Ⅲ、次への一歩


 あっという間に夏季休暇は過ぎ、新学期がやって来た。今年で三年生に進学するシルヴェスターたちも既に学校に戻り、今日は授業開始前のオリエンテーションが行われた。学年が上がることで変わった学年主任の教授は五十人ほどの生徒を前に、緑色のワンドを振った。それぞれの前に現れた紙には、『クラス分け試験の概要』と大きく書かれている。


「さて諸君、進級おめでとう。明日から早速授業が開始されるが、その前に三年生に課せられる試験について話しておく。皆も知っているだろうが、四年生以降は選択授業が加わり、その内容によっては学力が一定以上ないと履修不可能なものがある。その基準となるのが、三年生の最後に行われる能力試験だ。試験方法としては一年二年とそう大差はないが、一年から三年まで全ての範囲が該当するのでよく勉強しておくように。一つ、助言としてはこの試験で成績の振るわない教科が多少あっても落ち込まないことだ。この試験はそれぞれの得意不得意を測るものでもあるからな。勿論全ての教科で高い評価を得るに越したことは無いが…。それと、皆が心待ちにしているであろう適性試験についてはその試験後、最後に話すので今は気にすることは無い」


それでは解散、という言葉に教室内はにわかに騒がしくなる。次々と生徒が出ていくなか、例の五人は顔を突き合わせていた。難しい顔をしながら配布された紙をにらみつけるドミニクを中心に集まった彼らは、どうやら進路について気になっているようだ。


「ついに来たな三年生学年末試験…通称分かれ道」

「なんとなく仰々しい名前だよねえ、やだなあテストなんて」

「こればっかりは仕方ないわね、私はそれよりもその先の適性試験の方が気になるわ」

「ああ、同感だな…ここで魔法使いか魔術師かが分かれるのか」


気にすることは無いと言われるものの、やはり気になるものは気になる。新三年生たちは皆一応能力試験を気にするものの、個々人で大きく結果が異なる適性試験に興味津々だった。すぐ上の学年、四年生たちが揃って適性試験で使われる特別教室へ消えていくのを見ていた分余計に考えたくもなるものである。


「あたしたちはどっちなんだろうね?」

「こればかりは何とも言えないな、家系で見るなら僕とスライは魔法使いの可能性が高いが」

「やっぱり家系って影響あるの?」

「結構大きな要素だな、あと魔法使い家系に魔術師が生まれても、反対はほぼない」

「へえ…正直魔法使いと魔術師の違いが分からないや」

「まあその辺についてはこの学年で勉強するだろうからな、理解を焦らなくてもいい。ざっくり言うなら、魔法使いは『協力をあおぐ者』、魔術師は『自分で切り開く者』といったところか」


それにしても、と呟いたリリアの視線につられて他の四人も顔を上げる。その先にいたのはジェフリーとサイモンで、一人の生徒と何やら言い合いをしているようだった。とっくにリリアへの接近禁止令の効果は消えているはずなのに一目散に来ないジェフリーがリリアは気になるようだった。二人の前に立ちはだかって何やら説得しているらしい一人の男子生徒は、飄々ひょうひょうとした出で立ちで何かを言っているものの内容までは聞こえてこない。やがて何かを思いついたようにあっという間にその場を走り去っていった二人の背を見送った彼は、その顔を五人の方へ向けた。ばち、と目が合ったシルヴェスターは眉を寄せたが、その男子生徒は五人のいる場所まで歩いてきた。


「やあ、何か僕に用?」

「あ…いえ、その」

「ああもしかして君がリリアさん?僕の同室がいつも申し訳ないね、ジェフとシムの事でしょ?」


そう言いながらやって来た彼のブローチは赤で、何とあの二人の同室だという。そのままするりと輪の中に入って来た彼に驚きながらも、ジェフリーのような言いがかりをするつもりはなさそうだと少し気を緩める。


「ごめんなさいね不躾ぶしつけに見ちゃって…あの二人がちゃんと話を聞く人がいると思わなくって。確か同じサラマンダーの…」

「あっ、ラルフ・ルイスだっけ?なんかあの台風たちに向かってく胆のやたら据わった男子がいるって話聞いたんだよね」

「そう、良く知ってたね。気軽にラルフでも、リーとでも呼んでよ。皆の名前も聞いていい?」

「私はご存じの通りリリア・エドワーズよ」

「あたしはリリアの双子の姉のアスター。見て分かる通り、君と同じサラマンダーだよ」


名前を尋ねられてアスターとリリアはあっさりと答えたが、残りの三人は口を閉ざしたまま警戒したように名乗ろうとしなかった。特にジェフリーとサイモンの二人に強い因縁をつけられて一方的に攻撃されることにうんざりしているシルヴェスターは警戒も強く、ひたりとシルバーブラックの瞳でラルフを見据えた。その所業による被害を知っているドミニクも、今までの問題児たちの所業的に新しい人物には警戒せざるを得ないシャーリーも欺瞞に満ちた目でただ見つめている。その状況に苦笑したラルフは両手を上げる仕草をした。


「まあ、他の寮の人には警戒されてもしょうがないよね。あいつ等のことがあるし…僕は一旦退散しようかな、また喋りに来るから、気が変わったら話してくれると嬉しいよ」


そう言って、ラルフはあっさりとその場を後にした。その様子にぽかんとしたまま動かなかった五人は、暫くして意識を取り戻すと一斉に互いに顔を合わせた。


「何なんだあいつは…僕たちに絡みに来て、何が目的なんだ」

「別に意味はないんじゃないかしら…ただ喋りに来ただけよきっと」

「物珍しさから近づいた可能性も捨てきれない」

「あーまあその点については否定できないか、確かに寮を超えてよく一緒にいるのは結局あたしたちくらいだもんね」


勉強の話をしていたのが馬鹿々々しくなってきたと言って立ち上がったドミニクに続き、いつの間にか五人だけとなっていた教室から出る。明日から始まる新しい授業がどんなものかを話しながら、一行は落ち着ける場所を求めていつもの通り人気が無く静かな場所を目指した。




 授業が始まってみれば時間が経つ感覚もずっと早くなる。昨年よりもまた少し細かく、難しくなった内容をなんとかにしようと生徒たちは必死だった。それもそうだろう、進学年開始のオリエンテーションで言われた言葉が心の端で存在を主張するのだから。これは三年生ではよくある光景である。あの五人も例外でなく、まじめな彼らは定期的に勉強会を開いて一緒に復習をしていた。

 授業開始直後の変身術の授業では五人で取得した変身術を披露し、教授から特大の賛辞を貰って皆緊張が一気に解けた。習得してきたのは五人だけではなく、とうに悪友として有名なジェフリーとサイモンもそれぞれチーターと鷲の姿を得意げに披露していたが。ともかく変身術を取得できた者はご褒美と称して金曜日の夕食のメニューを、一品なんでも好きなものをリクエスト出来る権利を得て生徒たちは皆一様に喜び自分の該当する週を心待ちにした。

 そうした中でもいつしか習慣となった週一回のお茶会は欠かさず、午後に授業がない毎週金曜日の三時に薔薇ばらのガーデンを借りて開催していた。何度も許可を得るために尋ねた薬草学の教授とは五人全員親しくなっており、顔を出せばすぐにお茶会の開催と察してこころよく教授室に招き入れてくれるようになったほどだ。いつか教授をお茶会に呼んでみようという計画が立てられているのは、まだ五人の間の秘密らしい。

 今日は丁度金曜日であり、今回紅茶係となったシルヴェスターとシャーリーは持参した茶葉を並べてどれにしようかと検討中だった。一足先にガーデンに来ていたため、この場には二人しかいない。まだ二時を過ぎた頃で他の三人が来るまでは時間があるが、シルヴェスターの変身術にシャーリーが付き合うことで時間を潰そうという計画だった。ガラス製の瓶に茶葉が詰められてそれぞれタグが掛けられているのは茶葉の管理担当かつ凝り性であるシルヴェスターのこだわりで、学校周辺独特の夜明けのような色の空から降り注ぐ光を良く反射するこのガラスはきらめきが綺麗だという理由で瓶を決めたのだ。そして全部で十個の紅茶の瓶たちはちょうど数がいつもの五人の倍数であり、それに気づいたアスターが紅茶の特徴に合わせて性格で当て嵌められた五人それぞれのデフォルメされた似顔絵のタグを作り、それを紅茶の名前のタグと共に括り付けたのは最近の話である。


「どれがいいか…今日はどれもいいものだから迷うな」

「アスターが何を持ってくるかにもよるけど、ああ、先に聞いておけばよかった」

「確かに。でもミルクティーが飲みたいと騒いでいたからそれにあったものがいいか」

「ならこれかな、濃い目に入れよう」

「決まりだな」


手短に使う茶葉を決め、あとはお湯を用意して淹れるだけというところまで準備したところでシルヴェスターは黒いワンドを取り出した。呪文を唱えながら一振りすれば、すぐにその姿は形を変えて細長い体躯が地面に横たわる。首を持ち上げてシュー、とひと鳴きすると、それに応えるようにシャーリーがしゃがみ込んで小さな頭を撫でた。


「初めはぎこちなかったのに、随分すんなりと変身できるようになったものだね」


くすり、と小さく笑いながら撫で続けるシャーリーを、蛇の姿で声が出せないシルヴェスターはじっと見つめた。どうしたと尋ねてくる声色はとても穏やかで、普段五人でいるところでも自分の話題でなければほとんど声を発すことが無い彼女にしてはかなり珍しい事だった。返事の代わりに細長い尾で膝を撫でれば、また控えめに笑う。

 少しの間そうしてたわむれていると、靴の音がこちらへ向かってくるのが聞こえてきた。あの三人だろうかと考えたシルヴェスターは、しかしはたと考えを改める。蛇の体であるために嗅覚が人間の時のそれとは比べ物にならず、できるようになったばかりの頃は様々な匂いに振り回されたものだ。だが最近は少し慣れて、いつも一緒にいる四人の事ならばこの姿であれば簡単に識別できるようになっていた。その慣れ親しんだ匂いではないことに気が付いて、思わず威嚇の体制をとった。その違和感は正解だったようで、突然シャーリーにすくい上げられるように持ち上げられると肩に巻き付く様に言った。その通りに肩に乗って少し安定したところで、足音の正体がやって来た。


「…いいぞ、まだ来てなさそうだから今のうちに…あ」

「あっ不審者野郎」

「不審者でも野郎でもないんだが…そっちこそ出会い頭にご挨拶なことで」


現れたのはなんとジェフリーとサイモンだった。いきなりの不穏な空気にシルヴェスターはシュー!と鳴いてみせると、二人の視線がシルヴェスターに集まる。


「あぁ?なんだそのヘビ、真っ黒じゃねえか」

「まったく、君って本当に不審な要素しかないよねえ…まさかそいつで誰かを殺すつもり?」


二人のあんまりな発言に、シャーリーは不快ということを隠しもせず思い切り眉を寄せる。本来二人は変身術で蛇の姿をしたシルヴェスターの事を授業で見ているはずだが、まさか覚えていないとは彼女も思わなかった。しかし逆に良かったかもしれない、と心の中でため息とも安堵あんどの吐息とも言えない一息を吐き、肩に乗ったシルヴェスターの頭をするりと撫でて見せた。


「…この子は関係ないだろう。そもそも、ここは教授が管理しているガーデンだけどなぜここに来た?許可が無いと入れないし、今日は私らが借りているから他の者への許可は下りないはず」

「別になんだっていいでしょ、君には関係ないんだもの」

「むしろこんなところで会って好都合だな?周りに誰もいないんだ、この意味が分かるだろ」

「…はあ、君たちが何を企んでいるのか私は知らんが、ここの植物たちを傷つけることや友人たちを困らせるようなことをすればただではおかない」

「はんっ、やってみろよ!」


威勢のいい声と共にサイモンがセプターを振りかざした。詠唱と共に振り下ろされるそれにシャーリーはひるむことなく立っている。逃げろ、と言う言葉も空しく空気を切るような音しか出ないと焦ったシルヴェスターは、襲い掛かってくる茨からシャーリーを覆い隠そうとした。しかし、その先端がシャーリーに届く前にキンッと硬質な音と共に弾かれる。驚いた顔をしたサイモンに繰り出した魔法が跳ね返り、彼自身の脚が束ねられてその場に崩れ落ちた。ジェフリーが慌てて解除魔法を唱えた事ですぐに茨は消え去ったが、あっという間に鋭いとげに裂かれたスラックスの裾は裂けて血がにじんでいる。


「クソっ、何しやがる!」

「手を出したのはそちらの方だろう、私は何もしていない。というか、以前あんなことがあったのに何も対策をしない程私も腑抜ふぬけてはいない」

「…何か、まもりをつけてるようだね…」

「よくわかったな、フィリップスのご子息…ああ、ちょうど君たちのご友人がお迎えにきたようだよ、もう一回痛い目を見たくなければ彼と共に早く帰ることだ」


そう言ってシャーリーはガーデンの出入り口を見た。耳を澄ませば、確かに靴音が一人分こちらへ近づいてきており、少し待てばがさがさと薔薇ばらの葉を揺らしながらその音の主が姿を現した。


「げっ、リー」

「げって何さ、もー…やっぱりここだと思ったんだよね」

「君、何で来たのさ、ていうかよく分かったね?」

「そりゃあだって、授業中にエドワーズ姉妹が今日はここでお茶会だってはしゃいでるのを聞いてニヤニヤしてたからさ。ここで待ち伏せて声かけようって思ってたんでしょ」


現れたラルフに呆れた様にそういわれ、図星だったらしくしゅんとしたジェフリーは、だってと言い訳を探しながら唇を尖らせ人差し指同士をくるくると回している。まるでぶりっ子のような仕草に、ラルフは呆れた様に溜息をついた。一方その点に対しては特に思うところもないらしいサイモンは面白くなさそうにセプターを振り回した。その先が時折ガーデンテーブルの端を危なげにかすめるのを、シャーリーは迷惑そうな顔で見ている。


「シムはなんでジェフについてきたの、別に君リリアの事とかそういう意味で興味ないでしょ」

「コイツの骨抜きでデレデレの阿保面を見るのは楽しい」


それがなんてことの無い様に涼しい顔で言ってのけるサイモンは、何だかんだいってそういう部分は上流階級の人間の感性をしていた。言葉にはしないものの、ラルフもシャーリーも彼の発言に眉を顰める。そして、自分の恋心をエンターテインメントと捉えられている事に当然ながら鼻持ちならないジェフリーが、その言葉に食ってかかった。


「嫌な性格してるね君」

「お前こそあんな強気の可愛くねー女追い回してて、馬鹿みてえだけどな」

「んなっ、リリアの事そんな風に言うな!僕の女神を冒涜するやつはこうだ!」

「へへん、捕まえてみな!」


ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てながら、いつの間にか目的も忘れたのか風のようにその場を走り去っていった二人を見て、ラルフはため息をついた。シャーリーがほっとしながらシルヴェスターの頭を撫で続けていると、ラルフがじっと見つめて来ることに気が付いた。あまりに熱心な顔で見つめて来るのに若干たじろいで後ずさったところで、漸く彼が顔を上げる。


「いやあごめん、そのヘビってあの黒髪の彼だよね?」

「…」


シャーリーは何と答えたものだろうかと戸惑いながらシルヴェスターを見る。それに尾の先で手の甲を撫でながら応え、するりと肩から降りると変身術を解いた。すっと背筋を伸ばして隣に立ったシルヴェスターに、ラルフの目が一層輝きを増す。そのあまりに純粋な目に、先程のシャーリーのようにシルヴェスターも少し後ずさった。


「すごいなあ!僕は結局習得できなかったからさ、憧れるなあ…しかも君は真っ黒なヘビ!かっこいいよ~」

「お、おお…」

「君も変身術出来てたよね?いやあこの学年優秀な人が多すぎてとても太刀打ちできないや」

「…君のができるじゃないか、あいつ等に教えてもらえばいいだろう」

「いやそれがさ、あの二人どっちかって言うと天才肌だから、頑張って勉強するみたいな努力タイプじゃないんだよね。僕は理論詰め、努力しないと出来ないタイプだから、そう言う人に教えてもらうとどうにも掴めなくて」


たはは、と頬を掻きながら笑うラルフに嘘をついている気配はない。似たような境遇を抱える者に若干弱い傾向があるシルヴェスターは、自分が変身術を習得した経緯を振り返りながら他人ごとではない心地で聞いていた。そこへ、軽快な靴音が三人分。それに気が付いたその場の三人ははっと時計を見た。いつの間にか三時の五分前になっている。


「おっと、結構居ちゃったな。ごめんね、僕は君たちの邪魔をするつもりはないからさ。良ければまた」


ラルフはそう言ってきびすを返す。だがタイミングが悪く、丁度はしゃいで全力のスキップをしながらやって来たアスターとラルフは危うく正面衝突しかけた。寸でのところで全力でドミニクにアスターが引き寄せられ、大事には至らなかったが反対にドミニク共々倒れてしまい慌てたアスターが立ち上がる。


「うわっドムごめん!あれ、リーじゃん、どしたの?」

「やあアスター、君もごめんね、わざとじゃないんだ」

「ふん…ほら、ちゃんと立てアスター」

「あらリー、こんにちは。どうしたの?今日はここ私たちが借りてるのだけど」

「うん知ってる。それを聞きつけた二人のお馬鹿さんが何か企んでここへ来てね…連れ戻しに来たんだよ、あいつらは何か先に出てっちゃったからもう今はいないよ」


ラルフがいう二人のお馬鹿さん、が誰を指すのかよく心得ている三人は少しひりつく空気を出したが、もういないという言葉にあからさまに肩の力を抜いた。またぴょこぴょこ跳ねながらシャーリーに飛びついたアスターに続いてドミニクとリリアもガーデンテーブルの方へ歩み寄る。じゃあ今度こそ失礼するよ、と言ってにこやかに手を振ったラルフに、唐突にシルヴェスターが待てと声をかけた。他全員が驚くのを他所に言葉を続ける。


「なぜお前が奴らを止める。それをすることでお前に得があるわけでも無いだろうに」

「うーん…得とかじゃないけど、そうだなあ、強いて言うなら君たちに興味があるんだ」


興味、という言葉に難色を示したのはドミニクだ。警戒心むき出しで一歩踏み出す彼をシルヴェスターが片手で制したが納得がいかないようで、何故と言いたげにじっとりとその横顔を見詰める。アスターとリリアがはらはらとしながら見守り、シャーリーは何の表情も浮かべずにひたりとラルフを見据えている。それぞれの視線を浴びながらも微笑みを浮かべながら立っているラルフに、シルヴェスターは随分胆が太いやつだと感心した。少しの沈黙の中、それを破ったのはドミニクだった。


「興味だと?貴様僕たちをまるで観賞用の動物の様に見ているとでも言うのか」

「えっいやいや、ただ人柄に興味があるんだよ。ほら、気付いてるだろうけど他の寮の生徒同士で一緒に行動してるなんて君たちくらいだ。どうしてかなあと思ってさ」

「どうしても何も無い、僕たちがそうあることを望んだだけだ」

「…そっか、何かかっこいいね。僕君たちがうらやましくてさ、誤解させる言い回しだったことは謝るよ」


少し寂しげにそう言ったラルフに、ドミニクは先程まで感じていた胡散臭さが消え去り緊張をわずかに解いた。そして何が彼にそんな表情をさせるのだろうかという疑問に切り替わり、気が立っていた自分自身に気まずくなったドミニクは視線を泳がせた。その場の空気が若干緩んだのを感じてか、次に動いたのは後ろで様子をうかがっていたリリアだった。


「…ねえ、良かったら今日のお茶会に参加していかない?」

「え、でも」

「何か私たちと話したいことがあるんでしょう?私にはそう見えるわ」


話したい事なんて、と口ごもるラルフは困惑の表情を浮かべた。だが彼女は元来こうと決めたらその通りに動かないと気が済まない性格である。ドミニクとシルヴェスターに許可を求めると、シルヴェスターはさらりと、ドミニクは渋々ながら同席を了承した。シャーリーはリリアに君のしたい様にと言ったため、アスターと一緒にラルフの手を取った。




 そうして、珍しいゲストがいるお茶会が始まった。今日はアスターの気分に合わせてシャーリーとシルヴェスターが選んだ茶葉を使い、ミルクティーを淹れた。アスターはドミニクのリクエストに合わせてリリアと一緒にオランジェットとビターチョコレートのパウンドケーキを持ってきており、テーブルの上はいつにも増してシックかつ豪華である。突然誘われて参加することになったラルフは並べられたお菓子に目を輝かせている。全員にミルクティーが行き渡り、全員が席についた。


「たくさん作ってて、食べきれないかもって思ってたから丁度良かった!」

「これどっちも手作りなの?」

「そうよ、いつもアスターが作ってくれるの」

「凄いよアスター!僕何も持ってなくて申し訳ないなあ」

「仕方ないよ、突然誘ったから」


お喋りをしながらお菓子をつまみ始めるサラマンダー寮の三人の一方で、ウンディーネ寮組はミルクティーを静かに飲むだけだ。いつも通りとは言えども、やはりそれほどラルフを歓迎していないシルヴェスターとドミニクの雰囲気は分かるようで、ラルフも笑顔が控えめである。そんな様子を、相変わらずシャーリーは無表情で見ていた。


「リーはさ、どうしてあたしたちを羨ましいって思ったの?」

「ああ…ほら、僕は一応あの二人の友人ではあるんだけどね、価値観が合わないっていうか。別に彼らも優しい面とかあるんだよ?でもこう…君たちは失敗したときとか笑わずに助け合うみたいな関係だけど、僕たちは失敗は自己責任って感じで、馬鹿にしたりされたりって、ちょっと寂しいなあなんて」

「ふうん?でも私たちだけじゃないじゃない、リーの言ってる関係」

「そこはまあ、君たちが目立つからね」


何となく気まずそうな表情で話すラルフは、いたたまれないのか少し視線をずらしながら喋っている。彼のいう事が先ほどの変身術の話にも繋がるのだろうか、とシルヴェスターは思案しながら耳を傾けた。


「確かに、価値観についてはしょうがない事もあるよね」

「そうなんだよね、縁を切りたいわけじゃないけどさ、僕他の友達いないし」

「えっ、そうなの?」

「うん」

「どうして?気遣いができる君なら他にも友達たくさん作れそうなのに」


アスターの言葉に、ラルフは明らかに顔を曇らせた。それに全員が気づき、互いに顔を見合わせる。恐らくラルフの抱える問題は交友関係とはまた別のところにある、と踏んだドミニクは話に加わることにした。教え込まれた動作で優雅にカップを置き、ここまでまともに見ていなかった彼の顔を見やる。いつの間にか表情が戻っていたラルフは、それでも取り繕っていることが分かりやすい。


「いやあ、僕にはそんないっぱい友達はいらないかなって」

「ほお、僕たちへ近づいたのはお前のいう友人として関わりたかったからじゃないのか」

「えっ…いや、うーん、まあ友達にはなりたいかなとは思ったけど」

「煮え切らないな。友人を増やすのに抵抗があるとでも?」


ぐいぐいと切り込んでくるドミニクに困った様に笑うラルフは、何か言い訳を探しているようだった。手が忙しなく彼のティーカップ周辺を彷徨さまよい、ついでに視線もちらりとドミニクを見てはどこかへ逸らす。明らかに挙動不審なラルフを見つめながら考えていたドミニクは、はたと一つの事を思い出した。


「おい、お前ラストネームはルイスだったな」

「う、うん…」


確認をした後、ドミニクは何か理由が分かったようで、より厳しい視線を彼に投げつけた。意味が分かっていないシルヴェスター、リリア、アスターはそれを疑問に思いながらも、発言できるような空気でないために口を閉ざしたまま成り行きを見守ることにした。しばらくラルフとドミニクが睨みあった後、先に口を開いたのはドミニクだった。


「ふん、お前が何者だって僕たちには関係ないがな。勝手に好きなように過ごしたらどうだ」


その発言に、ラルフは目を見開いた。三人は訳が分からず今度こそ疑問を投げつける。


「ねえ、どういうこと?私たち置いてきぼりじゃない」

「君たちには悪いが、これはコイツの問題だ。僕から話せることではないから直接聞いてみるといい」

「ええ…もーそうやってはぐらかす」

「ふむ、ではラルフ・ルイス。僕たちに一体何を隠しているのか説明してくれ、リリアもアスターも聞きたがっている」

「ええ、困ったな…」


言葉通り、本当に困った顔で頬をきながら明後日の方向を見るラルフに全員の視線が集まる。一応何か話そうと努力する彼だが、半端に開いた口からはあーだのうーだのと意味を成さない、ただの音ばかりが漏れてくる。その様子にしびれを切らしたのはアスターだ。


「ねえ、それは話せない事なの?もし本当に話したくないのならあたし達も無理には聞かない。けど話したいと思ってくれてるなら、頑張って言ってみてよ」

「そうよ。それに最悪なことは既にあのお馬鹿二人で慣れちゃったもの、ちょっとやそっとじゃ引かないわ」


それでも彼女なりに努めて優しく話しかけ、それに便乗してリリアも話しやすくなるような言葉を選んで投げかける。それに後押しされたようで、ラルフはまだ少し迷いがある表情をするものの、その両手を握って口を開いた。


「…あの、僕、ヴァンパイアの家系なんだ、よね」

「ヴァンパイア?あの血を吸うやつ?」

「少し違うけど、まあ合ってるかな…────」




───一般でよく言われるヴァンパイア、吸血鬼は完全に魔法生物の類で、特徴は人間の血を吸う事、その見た目は人型を取らなければほぼ蝙蝠こうもりだ。けれど、人間の中でヴァンパイアと呼ばれるのもいるのを知ってるかい?そこのブロンドの彼は知ってるみたいだけど。人間におけるヴァンパイアは、呪いを掛けられることで代々受け継がれてしまうものでね。

 僕の生まれたルイス家はずっと昔、貴族の一員だったらしいんだ。それも魔法界の王族であるベネット家を守る親衛兵。でもある時、なんでもお呼ばれで出て来ていた妖精の女王様を何でか矢で傷つけたらしいんだ。それで物凄く短命になる呪いを掛けられて、それがずっと続いているんだ。僕も例に漏れずそうみたいでさ、四十歳で死ぬならいい方なんだ。魔法族は本来もっと長生きだろう?特に優秀な人であれば二百歳を超えるような人だっているのに、僕の家はその反対だ。一応かつては貴族だったってことで家を続けないといけないから今こうしてルイス家はあるけど、そんな粗相をしちゃったら流石におとがめなしとはいかなくて、まあいわゆる没落貴族っていうのかな?わかんないけど、とにかく寿命が短いんだ。

 それがなんで友達を多く作らないことに繋がるんだって?そりゃあ、だってお別れする人が多ければ多いほど悲しいじゃない。これはルイス家の新しくできた家訓でもあるんだ、極力親しい人は結婚相手以外作らない事。僕たちルイス家と関わる相手の事を必要以上に悲しませないように、っていう意味であんまり人と深くかかわらないように言われてきたんだ。…実際、僕の父さんは一応ルイス家の跡継ぎだったけど、僕が生まれてすぐに死んだよ。確か三十八歳だったかな…僕は生まれるのが遅くてさ。母さんはそんな父さんの死を受け入れきれなくて、弱って、すぐに後を追ったから実質僕一人だ。ずっと育てて来てくれたのは、曲りなりにも貴族だった名残でずっと家の面倒を見てくれてる爺やなんだよね。

 …ああ、なんでヴァンパイアかって?実はあまり関りが無いけど、魔法生物のヴァンパイアは人型を取ると死人みたいな肌の色してるじゃない?体温もほぼないし、太陽の光が苦手。ルイス家だけじゃなくて、妖精の呪いをかけられた家系はいくつかあるけど皆血の気が無くて太陽光を直接浴びれない体だから、ヴァンパイア。ここだと太陽の光はほとんどないから外に出られるし、魔法族が住んでる魔法界は日がないから出歩ける。でも見た目が…ね。別に血を吸うわけじゃないけど、そういう偏見もあるよ、血を吸うんじゃないかって。結構陰で言われてるんだ────




「…そんな訳で僕の両親もとっくに死んでるし、あとほら、何でか親がいないことを馬鹿にする人がいるじゃない?それもあってあんまり人にこういう事情を知られたくないんだ」


一通り話したラルフは、気まずそうに笑いながらそう締めくくった。俯きがちに話を聞いていた五人の顔色をうかがう様は、まさに過去に対人関係で苦労したことのある子どものする仕草だった。事情を知っていそうだったドミニクと通常運転なシャーリーは表情のない顔で淡々とミルクティーに口をつけていたが、シルヴェスター、リリア、アスターの顔は驚きに満ち満ちていた。


「…あー、ごめんね?やっぱりこんな話嫌でしょ」

「えっいやいや違くて!こっちこそごめんね!?そんな話させちゃって…」

「僕はいいんだよ」

「そんな事情があったのね、リー…」

「まあ、ね。結構陰口も多いし、僕とあんまり関わらない方がいいかもよ」

「そんな、君が寂しいじゃないか」

「僕は慣れてるさ。それに一応ジェフとシムも同室で友達みたいに接してくれてるしこれ以上は望まないよ」


はは、と力なく笑うラルフは、先程までの話を聞いた後に改めて顔をよく見ると諦めが強く出ているようにも感じられる。それに気が付いたシルヴェスターは何とも言えぬやるせなさを子どもながらに感じ、同じように眉を下げたエドワーズ姉妹と顔を合わせた。ここで口を開いたのは、眉をひそめて険しい顔をしたドミニクだった。


「ならば、ここからすぐに出ていけばいいだろう。そしてこれからも絡みに来ないことだな」

「ちょっと、ドム…」

「いや君の言う通りだ。僕は勝手に憧れただけ、君たちに関わる資格もないよ」


厳しい物言いをするドミニクにも反論しないラルフに、何か思うところがあったらしい。普段は貴族の嗜みだからと綺麗な所作を良しとするドミニクがガチャっと音を立ててカップをソーサーに置いた。びくりと肩を震わせたのは話題の中心たる彼だけではなく、エドワーズ姉妹も驚いていた。シルヴェスターとシャーリーはと言えば、素直な物言いが出来ない彼に溜息をついて、二人の様子をただ見守るだけにしたようだ。言葉通りに退散しようとしていたのだろう、立ち上がりかけたラルフはそのままの格好で固まる。その辛そうな体勢している彼を一向に気にもせずに、ドミニクは捲し立てた。


「貴様は皮肉すらも理解できないんだな。本当に知られたくなかったのであれば始めにスライが呼び止め、アスターとリリアがなんでも話せと言った時点で帰るなりはぐらかすなりすれば済んだことだ。それをせずに話したのは誰だ?」

「…別に、聞いて欲しいなんて頼んでいないよ」

「そうだな、形としてはこちらが聞き出した。だがそれに応えた時点で貴様が僕たちに何かしらを望んでいる、期待しているのは明白だ、違うか?」

「…」

「僕は言ったはずだ、貴様の好きにすればいいと。この輪に加わりたいのであろうという意図が見えたから、懸念であろう僕という壁を一つ取り払ったまで…僕がモーガンであることをほぼ確実に知っているだろうと踏んでな。だが本心を隠し、アスターたちの好意を無下にするともいえるような方向で好きにしろと言った覚えも意味合いも、僕のあの発言にはない」


ドミニクの言葉を聞いていたシルヴェスターは、最初からそれを言ってやればよかったじゃないかと思ったが、気が立っている彼の巻き添えになりたくはないと口を噤んだ。軽く隣を見ればシャーリーも同じようなことを思っていたようで、じっとりとした視線がドミニクに突き刺さっている。だがそんなことはお構いなしに苛々と話すドミニクは、もちろんそんな視線の事など気が付いていない。理不尽とも言えるような論理を立て並べられているラルフはドミニクの剣幕にたじたじで、そんなことを言われているとは考えもつかなかったとばかりに目を見開いている。


「いいか、もう一度だけ、貴様にもわかりやすい様に言ってやる。貴様がこの輪に加わりたいと望むことも実際に加わることも好きにすればいい。だがあそこまで喋って同情を煽っておきながら、本当にやりたいことを隠すことでアスターやリリアを悲しませるのは許さん」

「そんな横暴な…」

「うるさい。少しでも友人を作る事を期待してここに来たのであれば、アスターとリリアが許している以上それを隠すことほど馬鹿らしいことも無い」

「落ち着いてドム、ほらミルクティー飲んで飲んで…ごめんねラルフ、ドミニクはちょっとばかり恥ずかしがり屋で、あれは彼なりにここに来ていいよって言ってるんだ」

「おいアスター恥ずかしがり屋は余計だ」


なかなかに無理やりで理不尽な理論を展開し続けるドミニクに一瞬だけ反論したラルフだったが、それすらも苛々とし通しのドミニクに一蹴されて困惑しきりである。そんな彼を気の毒に思ったアスターが助け舟を出し、それにも噛みついてくるドミニクをなだめながら言葉を続けた。ドミニクもアスターが話し始めたのを邪魔する気はないようで、大人しくミルクティーに口をつけ始める。


「まあ、あたしとしても本音を出して欲しいとは思ってるよ。だって君明らかに、とどのつまりは友達が欲しいんだって言いたそうなことばかり話してるし。君の秘密だったことを聞き出す形になっちゃったのは謝るよ、でもね、ドミニクの言う通りお家に縛られ過ぎて自分のやりたいことを抑え込み続けるのは辛いんじゃない?あのフィリップスとベネットだって、ちゃんと君の事友人として見てるだろうし、そう思ってるのは彼らがかわいそうだと思うよ」

「…そうかな」

「そうだよ。でなきゃ彼らの性格だしもっと冷たくあしらわれるんじゃない?追い付いて来れない人の事を気に掛けるような奴らじゃないでしょ。でもそうじゃなくてちゃんと君の注意とかを正面から聞いてる。その態度がどうであれ、それが君をある程度友人として信頼してる証明じゃないかな」


幼子をなだめるような口調でそう言ったアスターは、言い切った後に淡く微笑んで見せる。


「でも…やっぱり寿命の事考えると君たちでもおいそれと友達になってくれなんて言えないよ」

「えー?寿命が短いって悲しんでるぐらいなら、むしろ今のうちに色々楽しまなきゃ!他の人の心を気遣えるのはすごくいい事だと思うけど、僕たちが君に対して悲しんであげることは出来ても君は死んじゃったらそこで終わりだよ?他の人のことは一旦置いといて、自分のために行動しなきゃダメだよ」


ね、とアスターが明るく同意を求めるように他を見れば、リリアがそれに笑顔で賛同し、シルヴェスターとシャーリーも頷いてそれに応えた。ドミニクはまだ気が立っているのか腕を組んだまま余所を向いているが、はっきりと意見を言うタイプの彼としては反応無しというのも同意に等しい。それまで力のない微笑みばかりを浮かべていたラルフは、初めて泣きそうな歪んだ顔を見せた。


「いいのかなあ」

「いいんだよ、少なくともここの五人は君を拒まない」

「あのお馬鹿たちとまともに話せる人が友達になるなんて、むしろ心強いわ!」

「ああ、それは言えてるな。アイツらに絡まれること程面倒な事はない」


弱弱しく吐き出された、期待をどこか滲ませる不安の声に、力強い肯定が返される。軽口のようにポンポンと飛び出す言葉に、今度こそラルフは泣き笑いを見せた。心の底からの笑顔に、アスターたちは互いに頷いて満足そうに微笑んだ。




 あの一件から、五人は時々六人になるようになった。同室のジェフリーとサイモンとも関係がより良くなったようで、学校内で所謂友人としての絡みを見せるようにもなっていた。時折シルヴェスターたちの輪に加わる時は、リリアとシルヴェスターの言葉を真に受けたのか、ジェフリーたちが彼らに対して良からぬことを企んでいる時が多かった。


「ねえラルフ、確かに味方になって心強いとは言ったけど、あなたがそんなに気にする必要はないのよ。いつでも来ていいんだから」

「ううん、これは僕から君たちへのお礼も兼ねてだよ。それに僕が来たい時に来てるんだ!」


リリアが一度それを心配して声を掛けたものの、返って来たのはむしろずっと明るくなった笑顔と元が控えめな彼らしいお礼という理由だった。ならば構わないかと、五人も特に何の気兼ねも無く彼を受け入れている。唯一、時折ではあるがドミニクがラルフを見ると不機嫌になる事もあったが、これについては訳知り顔のリリアに隠されてしまったので、シルヴェスター、アスター、シャーリーの三人は訳も分からずに首を傾げるばかりだった。くすくすと笑いながらはぐらかすリリアはとても楽しそうで、その隣で笑われているドミニクは顔を赤くしながら仏頂面をしていたのが対照的であった。原因であるラルフも理由は知っている様で、苦笑いをしながらも時折悪戯っ子のようにドミニクに何かを囁いては、怒りを露わにして追いかける彼から足早に逃げて行ったりもした。何だろう、と三人の会議が行われもしたが、数日するといつの間にかシャーリーもリリア側に行ってしまい、特にアスターが益々不思議そうにするばかりだ。


「ねー何なの?ずっとヒソヒソしてずるい、あたしにも教えてよー」

「ダメよアスター、あなたに言ってしまったら面白くないもの」

「ケチ!シャーリー!」

「…遠慮するよ、私も命は惜しい」

「えっ何それどういうこと…?」


にっこりといい笑顔を浮かべるリリアと、その隣で曖昧に口角だけを上げてみせるシャーリーは全く言う気が無さそうだ。アスターは暫くむっすりとした顔でいたが、それもその日の夕食までには霧散し、いつもと変わらない顔でリリアと授業の話をしていた。

 女性陣がこのようなふわっとした攻防を繰り広げている一方、ドミニクの同室であるシルヴェスターはというとそれに関して不思議には思ったものの、そこまで深く探りを入れることはしなかった。ただ、ドミニクが時折ラルフに大して向ける嫌悪の意味を彼が察していない事には、ラルフが驚きの声を上げた。


「何だその顔は」

「いや…勝手に君はそういう人の機微とかに敏感だと思ってたから」

「…」


そんな彼の言葉を挑発と受け取ったシルヴェスターは、その日のうちからドミニクの観察を始めた。どの道同室であるドミニクとは毎日顔を合わせるので、付け回さずとも様子は簡単に伺うことが出来る。同時にほとんどの時間を過ごすのも彼だったため、見る時間は有り余る程にあった。

 観察を始めて数日、踏み込んでもないのにまあ出るわ出るわとシルヴェスターは驚きを通り越して半目になった。むしろ、よく今まで気付かなかったものだと言う程にはドミニクはあからさまだった。何がとは、ドミニクのアスターに対する心情である。率先してアスターの傍にあり、跳ねるボールの様なアスターを親愛と言うにはあまりにも熱量の大きい視線で見守っている。授業でサラマンダー寮とウンディーネ寮とが合同の際にペアを作れ、と指示されれば当たり前のようにアスターの隣を陣取っている。彼女にかける言葉こそ皮肉った物言いである事も多いが、その行動はどこまでも紳士的だった。それらを見て、ふとシルヴェスターは考えついたことがあった。今まで気づかなかった理由として、その行動が初期からあまりにも定着していたからでは無いかと思ったのだ。だからこそ、『友人』としての意識が強かった分、先入観によって思いつきもしなかったのでは無いかと。その感情を向けられているアスター本人も、恐らく早くから刷り込みの様にその対応が定着したために気付きもしなかったと仮定付けた。なお、この考察は誰よりもドミニクといる時間が長かったはずの彼が全く気付かなかった事への負け惜しみが多分に含まれているが。

 そう考えた翌日、ちょうど良い具合に飛行術で合同授業だったためシルヴェスターはさっさとリリアと組んだ。いつも後からあぶれていそうな相手を探す彼にしては珍しい、とリリアは笑う。今日は箒で宙に浮かぶ時間を伸ばすための訓練であるため、他のペアと接触する必要が無い。ふわふわと浮かびながらシルヴェスターはリリアに声をかけた。


「聞きたいことがあるんだが」

「ああ、それで。アスターとドムの事ね?」

「流石だな、察しが早い」


聞きたいこと、と濁したのにその内容を言い当ててしまった幼馴染に、内心舌を巻いた。その勘の良さは一体どこで育ったのか…と考えかけて、慌てて思考回路を戻す。リリアはアスターの妹とは思えないほど勘が良いのだ。


「リリア、君はいつから気付いてたんだ?」

「そうね…はっきりとはしないけど、強いて言うなら前の夏にお泊まりしようって計画を立てた頃に確信したわ。ドムったら表情は変えないようにするのが得意なんだもの」


確信、という事はその前には既に予測はしていた訳である。その口振りに相当前から可能性を考えていたようだ───ドミニクがアスターを恋愛的な意味で好きだと。


「妹の君から見てどうだ、お相手として」

「いいんじゃないかしら、バランスは良さそうだもの。アスターもきっと深層的な部分でドムの事をそういう意味で好きだと思うわ、時々彼の事ですっごく可愛く照れてるもの。でもきっと道程は長いわね!主に自覚が遅い鈍感なアスターのせいで」


かわいそうなドム、と言葉とは裏腹にそれ程心配していない明るさでリリアは言う。幼馴染ゆえにアスターの性格をよく知っているシルヴェスターは確かに、とそれに同意して少し遠くで浮いている二人を盗み見た。感覚で物事を掴むのが得意なアスターは先生に見つからない程度に高く浮いては一気に落ちる遊びをしていて、ドミニクが呆れながらも優しくそれを見ている。その隣、こちらは何をするでも無く大人しく浮いているラルフとシャーリーのペアも丁度リリアとシルヴェスターのいる方を見ていて、目が合った四人でひっそりと微笑みを交わした。




 あっという間に日々は過ぎ去り、いつの間にか冬本番となっていた。年越しの一週間前からウィンターホリデー期間として多くの生徒が一時帰宅し、学校は普段に比べて閑散としていた。例の五人も一年生と二年生の冬は帰宅していたが、今年は学校に留まることにした様でいつも通りに集まっていた。友達と年を越してみたい、というアスターとリリアに他の三人が賛同した結果である。


「すごい、本当に誰もいないね!」

「今年はほとんど誰も残っていないそうよ、私たちと、あと五人くらい」


現在職員室へと移動していた五人は、いつもの生徒で溢れかえった廊下とは見違えるような光景に物珍しさを感じ、辺りを見回しながら進んでいた。というのも、今回のホリデー期間を五人全員がティターニア寮で過ごしてもいいかを打診しに行くのが目的で、普段は完全に一人きりの寮で生活しているシャーリーがぽろっと溢した言葉から決まったものである。他の寮は賑やかなんだな、と何とはなしに呟いた彼女にその事実を急に思い出した四人の顔は悲壮そのもので、それを見たシャーリーが反対に心配するほどに彼らは落ち込んだのだ。そして、ならばシャーリーの寮にホリデーの間だけでも泊まりに行くことが出来れば、というシルヴェスターの言葉を拾ったドミニクとアスターが俄然やる気となったことでそれまでいた大広間を飛び出し、現在に至る。

 職員室に到着した彼らは顔を合わせて頷き、代表でドミニクがその扉を叩いた。少しして出てきたのは、偶然にもティターニア寮の寮監を務める教師だった。ティターニア寮の寮監は初め誰とも決まっておらず、一時的に副校長が受け持っていたが、シャーリーが入学した少し後に天文学を受け持つ教師が割り当てられることとなった。それが今目の前に立っている彼であり、エリオット先生と呼ばれて生徒に慕われているこの男は、穏やかな性格で見た目も整っているため人気が高い。ただし彼の来ている服は若干着古された見た目のものが多く、持ち物も同じものをずっと使っている。寮の生徒であるシャーリーから言わせると、良く言えば物持ちがいい倹約家、悪く言えばケチの貧乏性と厳しい評価である。それも実際貧乏であると大っぴらに言っている彼であれば仕方ない事なのかもしれない。


「やあ君たちか。どうしたんだい?」

「こんにちはエリオット先生。実は許可をいただきたくて」

「許可?聞くのは私でいいかい?」


寮を超えて仲のいい様子を見せる五人は入学当初から教師たちの間でも有名であり、君たちかと纏められるくらいには馴染んでいる。優等生としても名高い彼らが突然やって来たのに加えて、ドミニクが言った許可とやらが一体何なのかと、人好きのする顔の彼がきょとん目を開けて首を傾げた。純真にも見える彼の一方で、この人相手であれば許可をもぎ取るのは容易いと踏んだドミニクはそのまま話始める。今とてもいい笑顔を浮かべているドミニクは、貴族の会合なんかで大人のアレコレに揉まれたおかげで強かだ。


「ええ…僕たち、ホリデーの間ティターニア寮に泊まりたくて」

「そういうことか、そうだなー、本来はそういう外泊って四年生からの許可なんだけど…」

「お願いします先生、シャーリーにも本当の寮生活っていうのを感じて欲しくて…」

「だって聞いてくださいよ、シャーリーついさっき他の寮は賑やかなんだって言ったんですよ!学校での寮生活で他の人に囲まれたりしないなんてそんなのつまんない」


許可を願うドミニクの背後から援護射撃のようにエドワーズ姉妹がそう言い、シャーリーが大いに慌てた。二人が言ったことは寮を見守ってくれている彼の事を責めるようなニュアンスに聞こえてしまうのではないかと思ったシャーリーは、しかしすぐ隣にいたシルヴェスターに腕を掴まれて異様に物々しく首を振られたので、撤回の言葉を口の中に収めて大人しくなる。しかし若干の気まずさと恥ずかしさから視線を合わせに行くことは出来ず、床を眺めるばかりとなった。エリオットはというと思案顔で顎に指をあてていたが、姉妹の言うことは自分でも思っていたことだと満足そうに笑った。


「そっか。そうだね、君たちの言う通りだ。それを経験する権利がナイトレイにはある…僕からレインウォーター教授とアシュリー教授に伝えておくよ。ただし、学校が始まったらちゃんとそれぞれの寮に帰る事。いいね?」


エリオットの言葉に姉妹が歓声を上げてシャーリーに抱き着き、ドミニクとシルヴェスターはしきりにお礼を言った。レインウォーター、アシュリーとは、それぞれウンディーネ寮とサラマンダー寮の寮監であり、特にアシュリーは生徒の間でも厳しい先生として有名だったためドミニクはそこが懸念点だった。しかし一番初めにエリオットに出会うことで問題なく宿泊の権利を取ることが出来たので、ほっと胸をなでおろす思いだった。最終的に四人に囲まれて少しだけ困った様子で見上げてきたシャーリーに、エリオットはぜひ楽しんで、と微笑んだ。




宿泊が決まったとなれば、まずは移動のための荷支度である。一度サラマンダー寮とウンディーネ寮で別れ、シャーリーは双子についてサラマンダー寮を訪れていた。彼女が寮に入ると、寮の象徴サラマンダーらしく暖かい色合いの内装に出迎えられる。初めて他の寮を見たシャーリーが物珍しそうに談話室を見回すのを、アスターとリリアはにこにこと見ている。


「いい部屋だ…ソファなんか深い赤で美しい」

「いいでしょー、座ってみて、すごく落ち着くんだよ」


アスターに促されるままにソファに落ち着いたシャーリーは、ほっとしたように表情を緩めて身を預けた。その様子を見て今のうちにと思った二人が部屋へ駆けていくのを見送り、シャーリーは改めて部屋を見渡した。常に絶えないと聞いた暖炉で火が爆ぜるのを見ていると、ふと視線の端に何かが現れるのが見えた。緩慢かんまんに首を振って見てみると、そこには一羽の真っ黒な兎が座っていた。その瞳は赤く、燃えるような煌めきを称えている。しかしその背には透き通る様な羽があり、それがただの兎ではない事を示している。ぴょこぴょこと跳ねてシャーリーの足元まで来ると、後ろ足で伸び上がる様に立つ。


「我が寮へようこそ、我らが太陽の娘」

「ああ、邪魔している。ここではその呼び方でなく名前で頼みたい」

「かしこまりましたシャーリー様」


うやうやしい態度で挨拶をした兎はその前足を振り、シャーリーの目の前に一客のカップを出現させた。その中には真っ赤な紅茶が満たされ、たぷんと音を立てて揺れている。それを受け取り、温度を確認しつつ少し口をつけた。


「ここの寮母は君だったか。他には?」

「はい、同族があと三羽おります」

「そうか。とてもいい寮だ、よく整えられている」

「有り難きお言葉…」


寮を褒められた事に兎は喜び、耳をぴんと立てて深々とお辞儀をした。そこへバタバタと近付いてくる音に気付き、兎は再び一礼してしゅるんとその場から姿を消した。何事もなかったかのように紅茶を飲んでいるシャーリーのもとへ、急いで荷物をまとめたらしいアスターとリリアが息を弾ませながら戻ってくる。


「お待たせシャーリー!あれ、紅茶」

「ああ、ここの寮母殿に淹れてもらったんだ」

「寮母?」

「…なんでもない。荷物がまとまったのなら行こうか」


シャーリーは暖炉の上に空になったティーカップを置き、傍に砂糖菓子を四個置いてその場を離れた。重たそうに荷物を抱える二人を時折支えながら歩いていくと、大広間の前にドミニクとシルヴェスターがいるのが見えた。ウンディーネ寮の二人も既に支度を終えて待っていたようで、双子とシャーリーは慌ててそこへ駆け寄る。重いものを持ちながら小走りをしたことでぜえはあと息が忙しない二人を、男子二人がいたわるように背を擦って落ち着けてやる。


「そんな慌てなくとも、僕たちはいなくならないぞ」

「いやあ、だって、待たせちゃって、ごめんて、」

「とりあえず落ち着け、ほら荷物は下に置いてしまえ」


腕を振るわせながら荷物を持ち続ける二人に、シルヴェスターが一度置くように促せばなかなかの重量を思わせる音と共に荷物が床に置かれた。一体何がそこに入っているのかと不思議に思う男子二人はしかしそれを口に出さず、早くも疲労困憊の女子二人を労わることにした。

 数分経って落ち着いたアスターとリリアに、それならばと男子二人と女子二人それぞれの荷物を交換することにして、ようやくティターニア寮へ向かうことにした。シャーリーを先頭に進む一行は、まるで引率の教授とその生徒である。


「そういえばどこにあるの?ティターニア寮」

「ああ…普段は寮全体に認識阻害呪文が掛けられているから気付く人はそうそういない。寮生の私、寮監のエリオット先生、他何人か特別な人は正確に把握しているけど」

「へえ…」


それを聞いたシルヴェスターは、一年生の頃に一度だけ寮の前まで行ったことがあるのを思い出した。随分と入り組んだ場所にある寮を思い浮かべ、あれでは認識阻害呪文が無くても見つけられないのではないかとも思う。それほど普段生活している分には気付くことのない場所に入り口があるのだ。やがてその入り口的な場所に着いた。


「ここから入る」

「えっ、狭っ」

「入ってみればそんなことはない」


そういってただの隙間のようなそこへするりと入っていったシャーリーを見て、慌ててアスターが次に続く。目で見る分にはその隙間はとても狭く、大人が辛うじて一人通れるのではないかという程度にしか見えない。だがシャーリーの言ったことは正しく、入ってみれば普通の廊下程度には広さが取られた道が目の前に現れた。シルヴェスターは始め見たときは曲がり角だと認識していたが、あれはその時だけ本来の見え方をしていたのではないかと考えながら、一番最後に隙間を潜り抜けた。人数が揃っているかをシャーリーは一度確認し、奥へと進んでいく。曲がりくねった廊下は覚えなければ走ることも出来なさそうなくらい曲がり角が多く、ティターニア寮の象徴である紫の装飾が徐々に増えていく。そんな場所を抜ければ、あの宮殿のような広すぎる廊下が目前に広がった。


「うわぁ…!」

「すごいわ、光も紫ね!」

「これは…王宮といっても過言じゃないくらいだぞ…」


現在は昼間だが前回シルヴェスターが来た時ほどの光は無く、ここが月光を拾うための造りをしている事が分かる。そんな五人が横並びで歩いても余るほどの廊下を進めば、突き当りには豪奢ごうしゃな扉が待ち構えていた。見上げるほどに大きな扉に圧倒されたアスターがぽかんと口を開けて凝視するのを、ドミニクが苦笑いしながら口を抑えた。


「どう入るんだ?前は開けることなく通り抜けていたが…」

「あれは寮生と寮監にしかできない。客人が来る時の開け方があるんだ」


シルヴェスターの疑問にシャーリーが応え、少し後ろへ下がる様に言う。言われたとおりに四人は扉から距離を取ったのを見計らって、シャーリーはあの美しいセプターをその手に呼び出すと、くるっと回して床を突いた。カァン、と硬質なものがぶつかる音が、高い天井に響き渡る。


「〈我が寮の母ティターニア、友のお目通りをその寛大な御心の下に許し給へ〉」


歌うように告げると、セプターに埋め込まれた宝石たちが眩く光を放った。その光はやがて宝石を飛び出し、扉に吸収されて複雑な文様を創り出した。ふわりと暖かな風と共に、その巨大で豪奢な扉は音もせずに開いて客を招く。呆気にとられた四人に気づかず入ろうとしたシャーリーは、動く気配のない後ろを振り向いた。そして全く同じ表情を浮かべているのを見て小さく笑い、早く入る様に急かしたのだった。

 中に入ると、扉が自動的に閉まる。促されて奥へ進んだ彼らは、談話室で再び口をあんぐりと開けることとなった。驚きの連続であるらしい友人たちを、今度は急かすことなくソファに座ったシャーリーは彼らの満足するまでを眺めることにした。談話室はやはり紫が基調となっており、サブカラーは黒、アクセントとして燻したようなくぐもった金色が使われている。派手なようで非常にシックな組み合わせの色遣いは高級さ、優美さ、上流階級を思わせる。天井からはたっぷりとした布の幕が張られ、天蓋ベッドを部屋にしたような見た目をしていた。そしてやはり窓は薄紫がメインのステンドグラスだ。


「すっ…ごい…言葉が出ないや、すごいしか出てこない」

「何ここ…本当に女王様が居そうだわ、ティターニアって確かに昔々の妖精界の女王様だったけどそういうことなのかしら」

「そうかもしれないな…シャーリーはずっとここで一人いたのか」

「はあ、恐ろしいなこれは…ウンディーネ寮も比較的貴族階級の生徒が多いから上品さをコンセプトにしていると聞いたが、これはまさしく王族の部屋だな」


口々に感想を言い合いながら談話室を見学して回る友人たちを、シャーリーは紅茶の準備をしながら待った。自分の寮に自分以外がいることがとても新鮮で、彼女も分かりにくいながら興奮していた。その証拠に、いつもなら面倒がって魔法で支度してしまうところを、今は手作業でやっていたのだ。

 一頻り部屋を見終えたらしい四人が戻ってきて、促されるままにソファに腰を下ろした。タイミングよく淹れ終わった紅茶が全員の前に並べられ、アスターが鞄から二種類程度のお菓子を取り出したことでそのままティータイムに突入する。


「本当に広いな、置いてある家具も一級品だし」

「気に入ったならよかった。少し休憩したら部屋に案内しよう」

「楽しみ!あ、そのクッキーは紅茶の茶葉を混ぜ込んでみたんだ。牛乳もミルクティーにして入れてみたんだけどどう?」

「へえ…うん、とても美味しい」


これ、と言うように指さされたクッキーを一枚つまみ上げ、さくっと音を立てて食べるシャーリーはとても上品だ。座っている一人がけのソファや磨かれた黒檀のローテーブルなども相俟あいまってやんごとない身分の者に見える彼女に、四人はそっと注目していた。暫くはクッキーと紅茶を楽しんでいたシャーリーだが、やがてその視線に気付くと、ことりと首を傾げた。


「どうした?」

「いや…すごい、なんか、高貴な人みたいだなって」

「私もそう思うわ。ドムもそうだけど、シャーリーもとっても育ちが良いお嬢様みたいっていつも思うわ、指先まで動きが綺麗なんだもの」

「同感だ、実は貴族だったって今言われてもあまり驚かない自信がある」

「でも今までパーティーじゃ君を見た事がないからな…たまに君が本当は何者だか知りたくなるよ」

「そんな大層なもんじゃないよ…」


他愛のない話をしながらお菓子を摘まみ、ティーカップを傾けていると、談話室の一角にあった振り子時計が鳴り響いた。同時に鐘の音も鳴り、一般の振り子時計が告げる時報よりも華やかだ。四回鳴って止まったのを聞いて、もうそんな時間かと口々に言い合う。丁度最後のクッキーをリリアが食べたところで、シャーリーが指を一つ鳴らしてローテーブルの上を綺麗に片付けた。それがあまりにも一瞬で、四人は驚きを隠せずに目を見開いた。声すら出ない三人の代わりにドミニクがそれを言及する。


「驚いた…君はそんなことが出来るのか。それ妖精の魔法だろう、しかも魔法使いクラスの六年生が習う魔法だ」

「あっ」


やった後に自分がしたことに気が付いたのか、しまったという顔を浮かべたシャーリーは視線を泳がせた。あちこちに視線を彷徨さまよわせ、最後にうつむきがちに四人の方へ視線を戻すとおずおずと口を開く。


「あー…その、どうやらこの寮は魔法使いクラスの者ばかりだったようで、この寮のちょっとした書庫は妖精の魔法について書かれたものが多いんだ。それで、ほら…はじめ私は友人がいなかったから暇で、時間潰しに読んでたら、その、できたものだから…」


ところどころ言いよどみながら言葉を連ねるシャーリーは、どうやら責められているか好奇の目を向けられていると勘違いしたらしい。必死に言い訳をする彼女に、四人はくすりと笑った。


「やだシャーリー、私たちは貴女がとても優秀なことに驚いただけよ」

「そーそ!ごめんて、そんな叱られた子みたいにならないで」


そうリリアとアスターが言い、それに頷きでシルヴェスターとドミニクも同意を示した。それを見てあからさまにほっとしたように緊張を解いたシャーリーに、アスターがダイブするように抱き着いて頭をひたすらに撫で回した。彼女の綺麗に整えられたホワイトブロンドがそれによって幾らか崩れたが、シャーリーは年相応に微笑んでそれを受け入れていた。




 その後シャーリーは四人それぞれに部屋を案内したが、ここでも一部屋が豪華すぎるとひと騒ぎあった。わいわいと言いながら荷物を置いて、ついでだからとシャーリーの部屋に案内してもらった四人は今日何回目か分からない驚きの顔をそこですることとなる。


「ひえ…お姫様どころか女王様の部屋だ…」

「ここは本来寮長が使う部屋だったらしい…けど、今誰もいないからせっかくだし使ったらって先生が言うもので」

「寮長か…それにしたって豪華すぎる」


四人が騒ぐのも無理はない。この部屋はシルヴェスターたちの荷物を置いた部屋の二倍くらいはあろう広さを誇り、勉強をするために使う机はまるで貴族の書斎に置いてあるような凝った品だ。クローゼット、ドレッサー、談話室にあったようなソファにローテーブル、どれも美しい調度品のようだった。しかしなにより目を惹いたのはあまりに大きな天蓋ベッドだ。黒の薄いレースカーテンが何重にも引かれ、一番外側にはティターニア寮を象徴する深い紫色に金糸で花が描かれている厚手のカーテンが取り付けられている。


「ねえ、ベッドこれだけ広いならみんなで寝てみたいな」

「ああ…私は構わないけれど」

「みんなって、僕たちもか」

「そうだよ?」


何言ってるのと言いたげに首を傾げるアスターに、流石のシャーリーも苦笑いを禁じ得ない。リリアが呆れた様に溜息をついたが、まあいいのではないかと止める気配もない。ドミニクが助けを求めるようにシルヴェスターを見たが、物凄く分かりづらくにやりとしたのを見てドミニクの眉間に皺が寄る。


「いいんじゃないか?」

「おいっスライ!」

「ドムは嫌なの…?」

「いやっちが、違うんだアスター…ああ…もういいか…」


シルヴェスターの発言を咎めるドミニクにアスターはとても悲しげな表情を見せた。実はドミニクの心中を知っているのではないかという程に罪悪感を誘う顔で、しかしこれが天然なのだから尚の事たちが悪い。嫌ではないがそうではないと否定しようとしたドミニクは途中で説得を諦めた。途端に綻ぶように笑うアスターに、これは天然でなく無自覚な小悪魔だと察したシルヴェスター、リリア、シャーリーは互いに目配せをして遠い目をした。その心の中で思うことは、三人とも同じくドミニクへの労いである。

 夕食は大広間で済ませ、寮へ戻って来た五人は早々に風呂も済ませてしまった。その後ドミニクの希望で少しだけ書庫へ入ったが、かなり寒くて結局逃げかえる様にシャーリーの部屋へと戻って来た。余程天蓋ベッドが気になっていたのかあっという間に乗り上げたアスターに続き、他の四人もベッドへ上がる。子供が五人入っても問題ない広さのベッドに、他寮の生徒である四人は感動しきりだ。


「黒いシーツだ…なんかかっこいい」

「ふふ」

「シャーリー、外側のカーテンに描かれてる花は何なんだ?あまり見慣れないが」

「月下美人。寮のシンボルフラワーだね、他の寮にもあるように」

「ああ…ウンディーネは睡蓮だな」

「サラマンダーは薔薇ね。月下美人なんて、名前も綺麗だわ」


アスターがカーテンを閉めてもいいかと尋ねると、シャーリーがティータイムの時のように指を一つ鳴らしてそれらを閉めた。途端に狭い空間と化したベッドの上で、見慣れないその様子に四人は感嘆の声を上げた。やがて遠くから振り子時計が十一回なるのを聞いた五人は、そろそろ寝ようと横になる。リリア、シルヴェスター、シャーリー、ドミニク、アスターの順に並んで寝転がったが、ドミニクが若干気まずそうにシャーリーの方を向いてきた。アスターは気にも留めていないのかどうなのか、そんなドミニクの背にくっつくとまではいかずとも程近い。


「シャーリー…」

「…助けを求められても困る。もういっそ開き直ればいいんじゃないか…あとはせいぜい天井を見詰めておいたらいい」


この相談の声は非常に小さく、アスターにもシルヴェスターにも聞こえていない。そんなか細い助けの声に思わず笑ったシャーリーは、ドミニクからしてみれば無情にもそんな言葉を返した。2人がひそひそと話している様子からシルヴェスターとその奥にいるリリアは何事かを察した様で、くつくつと笑うばかりだ。そんな彼らに少しむっとしたドミニクだったが、早々に眠気に負けたアスターの寝息が聞こえてくるころには本当に開き直ったようで、シャーリとは反対側に体を向けていた。

 そんなこんなで過ぎ去っていったウィンターホリデーは、ドミニクの心が散々かき乱された以外は実に穏やかな日々だった。とある日に寒かったからなのかドミニクを完全に抱き枕のように抱え込んで寝ていたアスターと、その腕の中で真っ赤になりながらも起こすまいと耐えているドミニクを発見した時は先に静かにベッドから退場した三人だったが、その時ほど彼に同情した時は無いと言っても過言ではない。何故先に行ってしまったのかと文句をいうアスターの後ろで、耳に赤い名残を見せながらも真顔を取り繕っていたドミニクの様子は今しばらく三人の心から消えることはなさそうだ。




 ホリデーが終わり、生徒たちが戻ってくるころには三年生の間の空気が勉強一色になった。試験は六月の始まりだが、過去三年間の勉強範囲を復習しようとすれば膨大な量である。これまで以上に授業に集中して取り組む生徒が増えていたが、あのサラマンダー寮の問題児二人組は変わることも無く気に入らない者への突撃や悪質な悪戯を繰り返した。なまじ勉強が出来るためあまり真剣に勉強に取り組むことをしない二人は、ラルフに止められながら反省する素振りを見せもしなかった。勉強している相手にちょっかいを出しているところを咎められよう物なら、二人してこう返すのだ。


「勉強なんて、ちょっと教科書読めばすぐわかるじゃないか!」


これに怒りを示したのはリリアである。リリアも成績優秀な生徒だが、どちらかと言えばシルヴェスターやラルフと同様に努力が必要なタイプの人間だ。ちょっかいを咎めたのは例に漏れずラルフだったが、ある時にそのラルフがふらふらとやってきてジェフリーとサイモンの言い放った言葉を愚痴り、それを聞いたリリアはラルフに暫く自分たちといるように言った。怒りを隠しもせずにラルフの腕を引いて現れたリリアに、空き教室で勉強会を開いていたいつものメンバーは何となく事の顛末てんまつを察して無言で彼のために椅子を引いてやった。あの二人の行動は少なくとも学年の間では有名であり、悪事であれば些細なことでも共有されるために四人も知っていたのだ。


「お前、むしろ今まで良くあの馬鹿どもと一緒にいたな」

「いやあ、なんか皆に勉強中だからってあしらわれるのが気に食わないみたいでどんどんエスカレートするからさ…一応僕がストッパー役だしなあと思って」

「でも勉強ものすごく頑張って二人と一緒にいるリーにあんなこと言うなんて!」

「はは…」


曖昧に笑うラルフの顔には疲れが滲んでおり、如何に彼らの暴れ具合が酷いかを物語っている。リリアも未だ怒りの冷めやらぬ様子で、一度休憩を兼ねてお茶にしようとシャーリーはアスターと共にいそいそ紅茶の用意をするのだった。

 そうしてラルフも五人に加わって勉強会を開くようになったが、唯一二人を止めていたラルフが傍にいなくなったのが更に彼らの行動に火を注いだようだった。毎日のように起こる問題行動の共有に、六人は顔を合わせて溜息を吐くばかりだ。どこまでも自分本位で気の赴くままに行動する二人は、いつしか学年のなかでもサラマンダー寮のなかでも浮いた存在になっていた。


「どうしてアイツらはあんなに毎日毎日…良く疲れないものだな」

「うーん…というよりかは、誰にも構われなくて気が立ってるんだろうね」

「年齢一桁の子供じゃあるまいし」

「それが彼らはあり得るんだよ…今までは寮内じゃヒーロー扱いだったからね、何しろ勉強も箒も出来て、なんていうか人を惹き付ける要素が多かったんだよ。でももう周りも年齢が上がってきて、彼らの中身が物凄い子供だってことに気づいちゃったのさ」


シルヴェスターはラルフとこう話しながら、今は変身術の復習をしていた。手元にいるカナリアを懐中時計に変えるというお題が変身術の授業で出ており、これと似たような課題が期末の試験にも出るからよく練習するように、と言われたのだ。今までの変身術ではかなり優秀な成績を残していたシルヴェスターだが、どうにも動物を相手にするのは苦手らしい。ラルフはそもそも苦手な教科だということで、現在変身術が得意なシャーリーに見てもらいながら練習していた。アスターも得意だが、彼女はドミニクとリリアに古代ルーン文字学の復習をしていた。彼女は感覚派な分理論的な理解が必要となる学問はとことん苦手な傾向があり、うんうん唸りながら教科書を見返してはおまじないとして使われる文字並びを解読している。変身術組の二人が少しだけ羽根の残った懐中時計をうんざりしながら元に戻しつつ顔を上げて話していると、近くで監督しつつ国際魔法学の教科書を読み返していたシャーリーが声をかけてきた。


「こら」

「うっ」

「ご、ごめん…」

「…ふむ、少し長くやりすぎたか。疲れたろうし少し休憩しよう」


その言葉にやったあと歓声を上げながらラルフが座り、シルヴェスターも一息ついて隣に腰を下ろした。椅子ごと近づいてきたシャーリーに軽い進捗報告をしていると、遠くから何やら気配が近づいてきた。そういったものにさといシルヴェスターとアスターが反応し、それに気が付いて他のメンバーも何事かと顔を上げる。現在使用している空き教室は扉を閉めて使っていたが、その扉が派手な音を立てて乱暴に開かれた。


「ああ、こんな所にいたのかい僕の愛しい人!」

「何だってこんな所に溜まってんだよお前ら、まさかお勉強会とやらか?真面目ちゃんはちげぇなあ」


その正体はもちろんサラマンダーの二人、ジェフリーとサイモンだった。ジェフリーはリリアを見つけて機嫌よく声を上げたが、サイモンは明らかに嫌味たっぷりな言い方でにやにやと嫌な笑みを浮かべている。六人は一斉に眉を寄せたが、お構いなしに教室内へ入って来た二人はなぜか近くへ座って来た。


「ああリリア、愛しのエメラルド、どうかこんなところに居ないで僕とデートしないかい?今は天気がいいんだ、外にある花を見に行こうじゃないか!」

「嫌よ、私たち今勉強してるの。見て分からない?」

「なんだい勉強なんてしなくてもいいだろう?特に君は成績優秀、本番前にちょーっと復習するだけでいいじゃないか」

「生憎、貴方みたいにぱっと物事が覚えられたり、すぐに魔法を成功させられるほど私は天才じゃないの」

「なんてことだ、君に褒めてもらえるとは!今日はなんて良い日だ、さあ照れていないで僕の手を取って?きっと楽しませてみせるよ、天才の僕がね!」


リリアの隣を無理やり陣取ったジェフリーは矢継ぎ早に歯の浮くような芝居がかった台詞を並べ立て、言い返されてもすべて良い様に解釈して更に迫った。一方でサイモンはわざわざシルヴェスターの前に仁王立ちになり、何も言わずにやにやと見下ろしてくる。シルヴェスターはそれに何も言わず睨みつけ、一触即発の様相だ。何も言わないままのサイモンを内心気味が悪く思ったシルヴェスターは、そんな沈黙に負けて遂に口を開いた。


「何の用だ、ただ突っ立っていても何も分からないが。口の利き方を忘れたか魔法界の王族とやら」

「はっ、言ってくれるじゃねえかグリフィスの隠し子サマよ。オレはちっとも魔法が成功しねえ憐れな野郎にちょーっとばかりアドバイスってヤツをしに来ただけだ、リーと一緒にいるお前なんかついでだついで、今見てやってるんだからありがたく感謝しろよ」

「結構だ。面白半分に見下す下郎は勉強の邪魔にしかならないから去ってくれ。どうせそのアドバイスとやらも僕たちには意味の無いものばかりだろう、そもそも頼んでもない事を押し付けて来るな」


バチバチと言葉の応酬をする二人に、ラルフはどうしたら良いか思いつかずに視線を彷徨わせた。何か口を挟もうとすれば庇うようにシルヴェスターの腕が前に伸びてきたので、そういう理由もあり大人しくしていた。同様の理由でシャーリーもその様子をただ見るだけと相成った。向こうでは変わらずリリアがうすら寒いとばかりに顔を顰めて、ジェフリーのマシンガントークに耳を塞いでいる。ほのぼのとしていた勉強の時間は霧散し、さながら地獄の様相を呈していた。


「ああっもう!うんっざりだよ!!」


バンッ!と叩きつける音と共に、絶叫が響いた。思わず口を開いていた者は閉ざし、様子見をせざるを得なかった者はその声に弾かれる様に振り向いた。声の主はアスターで、勢いよく立ち上がった為に彼女の座っていた椅子は大きな音を立てて倒れた。わなわなと震えるアスターの表情は、いつもの穏やかな笑い顔とは程遠い。ぎゅっと眉を吊り上げた彼女は、驚いた様子で止まっていた問題児二人に向けて口を開いた。


「どうして君たちはそんなに人の話を聞かないの!?フィリップス、リリアがあんなに嫌がっているのがどうして見えないんだ!?それとも何、こうやって口説いてる自分カッコイイとか振られてもアタックしに行く自分カッコイイとかしか考えてないわけ?本当にそうなら君はリリアを好きなんじゃなくて自分が好きなんだよ、自分に酔ってるの!全く呆れちゃうね、格好悪いし、そんな事のためにあたしの可愛いリリアが被害に遭うのは許さない!」


まず食って掛かられたジェフリーは、飛び出てきた言葉の内容に面食らって口をパクパクと魚の様に動かすだけで何も言い返すことは無かった。その顔が徐々に真っ赤になっていくあたり、アスターの言葉が飛んだ見当違いというわけでもないらしい。不本意ながらジェフリーの隣にいたリリアもアスターの怒涛どとうの勢いに押され、ぽかんと口を開けたままである。怒り心頭といった様子で立ったままのアスターは、今度はぎんっという音がしそうな位の勢いでサイモンを睨みつけた。哀れなほどビクッと全身を震わせた彼の隣で、シルヴェスターもまたその剣幕に思わず肩を竦めた。


「ベネット、君は自分の事を天才だと思ってるように見えるけど、まあ実際に天才なのかもしれないし?そこは分かんないけど、それを鼻にかけて他の人を見下すのはだいぶ幼稚なんじゃないの?練習が必要な人もいるし、練習することで天才よりもずっとすごい魔法を発揮する人だっているはずだよ。それを何?君は教えてやるって言っておきながらちっとも勉強らしい言葉を言わない!むしろ邪魔なだけ。まあ君の場合は邪魔をしてるって自覚がありそうだけど、それを楽しんでるうちはいくら天才様でも幼稚なお子ちゃまとしか見られないからね!駄々っ子と一緒、他の人に迷惑を掛けちゃいけないってお家でもう一回ママとパパに教わってきたら?」


燃えるような怒気とは反対に凍るような冷たい緑色の瞳の眼差しが、言葉と共に射貫く様にサイモンに浴びせられる。こちらも勢いに押されて何も言えないのか、面白くないと言いたげな表情ではあるものの、反撃の姿勢を見せない。思わず後ずさったシルヴェスターはラルフに背中を受け止められ、ハッとしたように我に返ってから椅子に座りなおした。その頬は少しだけ赤く、気まずそうな様子である。それを苦笑いしながらラルフが背を擦った。


「本当にどうかしてる、何でここに来たわけ?お坊ちゃんなんでしょ、身の振り方くらい親に教わって来ないの?あたし全然貴族じゃないけどそんな事当たり前って思うくらいには教えてもらってるよ!もう勘弁してよ!邪魔なの!」


サイモンへの言葉では多少落ち着いてきたように見えたアスターだが、再びヒートアップしてきていた。言葉も短く、まるで泣き叫ぶような声で全身を使って怒鳴る彼女を、ドミニクがそっと止めた。彼の手で視界を覆われたアスターは驚いたようだったが、大人しく口を閉ざした。代わりだと言わんばかりに、今度はドミニクが口を開く。


「二人の精神年齢が幼児以下なのは今さっきの行動でようく分かったから、優しい言葉で言って差し上げようお坊ちゃんたち。これ以上おいたが過ぎるなら、今まで目をつぶってきた事も、僕たち以外の同級生や後輩にしていた事も含めて、君たちの全ての所業を先生たちに告発する。ああ、僕たちに隠れてシャーリーに何か因縁をつけてはこそこそと攻撃していたようだがそれも知っているからな。これが何を意味するかくらい、分かるだろう?危険で陰湿、褒められない事ばっかりやってきた君たちの事だ、いくら素晴らしいお家の出でも、ここまで揃えば何て事はないさ」


そう言ったドミニクは最後、二度はないと小さく言ってから顎で扉の方向を示した。少しの間固まっていたジェフリーとサイモンは、やがて一人は酷く狼狽えながら、もう一人は潔さの欠片もなく舌打ちしながら、漸くこの教室を出て行った。静寂の戻った教室には、ただすすり泣く声だけが残った。




 遂にやってきた学年末、三年生たちは通称『分かれ道』のクラス分け試験に臨んだ。教科は実技も座学も含めて、魔法史、変身術、天文学、呪文学、薬草学、魔法生物学、魔法薬学、古代ルーン文字学、国際魔法学と全てで九教科。更に、一年と二年で習った教科についても範囲内となるため、全体の範囲は膨大だ。三年生は皆同様に目の下に隈をつくり、それでもこの地獄のような試験の一週間を終えたのだった。

 試験が終われば、あっという間に帰省の期間が訪れる。出立が明日に迫ったこの日、あの六人は今日も集まって三年生最後のお茶会を開いていた。大きな節目が一個終わったということで、今日のお茶菓子にアスターが作ったのは何とフルーツタルトだった。更に追加、とシャーリーが初めて木苺のソースを使ったジャムクッキーを持ってきたので、とても豪華だ。


「ジャムクッキーだ!あたしどうしてもこれは作るの苦手なんだよね…端っことか焦げちゃう」

「コツを掴めば簡単だ」

「えーうっそー」

「それを言うならば遥かにタルトの方が難しいだろう」

「そーかなー」


きゃらきゃらと楽しそうにお菓子作りの談義をする二人に、他の四人も一口食べては美味しい、作り方が丁寧だと褒め称えた。試験の疲れも多少取れて輝かんばかりの笑顔を見せるアスターと、はにかむ様にひっそりと笑うシャーリーは対照的だ。


「ねえ、休みはどうする?皆で遊びたくない?」

「賛成!」

「ああ、ならば今度は家へ来るか?多分祖母も喜んでくれる」

「えっスライの家?この人数入る?」

「空き部屋がある。何人か同部屋になるだろうけどそれでも良ければ」

「行く!」


至って穏やかな午後のティーパーティー、六人は夏休みの予定を立てることに熱中し始めたようだ。全員で寄り集まって日程を考える様子は、さながら子猫の兄弟の様に無邪気だった。

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