第58話

「ルネッサ様、こちらの文章でおかしな所はわかりますか?」


「む……きちんと過去の過ちを認めているし、同じ事が無いように社会全体でのフォローが必要だと言っているし……とても反省しているように見える」


「そうですね、表面上はそう見えます。しかしそのじつ、自分の犯罪行為は過去の物であり関りが無く、さらに自分の行為は社会全体の問題であると論点をずらしています。要は全く反省をしていないのです」


「……あ!」


 今日の授業は貴族間で言葉巧みに騙されないようにする、という内容です。

 ええ、ええ……私自身が貴族に鍛え上げられましたからね!

 それに昔はあくどい商人に騙された事もあります。

 ふ、ふふふ、この歳でそんな百戦錬磨になるなんて思いもしませんでした。


「難しすぎる、この文章はイジワルすぎないか?」


「そうですね、今回の文章は私が考えたものですが、実際の場合は本人が無意識に書いている事もあります。ただ……無意識にこんな事を書く人がいたら、その人とは少しずつ距離を置く事をお勧めします」


 はい、実体験から出る言葉です。

 

「確かに。結局は人のせいだって言ってるんだからな、無意識でそれは怖い」


 最近の授業はとても充実しています。

 ルネッサ様は教えたことをドンドン吸収してくれるので教えがいがありますね。

 この分なら学園に入る前に授業を予習できそうです。


 私が風邪で倒れてから半年が過ぎました。

 最近のレパード様は仕事を執事たちに割り振り、時間に余裕が出来たことでルネッサ様との関係も良くなっています。

 昨日なんて私を含めた四人で、庭の東屋ガゼボでピクニック気分で昼食をいただきました。

 食事で笑顔が出るというのは素晴らしい事です。


 あれ? 私の役目、終わっていませんか?

 そう思った数日後、王家から手紙が届きました。


「シルビア、王都から君に連絡が入った。「戻ってくるように」と」


 レパード様の執務室で、私は早すぎる異動に戸惑っていました。

 もう? だってまだ一年も経っていないじゃない。

 だんだん早くなっていくけど、何か理由があるのかしら。


「早すぎませんか? 私は二年程任地で務めるように言われていました」


「私も同じ意見だ。君には大変世話になったし、特にルネッサがとても懐いている。せめて学園に入るまではと思っていたよ」


 ええ、私もそのつもりでした。

 今一番の楽しみは立派になったルネッサ様を見送る事……あら、まるで母親みたいですね私。


「いつも突然ですね……拒否権なんて無いのは理解していますが、少しはこちらの都合を……考えるはずありませんね」


「ああ、まったくだな」


 そしていつもの様に手紙が来てから即座に移動をしないといけないので、私は急いで旅の準備をします。

 幸い手荷物は少ないので大丈夫ですが、一番の問題はルネッサ様です。


「シルビア……どうしてだよ! シルビアまで俺を捨てるのか!!」


 ルネッサ様の部屋でお別れの挨拶をしに来ましたが……やはりこうなりました。

 実母と乳母に離れられ、今は私が離れようとしています。

 今の私に出来る事はルネッサ様に勘違いさせない事。


「そんな事はありません。私がルネッサ様を捨てるなどありえません」


「でもも俺から離れていくじゃないか!」


「ルネッサ様、勘違いをなさらないでください。あなたは今まで一度たりとも捨てられてはいません」


「ウソをつくな! 俺は、俺はもう誰も信じない!」


 扉がノックされました。

 ルネッサ様は無視していますが、私はとある人物を招き入れます。

 扉の向こうにいたのは三十を過ぎたくらいの女性。

 身なりは庶民といった感じですが、その顔は不安・悲しみ、そして喜びが見えます。


「ルネッサ坊っちゃん……」


 女性の声にルネッサ様が反応します。

 ゆっくりと女性を見ると、少し考えて目を大きく開きました。


「カペラ……カペラなのか?」


「はい、カペラですよ坊っちゃん」


 カペラさん、ルネッサ様の乳母をしていた女性で、結婚を機にお屋敷をやめていった女性です。

 私は彼女の存在を知ってからずっと探していました。

 彼女こそがルネッサ様の心を溶かすのに必要不可欠だからです。


「い、今頃何の用だ。何度も捨てられる俺を笑いに来たのか」


「坊っちゃん、誰も坊っちゃんを捨ててなんかいませんよ。私は坊っちゃんの事を忘れた事がありませんもの」


「ウソをつくな! ならどうして僕の側から居なくなったんだ!」


「私……結婚したんです。子供も生まれて、そろそろ三歳になります」


「……? だからなんだ」


「アテーサ、入って来て」


 奥様が小さな子供の手を引いて部屋に入ってきました。

 男の子は指をくわえていますが、ルネッサ様をみてニッコリと笑います。


「おにーちゃんはだーれー? ぼくはあてーさっていうんだ」


「お、俺はルネッサだ」


「るねっさ? ぼくはあてーさ! なんかにてるね!」


 ルネッサ様が少し考える仕草をします。

 そんなルネッサ様にアテーサは走り寄りズボンを掴みます。

 少し混乱するルネッサ様にカペラさんは微笑みます。


「お名前を少しお借りしました。坊っちゃんの様に優しい子に育ちますようにと願いを込めて」


 カペラさんと奥様がルネッサ様に近づくと、奥様はアテーサを抱っこします。


「この子はカペラの子だから、あなたの弟になるわね」


「え? え? お、う?」


「抱っこしてあげてくれませんか?」


 カペラさんに言われ、戸惑いながらも奥様から受け取ります。

 無邪気に喜ぶアテーサはルネッサ様の顔を両手で掴んでたのしそうですね。


「不安にさせてしまって申し訳ありません。坊っちゃん、愛していますよ」


 ルネッサ様の目から大粒の涙がこぼれました。

 ポロポロと涙を流し、アテーサをしっかりと抱きしめるとカペラさんはルネッサ様の頭を撫で、奥様はルネッサ様の涙を指でぬぐいます。


 もう大丈夫でしょう。

 ルネッサ様は捨てられていない、愛されていることを知りました。

 もう私がいなくても問題ありません。


 翌日には王都から来た馬車へ乗り、王都へと向かいます。

 王都からの馬車と聞き乗り心地を期待しましたが、来た馬車は少しだけ豪華な普通の馬車でした。

 大丈夫です、こんな事もあろうかとフカフカのクッションを持参しました!


「なのにどうして雨で進めなくなるのよ」


 夜から雨が降り始め、朝になると少し強くなりました。

 このまま進めない事は無いようですが、この先に川があるので安全のためにここで一日様子を見るそうです。

 しかし。


「助けてくれ! 川が増水して人が流されそうなんだ!」


 男性が助けを求めて走ってきました。

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