第8話 井澤孔明2

秋に受ける模試の申し込みを終えると、近くのスタバに寄った。

待ち合わせ時間より10分早く着いてしまったが、父はもう席に着いていた。


「早かったな、なにか飲み物買ってこい」


「うん」


僕はアイスラテを買って、父の向かいに座った。


「母さんは元気になったか?」


「うん、前よりは」


「向こうはどうだ?慣れたか?」


「うん」


本当は離婚の事をちゃんと聞きたかった、何故僕らを見捨てたのか?

そして、怒りを思い切りぶつけたかったが、父を目の前にするとそれはできなかった。


「で、大学はどうするんだ?」


「国立にしようと思ってる」


「国立って・・・東大か?」


「・・・うん」


「・・・・・あんまりはっきりとは言いたくないが・・・厳しいんじゃないか?」


「今のままだとちょっと厳しいけど、まだ時間あるし」


「落ちたらどうするつもりだ?浪人か?」


「今は落ちることは考えてない、受かるためにどうするかしか」


「・・・・あの街には、ロクな塾ないだろう、厳しいんじゃないか?」

「私立でもいいんだぞ、金のことは心配しなくていい」

「浪人して東大に入れる補償もないし・・・現役で私学のほうが見栄えも良いだろう」



『誰のせいで引っ越したと思っているんだよ?』

『お前より良い大学を出て、良い会社に入って、良い家庭を・・・・』



本当は叫びたかった。でも、なぜだろう・・・

父を目の前にすると、本当の気持ちが言えなくなってしまっていた。

あんなに憎いと思ったのに、家族で楽しかった時の記憶や、100点のテスト持って帰ってきた時、褒めてくれたお父さんの顔を思い出して、邪魔をする・・・・


「まだ時間もあるし、模試の結果を見て少し考えるよ・・・・・」


「そうだな・・・」

「あと、これ小遣いだ」


「いらないよ・・・」


「いいから持っていけ」


「金を使うことなんてあの街じゃあんまりないし」


「じゃあ、参考書でも買って帰れよ、あんな田舎じゃロクな本も売ってないだろう」

「それじゃあ、お父さん仕事に戻るから、何かあったらいつでも連絡していいから」


そう言って父はスタバを出て行った。


父は前とあまり変わっていなかった、僕やお母さんに対しての罪悪感などはないんだろうか?

なんで、あんなに普通に話ができるんだろうか?

僕はこんなに心が乱れているのに?父は乱れていないんだろうか?


言葉にできない感情が心の中を渦巻いたが、父からもらった小遣いの封筒を握りしめて、僕もスタバを出た。


もう帰っても良かったけど、予定よりだいぶ時間があった。

せっかく久々に東京に戻ってきたんだから、どこかに寄ってから帰ろうか・・・・


・・・・・・


別に行きたい所がなかった。。。


僕は、東京に住んでいたけど、別に此処じゃなくても良かったのかもしれない。

僕は今までずっと勉強をがんばってきたが、家と学校と塾を行ったり来たりしてただけだった。

僕は一体此処で何をしていたんだろう。。。

なんの為に生きてきたんだろう。。。


違う!これからの為だ。

僕はこれから幸せになる為に、勉強を頑張って、父より・・・


『お父さんより、お金を稼いで・・・どうなりたいんだ?・・・・・』


ブーーーーー

携帯のバイブが鳴った

LINEの通知だった


新谷からだ。



『これバルーンアートにかかる費用』

『ペンシルバルーン100個入り、1090円×10』


「なんだこれ笑」

「書類にまとめる必要もないじゃないか笑」

あまりにもくだらない内容に思わず笑ってしまった。



『お前さ、これもうプリントするだけ良いような内容じゃん』


『笑、まあそう言うなよ、なんかそれっぽくまとめておいてよ』



なんだよ、それっぽくって笑

とりあえず、スタンプを返したおいた。


結局父の言う通り、何冊か参考書を買って帰りの電車に乗った。

何もしてないと、色々余計なことを考えてしまいそうだったので、イヤフォンをつけて買った参考書に目を通していた。

少し飽きてしまったから、バルーンアートの書類?書類というほどのものでもないが

『それっぽく』作って新谷に送り返しておいた。


窓の外はすっかりビルなんかは見えなくなって海が見えてきた。

あの街に引っ越してきて1ヶ月くらいだろうか、少しづつ慣れてきていることを感じる。

初めは潮の匂いも、コンビニくらいしか行くところのない田舎がすごく嫌だったけど、住んでみたら、別に東京との生活とそんなに変わりはなかった、塾に行く代わりに家で勉強をする時間が増えただけだった。


学校生活もさほど変わりなかった。

友達がいなかったわけじゃないけど・・・・・・いや、いなかったのかもしれないな。

今、東京の頃の同級生からLINEは送られてこない。

友達じゃなくてただのクラスメイトだったんだろう。

こっちに来てからも別に友達はいないが、クラスメイトなんてただ学校で少し会話を交わすだけの関係だし、何も変わりはない。


折原ことは・・・・

お母さんとダブる部分があってムキになってしまった。

あんなに可愛くても、歳をとると結局捨てられてしまうかもしれない。

正直、東京にいた時でも折原より可愛い子は見たことがなかった。

それなのに、あんな訳のわからないことを口走って。

もっと自分を大事にしてほしいと思ってしまった。

お母さんみたいになってほしくないって思ってしまった。


何故だろう、あの何もない街に向かっていることに少しほっとしている自分がいた。

東京にいるとどうしても思い出してしまう、嫌なことがあの街に近づくにつれて少しづつなくなっていくような気がした。











家に帰るとLINEの通知があることに気づいた。

孔明からだった。

バルーンアートの書類を送ってくれたみたいだ。

書類の内容は確認していないけど、とりあえず・・・


『サンキュー助かった』


と送っておいた。


明日からしばらく放課後集まらなくて良いと伝えたメッセージも既読がついているので問題ないだろう。



ブーーーーー


LINEの通知だ


『あのさ・・・井澤って呼ぶのやめてもらっていい?』


孔明からだった。

唐突で、よく意味がわからなかったから


『別にいいけど、なんで?つうかなんて呼べばいいんだよ』


ブーーーーー


諸葛亮のスタンプとメッセージが送られてきた。


『名前で呼ばれるのはそんなに好きじゃないんだけど、それ以上に苗字で呼ばれるのが嫌なんだ』



苗字で呼ばれたくない転校生。

それだけで理由はある程度察した、孔明は離婚が理由で転校してきたんだろう。

そんな奴らはいっぱい見てきたし、別に珍しくもなかった。


『いいけどさ、俺、お前のこと孔明って呼ぶのはずいんだけど笑』


『いや、今、新谷が一番僕の名前を呼ぶじゃん、文化祭の準備の時とかでさ、まあ、しばらくあの会はないかもしれないけど、どうせ直前になったらまた集まるんだろう?』


『いやいやいや笑お前さ、久々に会っていきなり『井澤』から『孔明』って呼ぶのきもくないか?』


『笑、まあ確かにそうだな』

『じゃあ、べつに名前で呼ばなくていいよ、苗字で呼ばなければ』



『わかったよ、孔明笑』



ブーーーーー


また諸葛亮のスタンプが送られてきた。


LINEの孔明は、いつもより話しやすかった。

意外と良いやつなんじゃないかと思った。

この日から、孔明とはLINEで話す機会が増えていった。

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