第54話

 遅めの昼食を終えて、レパード様に遅れたお詫びをして書斎へと向かいます。

 昼からは来てくれるかしら……

 そうよね、私は誰もいない書斎に入り、授業の準備がされた机の上を見ます。


「あら? これは」


 教科書の横にメモ書きが置かれています。

 『バーカ』

 グッ……その宣戦布告、確かに受け取りましたよ!

 メモ書きをポケットにしまい、私は再び聞き込みを開始します。


「やっぱり外に出たんですね」


 残念ながら今度は手掛かりがありませんでした。

 使用人は『外に出たらしい』としかわからず、向かった先の手掛かりが全く見つかりません。

 午前中はワザと足取りを残していたのかしら。


 街中をひたすら見て回しましたが、そろそろ日が暮れます。

 今度は夕食に遅れる訳にはいかないので、もう帰るとしましょう。

 どうやらルネッサ様はまだ帰っていないようです。

 一体どこにいるのでしょうか。


 しかし夕食の時間にはちゃっかり席に座っているので、しっかりと時間管理は出来ているようです。

 帰って来たのならよいでしょう……いえ良くはありませんが。

 流石に夕食後は出かけないでしょうから、その時にしっかりと話を聞きましょう。


「ルネッサ様、食事後にお話がありますので、自室にお伺いしてよろしいですか?」


「ヘッ、小言ならいらねぇよ。お前から教わる事なんて何もないからな!」


「美味しいお菓子を焼いたので、一緒に食べませんか?」


「……ま、まぁ話くらいは聞いてやるよ」


 食事が終わり、通常のデザートはルネッサ様の自室に運んでもらいます。

 私は厨房に行きお菓子の用意をして部屋へと向かいますが、その様子を他の使用人達が心配そうに見ています。

 これは気合いを入れないと信頼を得られませんね。


「失礼します、シルビアです」


 扉をノックすると中から返事があったので、静かに扉を開けて入ります。

 ルネッサ様はすでに通常のケーキを食べ終えて紅茶を飲んでいました。


「それは何だ?」


 私が手にしているバスケットを指さして聞いてきます。


「これはチョコクッキーです。紅茶ともよく合いますよ」


 私はバスケットに入っている小皿を黒い装飾テーブルに置き、クッキーを並べていきます。

 ルネッサ様は今すぐにでも食べたいのかじっと見ていますね。


「さあどうぞ」


 テーブルの中央に置くと直ぐに手が伸びてきました。

 サクサクと音を立てて食べてくれましたし、あっという間に二枚目に手が伸びます。

 私は紅茶のお代わりを入れ、自分の紅茶も入れました。


「今日はどちらに行かれていたんですか?」


 ルネッサ様の手が止まります。

 しかし直ぐにクッキーを一枚食べてから教えてくれました。


「午前中は釣りをしたんだよ。その後は貧民街の連中と遊んだな」


「まあ釣りですか? 私はあまり得意ではありませんが、何匹か釣れましたか?」


「つ、釣れたけど逃がしてやった」


「優しいんですね」


「……別に」


「貧民街の御友人とはよく遊ぶのですか?」


「たまにな。あいつ等はいつも暇してるからいつでも遊べる」


「そうでしたか。お昼からはどちらへ?」


 クッキーは半分以上無くなり、ルネッサ様の紅茶は無くなっていたので注ぎます。


「昼からは屋根で寝てた」


「屋根で? どうやって登ったんですか?」


「ハシゴがありゃ登れるだろ。なんだ怖いのか?」


「怖いですよ。高い所はあまり好きではありませんから。凄いですねルネッサ様」


「……はん、お前が弱っちいだけだ」


 その後も私が聞いた事には応えてくれました。

 日中は無理でも、夜だけはこうやって一日分の会話が出来るようにしたいですね。

 でも、出来れば真面目に授業を受けて欲しいですが……


 翌朝からは、早速ルネッサ様が行方をくらませました。

 ううっ、私は一日の予定をレパード様に報告しないといけないので、その間にお屋敷を出て行ってしまいます。

 また今日もメイド達の情報を元に外に探しに行きましょう。


 昨日は公園や貧民街、屋根でお昼寝でしたから、今日は別の場所へと行くはず。

 それにルネッサ様はレパード様のご子息として顔が知られているので、見かけた人がいれば何とかなるはずです。


 パン屋さん、食べ物の屋台、お菓子屋さん、小道具屋さん……目撃情報はあるのでゆっくりと後を追えていると思いますが、なにぶん行動が早くてあちこちに移動しています。

 これは……中々に手ごわいですね。

 昼からは使用人たちにお願いして、ルネッサ様の行動を出来る範囲で監視してもらいましょう。


 ルネッサ様を追い続けて一週間が過ぎました。

 これまで一度として捕まえる事は出来ませんでしたが、こちらも着々と準備をしてきました。


「シルビアさん、坊っちゃんは街にでましたよ」


「ありがとう。じゃあ追いかけます」


 私は裏口から出るとあちこちにいる使用人に挨拶をしながら、ルネッサ様が向かった方向を教えられて進みます。


「おやシルビアちゃん、愛しい人はあっちだよ」


「もう、女将さんったら。ありがとう」


 お屋敷近くの宿屋の女将さんがルネッサ様の場所を教えてくれました。


「よーシルビア、コレくってけ。あとアッチだ」


「わ、串焼き肉良いんですか? いただきます」


 屋台のおじさんから串焼き肉を頂きました。

 食べながら小走りに進むと、路上パフォーマーでジャグリングをしている青年がいました。

 私を見ると体の向きを変え、一方向に腕を伸ばし縮みを繰り返しながらジャグリングしています。

 あっちね、私は軽く腕を振って挨拶をして先を急ぎます。


 家の前で休憩しているお婆さんが杖の先で向きを教えてくれ、子供たちがルネッサ様が進んだ方へ一緒に走ります。

 今日は貧民街へは行ってないようね。


 その後も街の人達に教えてもらい、迷わず進んでいます。

 そして遂に後姿を発見しました。


「ルネッサ様」


「ん? だれ……うわぁ! な、なんでここにいんだよ!?」


「遂に見つけました。さあお屋敷に戻って勉強をしましょう」


「誰がお前なんかと勉強を!」


「ほらほら、男らしく諦めてください」


 私はルネッサ様の腕をつかみ、逃げられないように腕を抱きかかえます。


「さあ帰りましょう」


「な⁉ なな、なななななぁ!?」


 観念したのか、帰りは大人しくしてくれました。

 さあ、ようやく家庭教師らしいことができますね!

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