第59話

「助けてくれ! 川が増水して人が流されそうなんだ!」


 王都へ向かう途中で男性が助けを求めて走ってきました。

 橋が流されてしまったのか、それとも土手が崩れてしまったのか……いずれにしても行かないと危険ですね。


「御者さん、護衛さん、助けに行きましょう」


 御者も護衛もそのつもりだったようで、私達は急いで馬車で川へと向かいます。

 川の側には数台の馬車が停まっており、外套オーバーコートを着た複数の人達がひっきりなしに動いています。

 私は長靴を履いて傘を持ち馬車から出ます。


「助けに来てくれたぞ!」


「おお助かる! しかし今のままじゃ手の施しようがないんだ!」


 沢山の男達が手の施しようがない状況……すでに手遅れなのかしら。

 私は川の側で様子を見ると川の水が増水して流れが早く、石の橋に水しぶきがかかっています。

 そして一番の問題はあれですね、人が橋げたにつかまっていて流されそうです。

 ロープを投げて掴ませようとしていますが、川幅があるため届きません。

 

「あら? あの人が手に持っているのは何ですか?」


「あれは犬のようです。大司教様が溺れている犬を見つけて飛び出してしまって!」


 大司教? そんなに位の高い人が犬を助けるために身を投げ出すなんて……これは必ず助けて差し上げないといけません。

 しかし風もあるのでロープを投げても届きませんし……ふぅ、少々危険ですがアレをやるしかありませんか。

 幸いアレ以降はズボンを履いている事ですし。


「失礼します、ロープをお借りしますね!」


 私はロープを借りると両手を広げたサイズの輪を作り、腰の後ろに回し両手で持つと、片方を垂らして半円を作ります。

 ロープを持ったまままたの間から後ろに垂れている一本を前に持ち上げ、左右の手に持っている二カ所に巻きつけます。

 巻きつけて余った部分に他のロープを括りつければ、私の体重を腰と足に分散させることが出来るので安心です。


「皆さん! 今から私が川に飛び込むので、合図をしたら引き上げてください!」


「え!? 危険だ!」


「シルビアさんやめてください!」


「嬢ちゃんがやるこっちゃねーぞ!!」


 私は長靴と上着を脱いでもう一本ロープを持つと、全身が雨に濡れたので一気に川に飛び込みます。

 う、流石に冷たいし流れが速いですね。

 流されそうになりながらも必死に泳いで橋げたへと向かいます。


「がぼっ ゲホッ!」


 息継ぎがままなりません。

 着衣水泳をしたのはいつ以来でしょう……こんな場面で役に立つとは。

 流れが強いので少し時間がかかりましたが、何とか橋げたにたどり着けました。


「き、キミは何て無茶な事をするんだ!」


「犬を助けるために飛び込む方がガボッ無茶です!」


 男性は右手で犬を持ち、左手で橋げたを掴んでいます。

 私は男性の上流側で橋げたに足を絡ませると、持ってきたロープで大きな輪を作り、男性の左腕をくぐらせて背中を通って右わきへから出します。

 抜けない長さに調節して移動しない結び目を作ると、私は陸の男性陣に合図をします。


「引っ張ってください!!」


 男性陣は息を合わせて私と男性を引き上げます。

 流石は屈強な男達、川べりに流された私達をグングンと引っ張ってくれますね。

 ロープが短くなると、増水したお陰で岸が低いので簡単に登る事が出来ました。


「大丈夫ですか!」


「早く温めろ!」


 男性の体はかなり冷えており、岸に上がると同時に意識を失いました。

 犬は大丈夫の様です。

 男性は褐色の肌で目付が鋭く、白い髪は少々乱雑に切られているが後ろ髪の一束だけが長い。

 背はスラリと高く百八十センチを超えており、白い詰襟で肩には金糸で刺繍が施されている。

 三十歳前後だろうか。


「シルビアさん大丈夫ですか!?」


「あなたときたら、本当に無茶をする!」


「す、すみません。何とかなると思ったら体が動いちゃって」


 そう言いながらも私の頭を拭いてくれます。

 おっと、急いで着替えないと風邪をひいてしまいますね。

 馬車の中で体を拭いて着替える。

 あ、何カ所か破れてる……移動しながら縫いましょう。


 夜明け前には雨がやみ、朝食前には川の流れも落ち着いた事から、助けた人たちの一団は急いで出発しました。

 早く医者に見せたいのだとか。

 何度もお礼を言われてお別れをしましたが……あっちは王都ね、偶然会ったりするかしら。


 私達は途中で二泊して王都に到着しました。

 ああ、やっと着いたわね、フカフカクッションのお陰でお尻は無事だけど、流石に川に飛び込んだから疲れがたまってる。

 疲れた顔で謁見は出来ないので、宿で一泊してから登城する事にした。

 ああん、会いたかったわフカフカのベッド。


 次の日になり、私はお城へと向かいました。

 ふぅ、何度来ても緊張するわね、しかも今回は私一人だもの。

 今日は謁見の間ではなく陛下へいかの執務室でお会いできるようで、私は控室でお呼びがかかるまで待っています。


 私がお城で働く資格があるのかどうか、判定が下されるのよね。

 お城か……嫌ではないけど私に務まるかしら。

 以前王太后おうたいごう様にお会いした時のメイドの動き……私じゃマネできないわ。

 うん、すっぱりと諦めがつくわね。


 そんな事を考えていると扉がノックされ、執務室に来るようにと言われた。

 一度深呼吸をして立ち上がり、覚悟を決めて部屋を出た。

 案内されて執務室に向かうと、正面から数名歩いて来る。

 隅によけようとすると声をかけられた。


「あなたは……以前川で助けていただいた方ではありませんか?」


「え?」


 顔を上げると、そこには褐色の肌で白い髪を持つ男性が立っている。


「あ、あの時の犬の人」


「はっはっは、あの犬は元気に走っていきましたね。あの時は意識を失ってしまい、お礼を言えないままでした」


 男性は私の前で片膝を付くと、私の手を取って頭を下げます。


「ありがとうございました、あなたは私の命の恩人です」


「い、いえいえいえ、お気になさらないでください! 困っている人がいたら助けるのが当たり前ですから!」


「あの状況で助けようとする人はもちろん、実際に助け出せる人など私は知りません。ああよかった、もう一度あなたに会えたら伝えたい事があったのです」


 ん? お礼を言いたかったのではなくて?

 男性は何度も深呼吸をすると、私の目を見て口を開きました。


「私と結婚してください」


 ……へ?

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