第15話 井澤孔明3

東大模試の手応えはあった、自己採点でもいい点数を取れた実感はあった。

模試の後に父に会った。


「ひさしぶりだな、元気か?少しやせたか?」


「わかんない、ちょっと疲れてはいる」


「で、どうなんだ?」


「共通模試はA、多分今回も自己採点した感じだと良い結果が出そう」


「なに?本当か?」


父は驚いたと同時に笑顔になった。

父の笑顔を見るのは何年振りだろう。

素直に喜べはしなかったが、心のどこかでやっぱり少し嬉しかった。


「そうか。。。がんばったな」

「東大かぁ・・・」


父は本当に嬉しそうだった、昔テストで100点を持って帰ってきた時なんか比べ物にならないくらい。

父があまりにも喜んでいる姿を見ているうちに、複雑な気分になってきた。

僕より喜んでいるように感じた、僕は正直そこまで嬉しくなかった。

もちろんまだ合格したわけでもないし、もし東大に入ってもきっと周りについていくために必死に勉強をしなくちゃいけないだろうし、僕にはTVのクイズ番組に出るような一部の才能のある人間じゃないのは理解している。

小さい頃は「学者」と書いた将来の夢だけど、今の僕には特に目標がない。

なりたい職業も、やりたい仕事も、今は思い浮かばない。

特にここ数ヶ月は「父よりも良い大学に入って、良い会社に入って・・・・」


「どうだ?卒業したらこっちに来るんだから一緒に住むか?」

「一人暮らしだと色々大変だろう」


?????????


『どういう事だ?』

『お母さんと再婚してくれるのか?』

『もう再婚しているんじゃないのか?』


「え?おかあさんは?」


「心配するな、母さんにはきちんと生活費は送る」


「僕だけ?」


「・・・まあ、母さんとは離婚してるしな」

「でも金のことは心配するな、安心して勉強しろ」



なんなんだ?

出来が悪いから僕や、母さんを捨てたのに

若い女と新しい家族を選んだのに・・・

僕が東大生になるかもしれないとわかった瞬間に、僕だけ呼び戻すつもりなのか?

再婚相手とは一緒に住んでいないのか?

もし住んでいるんなら、そこに僕を住まわせるつもりなのか?


『再婚相手は・・・・?』


その言葉が喉から出そうになったが・・・・


「まだ受かったわけじゃないし・・・今は勉強を頑張るよ・・・」


「そうか、まあ、そうだな、体に気をつけるんだぞ」


そう言って父と別れてからも頭の中をいろんなことが駆け巡った・・・・


『本気で言っているのか?』

『僕が東大に受かるかもしれないと浮かれて思いつきで言ってるんじゃないのか?』

『そもそも、この間は無理だからやめておけって言っていなかったか?』

『合格しそうだとわかった瞬間に態度が変わりすぎじゃないのか?』

『東大生の親になりたいだけじゃないのか?』

『僕は父のためにがんばってきたわけじゃない・・・』


父のため・・・?


僕は何のために頑張ってきたんだ?

お父さんやお母さんが喜ぶから勉強を頑張ってきた。

父を見返したいためにここ数ヶ月頑張ってきた。


僕は本当に東大に入りたいのか????


東大に入ってその後何をしたいんだ?


僕は何になりたいんだ?


少なくとも父のステイタスのために東大なんかには入りたくない。


僕はどうしたいんだ?


僕の幸せってなんなんだ?

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