何をやらかしたんだ?」


「心外ですね父上。まるで俺がいつも失敗しているみたいではないですか」


「そうだな訂正しよう。失敗ギリギリの成功ばかりだったな」


 陛下へいかがあきれ顔です! 

 こんな陛下へいかは見た事がありません。

 それにそんな陛下へいかに対してミストラル様はヘラヘラと笑っている。

 さっきの気合いはどこへ?


「それで何をやらかした」


「俺ではありません。シルビアがやらかしました」


「え!? あ、失礼しました」


 私⁉ 私が何か失敗しましたか!?


「ほぅ、シルビアがやらかしたか。どの程度のやらかしだ?」


「それはもう王国の貴族達がごった返すくらいのやらかしですとも」


 え、ええーー! 私知りません! そんな事やっていません!

 貴族をごった返すなんて……あ、もしかしてあの貴族?

 確かイスト伯爵だったかしら、選民思想丸出しの貴族。


「ひょっとして、イスト伯爵の事でしょうか……?」


 恐る恐る右手を上げて聞いてみると、御二人は深く頷きました。

 ああっ! やっぱりそうだった! 出しゃばったらいけない人だったんだわ!


「お前がイストに変な事を言ったおかげでな……」


 へ、陛下へいかがため息をつかれている!

 わわわわ、私はとんでもない事をしてしまったのですね!?


「言ったおかげでお陰で貴族のうみを出せそうだ」

 

「……へ?」


 やだ、私ったら素っ頓狂な声を上げてしまったわ。

 でも貴族の膿? イスト伯爵は膿、つまり何らかの害があったのかしら。

 あったのかしらというか、そのまま膿だったわね。

 じゃあやらかしたという事は、まだ泳がせている段階だった……?


「申し訳ありません! 勝手な事をして場を荒らしてしまいました!」


 慌てて謝罪しましたが、御二人は別段怒っている訳では無いようです。


「かまわないよ。ただ尻尾を出すのが早くなって助かったってだけさ」


「ミストラルの言う通りだ。今回の貴族連合の名簿一覧という、自ら首を絞める行動をとってくれたのだ、調べる手間が省けた」


 ほ、よかった。

 秘密裏に調べていた事を、私のせいで台無しにしてしまったのかとヒヤヒヤしたわ。

 でもそうなると私がミストラル様付きになった訳は何?


「今回の貴族連合とかいう烏合の膿集団は一人残らず調べ上げる。その上で無理やり名を使われていなければ……処分対象だ」


 処分対象、貴族の処分といえば爵位の剥奪か降爵。

 ただ内容によっては国外追放もあり得るわ。

 今回のイスト伯爵の言い分は、平民を全て管理下に置いて貴族による管理社会を作ること。

 エルグランド陛下へいかは平民にも善政を敷いておられるから、そんな事を許されるはずがない。

 という事は……


「ではミストラル、シルビア。その貴族連合とやらを調べ上げ、ワシの前に引き摺り出して見せよ」


「はっ!」


「はい」


 謁見の間を出た私ですが……なんだか大ごとになっていませんか!?!?

 貴族を調べ上げる⁉ 平民がそんなことできるはずがありません!


「シルビア、お前はイスト伯爵邸へこの書簡を届けろ。無事に帰って来いよ」



 私に書簡を渡すと、ミストラル様は頭を掻きながら近くのメイドに声をかけて楽しんでいます。

 ……

 …………

 ………………

 

「へぇ!? 何ですか無事に帰ってこいって!!」


 しかし王族からの命令に逆らえるはずもなく、私はビクビクしながら書簡をイスト伯爵邸へと届けます。

 普段は自分の領地にいるようですが、今は王都にいるのがわかっているので安心ですね。

 ……安心、なのかしら?


 イスト伯爵邸の門の前に立ち、二人の門番さんにミストラル殿下でんかからの書簡があるからと伝えます。

 するといきなり背筋がピシッと真っ直ぐになり、仰々しい敬礼をすると一人が屋敷へと走ります。

 ああそうか、殿下でんかの書簡を持っているという事は、今は私が殿下でんかの代理なんだ。


 え? これってマズくありませんか? 私は平民ですから、選民思想を持つイスト伯爵にとっては管理する対象。

 その対象が殿下でんかの代理なんて神経を逆なでしませんか!?

 ビクビクしながら待っていると、門番が一人戻ってきました。


「こちらへどうぞ」


 丁寧に案内されると、お屋敷の中を通り大きな居間に案内されました。

 居間は……普通ね。

 すぐにイスト伯爵がいらっしゃると、私は書簡を渡します。

 イスト伯爵は直ぐに内容をしたためますが、見る見る顔が赤くなっていく。


「ふ、ふふふふふ、そうか、そう出るのか。いいだろう、どうやら王族といえど所詮は人の子だったようだな!」


 な、何を口走っているのこの人!

 陛下へいかや王族をバカにしているの⁉


「この女を牢屋に入れておけ!!」

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