第53話

 レパード公爵邸に来た翌日から、私はルネッサ様の家庭教師として授業を開始します。

 授業はルネッサ様の自室ではなく書斎を使っているのですが……


「来ませんね」


 授業時間はとっくに過ぎていますが、これっぽっちも来る様子がありません。

 昨晩で多少は打ち解けたと思いましたが、まだまだ先は長そうですね。

 

「さて、こうしていても意味がないので探しに行きましょう」


 っと、その前にレパード様に話ておかないと。

 私は執務室にいるレパード様に説明をし、すぐにルネッサ様を探しに回ります。

 と言ってもどこにいるのかしら、レパード様たちは知らないと思うし、家宰かさいかメイド辺りに聞いたら知らないかしら。


 まずは廊下を掃除していたメイドに話を聞きますが、多分屋敷内には居ないのではないか、という事しか分かりません。

 お礼を言って他にも数名に聞きましたが、皆詳しい場所は知らないまでも、共通して屋敷内には居ない、と思っているようです。


「外ですか……まだ領内の事も知らないので余計にわかりませんね」


 今日は街の事を知るのも含めて探しに行ってみましょう。

 レパード公爵領は王都に近い事もあり、最も王都の影響を受けやすい土地です。

 なので街並みは王都に近く、人口も他の領地に比べてかなりの数がいる。

 まずは手頃な場所から……あった。


「おはようございます」


「ん、朝っぱらから金物屋に何の用だ娘さん」


 私は店先に包丁やナイフが飾ってある、鍛冶屋が併設されたお店に入りました。

 白髪で立派な髭を携えたお年寄り、しかしとてもガッチリした体型の男性が私を見て眉をしかめます。

 偏見ですが、あの年頃の気の強い子供たちはナイフに興味を持つかなと。

 後は単純に綺麗な包丁が飾ってあったので、料理に仕えないかなとも思いました。


「とても綺麗な包丁が飾ってあったので、つられて入ってしまいました」


「んん~? ほ、ほほう? 綺麗な包丁か? 中々いい目をしているな娘さん」


「ありがとうございます。持ち手や留め具、砥ぎ方に至るまで隙がありません」


「くかーっかっか! そうだろうそうだろう、なんたって俺の作る包丁はレパード公爵のシェフも使ってるからな!」


「まぁレパード公爵の邸宅でも?」


「おうよ! ついさっきは公爵の坊っちゃんがナイフを見に来てたぜ」


「ルネッサ坊っちゃんまで? やっぱり親方の腕は誰にでもわかってしまうんですね」


「くかーっかっかっかぁ! 娘さんも良い目をしている様だがな! なんだなんだ? 欲しいもんがあれば何でもいえ、安くしとくぞ!」


 そうして私は肉を料理するのに丁度いい包丁を買いました。

 この反り、とがった先端まで歪みのない刃、これは良い物ですね。

 っと、包丁を買ってうっとりしている場合ではありません。

 親方の話では、ルネッサ様は公園の方へと向かったそうです。


 街の少し隅の方にある川の流れる公園。

 静かな場所ですが、公園の川は大きな池になっており、ボートや釣りで楽しむ人が沢山います。

 もちろん屋台も沢山出ています。


 周りを見回しますが、ルネッサ様らしき人物はいません。

 ルネッサ様が好みそうな物は……う~ん、アレかな?


「すみません、一本いただけますか?」


「あいよ、ソーセージに付けるソースはここにあるのを好きに使ってくれ」


 太くて長いソーセージを串に刺して焼いたものを頂きました。

 ケチャップとマスタードをかけて……ん~美味しい!


「ハッハッハ美味いかい? お嬢さんこのあたりじゃ見ないね。旅行か何かかい?」


「いえ、私はレパード様の邸宅で働く事になりましたシルビアと申します」


「おお公爵様んとこで働いてるのか。さっきはあそこの坊っちゃんが釣りをしてたな」


「ルネッサ様が来ていたんですか?」


「何人かで釣りをしてたけど釣れなかボウズだったのか、釣りをやめて下流に走ってったよ」


「元気ですね。何人かというとルネッサ様の御友人でしょうか」


「……ここだけの話だけど、あのボンボンは悪ガキ共とよくつるんでてな、また貧民街で遊んでるんじゃないかな」


 店長は小声でそう言うと肩をすくめます。

 貧民街ですか、やっぱりあるんですねここにも。

 さて……気合いを入れないといけないようです。


 公園の下流にある貧民街を目指して歩いていると、だんだんと匂いがきつくなっていきます。

 空気が淀んだような、ドブのような……それに建物の破損もひどくなっていく。

 ふと私は足を止めます。


「ここから先は……」


 すでに道らしき道は無くなり、空は晴れているのに薄暗く、ぬかるんだ泥の道にガレキや木の破片が散乱しています。

 道らしき場所に人影はありませんが、明らかに外部の人間を拒絶しています。

 今日はここまでにしよう。


 お屋敷に戻るとすでにお昼を回っており、きっとレパード様と奥様はすでにお昼を終わらせてしまっているだろう。

 さて私は……あ。


「いけない、靴やスカートの裾が泥だらけだわ」


 玄関で気が付いてよかった。

 裏口にまわり靴を履き替え、部屋で着替えます。

 昼食の時間に遅れるなんて、とんだマナーしらずね。


 食堂にいくと……すでにルネッサ様は食事を終えてデザートを食べていました。

 しかも遅れてやって来た私を見てニヤケています。

 ……オノレ、上手くかき回されてしまいました。

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