第6話 新谷光

俺はいたって平凡だ。

体格も、頭の良さも、中の上。

中の上だとちょっと優れているように聞こえるが、特に目立ったところがない、どこにでもいるような人間だ。


お父さんは、この街で産まれて、育って、俺と同じ高校を卒業して隣街にある大学を出て公務員になった、そこで出会ったお母さんと職場結婚をして、姉ちゃんが産まれた。

姉ちゃんが小学生になるくらいに俺が産まれた。

姉ちゃんとは歳が離れていたので、喧嘩も特にせず、特に仲良くもなく。

お母さんは、俺が小学校に上がったくらいに役所に臨時職員で働き始めた。

姉ちゃんは高校卒業した後、近くの大学に行って、今はこの街の信用金庫で働いている。

絵に描いたような平凡な4人家族。

俺だけじゃなく、家族全員が平凡な家族だ。


小さい頃からお父さんみたいになるのが当たり前だと思っていた、この街で育って、この街で働いて、この街で生きていく。と

幼稚園でも、小学校でも特に目立つこともなく、本当に普通に、平凡に過ごしていたと思う。

小学校の時の夢は「サッカー選手」と書いた気がするが、別にサッカー選手になりたいわけじゃなかった、たまたまサッカーをやっていたし、まわりのみんながサッカー選手と書いていたし、とりたてて何かになりたかったわけじゃなかったし、おとうさんみたいに普通になれれば良いと思っていた。

別にそれに悲観をしているわけでも、なにか諦めているわけでもない。

ただ、俺にはそういう人生のほうが向いていると自分でも感じているからだ。


隆に出会ったのは小学校だ。

1年か2年か忘れたけど、同じクラスになったのがキッカケだ。

この街の漁師には外国人が多くいるから、学年に、2、3人はハーフ、今はミックスと言うんだっけか?がいるのが普通だった。

多くのそういう子供たちは問題児だった、力が強い上に気性も荒い。

だから、肌の色や目の色や、髪の毛が縮れているだけで、ひとくくりにされて色眼鏡でみられていた。


隆も、色黒で癖っ毛というのはちょっと辛いくらいの天然パーマで明らかにミックスだとわかる見た目だった。

ただ、あいつはちょっと違った。

小学生の心ない差別の言葉に対して、冗談で切り返したり、他のミックスの子が暴力をふるっていたら、そいつの事を止めにはいっていた。

隆は、他のミックスの子供たちから「裏切り者」と呼ばれることもあった。


「人を見た目で判断しちゃいけないって、父ちゃんに教わってないのか?」


隆はそう言って、そんな事もろともしていなかった。


隆はサッカーがものすごく上手かった。

本当に上手かった。

これがブラジル人の血のなのか?と思うほど、隆は小学校から無双状態だった。

もちろん、体の大きさや、力の強さも飛び抜けていた部分もあったけど、俺たちとはリズムが違った。完全に才能だ。

そんな隆を見ていたら、将来の夢がサッカー選手なんて本気で書けるわけはない。


そんな隆が中学の時に練習試合で相手に頭突きをかまして、退場、試合は中断。

隆は停学をくらった。

あいつのことだ、多分自分の事じゃなくて家族や漁師の文句を言われたんだろう。

その姿が、まるでワールドカップ決勝のジダンのようだったから、どうしても伝えたくて、停学中のあいつの家に遊びにいった。


散々くだらない話をした後、あいつはサッカーをやめると言った。

こんなに才能があるのに、こいつがやめるのに俺がサッカーなんてやってる意味なんてないと思ったけど、あいつが『やめるな』と言うから、やめずにダラダラと続けた、結局高校でもサッカーを続けた。


高校でサッカー部に入ったが、うちの高校はいつも県大会1回戦負け、良くても3回戦に行ければ良いようなチームだった。

誰も本気でサッカー選手を目指しているわけではなかったから、俺にはちょうど良い部活だった。

でも、俺が入学した時の3年生に一人化け物みたいな先輩がいた。

隆とはまったく違うタイプだったけど、その先輩のドリブルはまるで踊っているかのように華麗で、相手をあざ笑かのようなボールタッチは見ていて楽しかった。


俺はなぜかその先輩に気に入られた。


「お前周り良く見えてるよな、欲しい時にパスくるんだよなぁ」

「お前みたいな選手がいないと俺みたいなタイプが目立たないし笑」



先輩が俺を認めてくれたおかげで、俺は1年からレギュラーになった。

先輩の最後の試合は、うちの高校初めての県大会決勝。

決勝は強豪校に5−1の惨敗だった。

惨敗だったけど先輩はゴールを決めた。


試合に負けた後、ほとんどの先輩は号泣していたが、先輩だけが

「楽しかった、俺はここでサッカーやめるけど、みんなとやれてよかった」

と一人だけ、笑顔だった。


数日後、放課後先輩に呼ばれて、なぜがベースをもらった。


「1年間ありがとな、お前のおかげで決勝までいけたよ、本当はスパイクとか、ジャージ渡すのが普通なのもしれないけど笑お前にそれ渡しても喜ばなそうだからベースやるわ。おれ新しいの買ったから」


サッカーのプレー同様、予想外でトリッキーな先輩の行動だったけど、その日から少しずつだけど、ベースの練習をするようになった。

ベースは意外と楽しかった、バンドの中じゃあんまり目立つ音じゃない。

それでいて重要な楽器。

俺は目立つのが得意じゃないから、なんとなくしっくりきた。

それと同時に、先輩はこの楽器でもみんなの目を釘付けにするようなプレー、音を出すんだろうなと思った。


俺は、隆や先輩が好きだ。

それと同時に憧れがある。

圧倒的な才能や存在感。

そして、俺にはそれがないことを痛感する。

でも、嫉妬は不思議とない。

あれはなりたいと思ってなれるものじゃない。

才能っていうのそう言うものだ。

平凡な俺は、そんな人間のそばでその才能を見ているだけで十分だった。

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