第16話 佐々木源一郎

美雪が大学を辞めてから勘当状態が続いていた、ある日突然美雪から連絡があった、『会ってもらいたい人がいる』という連絡だった。

『突然の連絡』『会ってもらいたい人』父親なら大体同じ予想をするだろう。

予想通り美雪は井澤という男と一緒に5年ぶりに帰って来た。

井澤は濃紺のスーツにビシっと分けた七三、銀色のフレームのメガネを掛けていて一見すごく真面目そうな男に見えた。


「本日はお義父さんとお義母さんに私たちの結婚を許していただきたいと思いまして訪ねさせて頂きました。どうか美雪さんとの結婚を許していただけないでしょうか?」


何かの本に書いてあるかのような、ドラマのセリフを読み上げるように井澤と名乗る男は頭を下げてそう言った。


『井澤くん・・・1発殴らせてもらっていいか?』

『大事な一人娘をお前みたいなどこの馬の骨ともわからない奴には・・・』


そんなセリフを吐いてみたかったが、美雪とは5年も勘当状態の様なものだったし、そもそも話を聞くと、大手銀行で働いている真面目な青年だったようなので、そんなセリフは口から出てこなかった


「こんな娘で良かったらよろしくお願いします」


「幸せにできるように精一杯がんばります」


そう言った時のうれしそうに笑った美雪の笑顔が忘れらない。

あの時反対していればこんなことにならなかったんだろうか?

もっと井澤と言う男の事を知ってから許したほうがよかったんじゃないか?

久々にあった可愛い娘に出会えて浮かれてしまったんじゃないか?

そんな事を言っても後の祭りだ。。。。


結婚してから美雪はほぼ毎年帰ってくるようになった。

孔明が生まれてからは、夏休みは必ず孔明を連れて帰ってきてくれた。

正月は井澤家のほうに行くという決め事にしたらしいが、それでも毎年夏に娘と孫に会えるのは楽しみだった。

孔明は小さな頃からおとなしい無口な子だった。

小学校に上がった頃からメガネを掛けて、本が好きだといってこっちに帰ってきても、本を読んでいるか夏休みの宿題をやっているような子だった。

ある夏休み孔明が自由研究を何にするか悩んでいたので

「じいちゃんと釣りにでもいってみるか?魚の研究なんてどうだ?」

と言って孔明を釣りに連れて行った。

港の端で、投げ釣りをしていたら孔明に当たりが来た。

かなりの大物だった、なんとか二人で釣り上げると近くにいた釣り人や漁師が集まってきた


「ボウズすごいの釣ったな、黒鯛だぞ、40cmくらいあるんじゃねーか?」

「店で買ったらたけえぞー」「刺身で食ったらうまいぞ」

大人に褒められてた孔明の屈託のない笑顔はこの街のその辺のいる子供と何も変わらない可愛い笑顔だった。

漁師たちは自由研究だと言うことを聞いて魚拓をとってくれた。

その晩飯に孔明が釣った黒鯛を刺身した、あんまり刺身が好きじゃないと言っていた孔明だったが


「おいしい!!」

「あのね!竿がさ、凄いしなってね、折れちゃうかと思ったんだよ!!」

「漁師さんがね、すごいって褒めてくれたんだよ!」

そう言って孔明はうれしそうに釣りの話をしながら晩飯を食べた。

こんなに笑った孔明の顔は初めて見た、かわいい普通の小学生だった。


孔明は小学校6年の夏休みは帰ってこなくなった。

なんでも中学入試のために塾に行かなきゃいかないらしい。

東京の子はそんなに勉強をしなきゃいけないのか?と美雪に聞いたら


「あの子、勉強が好きなんだって、良い点をとるとお父さんもお母さんも喜んでくれるからって。そんなこと言われたら応援したくなるでしょ?」


「孔明がそう言うならそれでもいいが、じいちゃんが寂しがってる言っておいてくれよ笑」


中学受験は失敗したと言う話を聞いた、中学校でもなかなか成績が上がらなくて悩んでいるっていう話も聞いた。

『息抜きをしに来い!!!』と美雪に伝えて中2の夏休みに孔明と美雪を呼び寄せた。

孔明は大分大きくなっていたが、青っちょろい顔をして、ガリガリに痩せていた。

そして何よりも、死んだ魚のような生気のない目をしていた。

こっちに来ても部屋にこもってずっと勉強をしていた。


「孔明、久々に釣りに行くか!」


「釣り・・・・・・・・・うん」


何年ぶりかに孔明と釣りに行ったが・・・前回のように黒鯛を釣り上げるどころかボウズで終わってしまった。


「いやぁ・・ばあちゃんとお母さんにいっぱい釣ってくるって格好つけたのに、このままじゃ帰れねえなぁ・・・・しょうがねえ・・・ズルするか笑」


「ズル?」


「ちょっと待ってな、孔明」

「おーい、高木さん」


近くにいて船の整備をしていた漁師に声を掛けた。

高木さんはこの街一番の漁師だ、漁師さんにこっそり1匹譲って貰おうという算段だ。


「おお、佐々木さんどうした?釣りか?釣れたかい?」


「いやぁ・・・ボウズだよ・・・それで、高木さん・・・魚残ってないかい?」


「あははは、魚ねえ・・・めぼしいのは市場に持っていっちゃったからなぁ・・」

「あとは店に直接入れる奴しかねえなぁ・・・・」


「1匹ゆずってくんねえかなぁ?」

「黒鯛釣ってくるって、娘とカミさんに啖呵切ってきちゃってよぉ笑」


「あはは、娘さんって東京に行った?帰ってきてんの?ってことはそこにいるのは佐々木さんのお孫さん?坊主いくつよ?」


「・・・中2です」


「中2!隆と一緒か、しゃーねーな、その坊主に免じて譲ってやるか」

「黒鯛が欲しいんだっけ?、ほれ」


「わりいな、高木さん、幾ら?」


「いいよ、うちの息子の同級生のよしみだ、持っていきなよ、東京の子はみんなそんなひょろひょろなのか?いっぱい食って帰れよ」


「いやいや、高木さん悪いよ」


「いいって、いいって、ほら持ってきなよ」


そう言って高木さんは黒鯛を譲ってくれた。


「孔明、おばあちゃんとお母さんには秘密だぞ笑、孔明がまた釣ったってことにするからな」


「うん笑」


孔明と話を合わせて黒鯛を釣った話をしながら夕食をしたが、打ち合わせが足りなくて結局高木さんから魚を買ったことはバレてしまった。孔明は「おじいちゃん話がめちゃくちゃだよ笑」と笑っていた。


その後孔明は受験勉強が忙しくなって帰ってくることがなかった。

美雪と井澤が離婚してこっちに戻ってくるまで。


孔明が高校受験している頃から美雪から家内に相談があったらしい。

井澤が仕事が忙しいのは本当だとは思うが、家に全然帰ってこない、女の影を感じる。

孔明が勉強を頑張りすぎて体を壊すんじゃないか?


孔明が行きたかった高校に合格して少し状況は良くなったかのように思ったが、井澤の女の影はどうやら影ではなく本当だったようだ。

井澤を問い詰め、別れるように話しているがどうやらまだ別れている様子はない。

そんな話を家内から毎晩のように聞かされるようになった。


孔明が高校三年生、受験生の時に美幸は井澤から離婚を切り出された。

『浮気相手を妊娠させた、責任をとって結婚することにしたから離婚してほしい』と、『慰謝料や生活費は十分に払うから承諾してほしい』と。


美雪は体調を崩した、いや体調じゃなくて心が病んでしまった。

美雪と孔明が心配で二人で東京に行った。

美幸は鬱病になっていた、薬も必要だけど心が安らぐ環境が必要だと医者に言われた。

久々に会った孔明はげっそりと痩せて青白い顔してゾンビのようになっていた。

孔明も離婚のことはショックだったのだろうがそんな状態でも食事以外の時間は部屋にこもってひたすら勉強をしていた。

こんな憔悴しきった二人を見ていられなかった、二人を家に連れて帰ることにした。


この街に2人が越してきて1週間、孔明は食事の時間以外は部屋に閉じこもって勉強をしていた、部屋を覗くとイヤフォンをつけて音楽を聴きながら勉強をしていた、まるで自分の世界以外を遮断するかのように・・・・


美雪の体調は少しづつ良くなってきた、食事も3食とれるようになった、顔色も良くなってきた、何よりも表情が出るようになってきた。


夕飯の時に孔明を釣りに誘ってみた。

「明日天気が良さそうだから久々に釣りにでも行くか」


「・・・・・・・・・いや、勉強しなきゃ・・・引っ越しがあってあんまり勉強できてないから・・・・」

表情を変えずに、セリフを棒読みするように孔明は言った。

孔明のほうはまだまだ時間がかかりそうだ・・・・・


夏休みが終わってしばらくすると孔明の帰りが遅くなる日があった。

離婚が原因で自暴自棄になって不良になってしまったんじゃないかと心配していた。

帰りが遅い日が続いたので夕飯の時に思い切って話をしてみた。


「最近、帰りが遅い日があるけどなにをしているんだ?」


「ああ、文化祭の準備で放課後残ってる」


そうか良かった、ジジイの取り越し苦労だったようだ。

その日以降、夕飯の時に少しづつ孔明に学校の事を聞くことにした。


「どうだ?文化祭りの準備は順調か?」

「じいちゃんも行っていいのか?」


「うん・・・まあ・・・でもそんな面白いものじゃないよ・・」


少しづつだが孔明は話をするようになってきた。

決して楽しそうにはしていないが、ゾンビのような生気のない顔ではなくなってきた。


ある日孔明のほうから話しかけてきた。


「ねえじいちゃん、漁師の高木さんって知ってる?」


「知ってるよ、この街で1番の漁師さんだぞ、お前、覚えていないか?」

「二人で釣りに行って1匹も連れなかった時、ズルしただろ」

「あの時黒鯛くれた漁師さんが高木さんだぞ」


「あっ・・」

「あの時の漁師さん・・・高木のお父さんか笑、そういえば似てるな」

孔明がボソッと何かを呟いて少しだけ微笑んだ。

久々に孔明の笑った顔を見た。


その日から少しづつ友達の話をしてくれるようになった。


「折原・・じゃない・・・なんだっけ・・・桜井?って知ってる?」

「この街じゃ結構有名な美人一家だって聞いたんだけど」


『ああ・・・あのアバズレの桜井か・・・・』


「ああ・・・・知ってるが・・・どうした?」


「その人の娘が僕と同じ時期に転校してきて、今一緒に文化祭の準備をやってるんだけど、ちょっと変わってる子で・・・」

「あとは・・・・新谷って知ってる?」


「新谷???うーーん、聞いたことないなぁ・・・この街の子か?」

「この街じゃ珍しい苗字だから、一回聞けば覚えてそうだけどなぁ」


そういうと孔明は笑いながら「ふふふ、新谷、目立たないもんな笑」と小さく呟いていた。


夕食の時友達の話をしてくれるようになった。

とくに高木さんのところの息子さんの話が多かった。


『無神経にズカズカ話しかけてくるけど嫌な気分がしない』とか

『youtubeで歌をやっているんだけど、それがすごくカッコ良い』とか


友達の話を楽しそうにしてくれるようになってくれて少し安心していた。


東京で模試を受けてくると言って出かけた次の日の夜。

警察から電話が来た・・・・・・

孔明が死体で発見されたので身元を確認して欲しいと言う連絡だった。


死体?事故かなにかに巻き込まれたのか?

パニックになり何を話したがあまり覚えていないが、首を吊っているところ発見されたと言う言葉だけは覚えている・・・


美雪は正気を失ってしまったかのように泣き叫び手がつけれなかった。

妻と家内を家において、すぐに東京に向かって車を走らせた。


病院の霊安室に横たわっていたのは確か孔明だった・・・

あまりの驚きで声を失い呆然としていると警察から遺書を渡された。


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お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、ごめんなさい。


お父さんに会いました。

もし東大に受かったら一緒に住まないか?と言われました。

お母さんも一緒かと聞いたら、僕一人だけだと言われました。


僕は良くわからなくなりました。

僕はなんのために頑張ってきたんだろう?


小さい頃100点のテストを持って帰ると、お父さんもお母さんもすごく喜んでくれて、それがうれしくて沢山100点をとりたくて、一生懸命勉強してきました。


中学になって成績が悪くなくなってから、お父さんとお母さんの仲が悪くなってきたと思っていました、僕のせいだと思っていました。

高校でがんばって成績を上げていっても結局お父さんとお母さんは離婚してしまった。


お父さんの浮気が理由だと聞いたから、僕のせいじゃないって思っていたけど

僕が東大に受かりそうだとわかったお父さんはすごくうれしそうに笑って一緒に住もうと言ってきました。


やっぱり僕のせいでした。

僕が中学でも良い成績を残せてたら、お父さんもお母さんもきっと笑って喜んでくれて、離婚はしなかったんじゃないかと思っています。


このまま東大に入れても、お父さんとお母さんは離婚したままです。

僕が良い成績をだしても、前のようには戻れないみたいです。


僕はなんの為に生きているかわからなくなりました。

ごめんなさい。


お母さんは美人だから僕がいなくなったらきっと再婚相手が見つかると思います。

僕のことは忘れて幸せになってください。


おじいちゃん、おばあちゃん、優しくしてくれてありがとう。

出来の悪い孫でごめんなさい。


本当にごめんなさい。


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