第5話 再来

「久しぶりじゃな!ワシが来たぞ!」


そう言って神々廻が勢いよくドアを開けた。ドアの先にはいつもの四人が既に集まっていた。


「おいおい、一日会ってないだけだぞ。久しぶりなんて大袈裟だな。」


「それじゃ、今日も依頼を解決しに行きましょうか。」


今日の依頼は『ぬいぐるみ』。子供を失った女性からの依頼だ。


「ていうか、今日バレンタインじゃないですか!私チョコ作るので忙しかったからあまり寝れてないですー!」


蒼が突然喋り出した。


「蒼ちゃんみんなにチョコ配ってたからね〜。私は仲良い男の子なんていないからチョコ作らなかったよ〜。みんなはどうだった〜?」


男子どころか女子の友達すら居るか怪しいボッチの私はもちろん誰にもチョコを作ってない。そもそもバレンタインなんて私には無縁だ。こんなリア充共がワイワイするようなイベント消えてしまえばいいのに。


「おい如月。顔が怖いぞ?何を考えとるんじゃ?」


しまった。つい顔に出てしまった。


「いや、何も無い!気にしないでくれ。それより早く依頼を解決しに行こうじゃないか。バレンタインなんてバカバカしい話はやめよう。」


そう言って私は強制的に話を変え、皆で外に出た。



高校から出てしばらく歩いていると、陽が歩くのを止めしゃがみ込んだ。


「陽、どうした?」


「いてて…ちょっと前に足捻っちゃったみたいでさ〜。まだ痛みが残ってるんだよね…」


「無理しない方がいいよ、今日は帰りな!」


蒼が陽に帰るように言った。


「嫌だよ!みんなが頑張ってるのに私だけ帰るなんて…うっ」


「陽ちゃん。委員長命令よ。今日は帰りなさい。」


美月先輩がそう言って、陽に手を差し伸べた。


「また足を治してから、一緒に依頼を解決しに行きましょう。」


「先輩…ごめんなさい…」


陽は本当にいい子だ。いつでも周りのことを考えて行動できる心優しい女の子。私はそんな陽を心から信頼している。


「じゃあな陽。足が良くなったらまた皆で遊びに行こう。」


「如月ちゃん…ありがとう!うん!絶対行こうね〜!」


そう言って陽は帰っていった。



「おい如月。いつになったら着くのじゃ?」


「うーん。よく分からないな。結構歩いてるけど…」


なかなか目的地に辿り着かない。それどころか、同じような道をただひたすら歩いているかの様だ。そう思いながら歩いていると、ある看板が目に止まった。


「あ、ラーメン屋だ。今日はここにしよう。」


「ふふ。如月ちゃん、本当にラーメンが好きなのね。じゃあ今日はここにしましょうか。」


決まりだ。このラーメンのために私は今日も頑張ることができる。醤油ラーメンにするか、味噌ラーメンにするか。塩も豚骨もいいな。そう思いながら足を進めた。



2時間は経っただろう。目的地はすぐそこの筈なのに一向に目的地に辿り着かない。どうも変だ。


「おかしいな。こんなに遠くにあるなんて思ってなかった。足ももう限界だし…」


「…おい、如月。あれは…」


神々廻が指を指した先には先程話していたラーメン屋の看板があった。


「なんでだ…?この店は個人経営の筈なのに。」


訳が分からないまま私達は歩き続けた。行き方も場所も分からないままただ歩き続けた。そしてまたしばらく歩いていると、また同じ看板が目に入った。


「嘘だ。これで三つ目…?」


「ワシらは引っかかってしまった。これは幻覚じゃ。いくら歩いても目的地にたどり着かないのはそのせいじゃな。」


「幻覚…?そんな物、一体誰が?」


「分からん。でも警戒するべきじゃろう。」


そう話していると遠くから物音が聞こえた。『カサカサ』といった可愛らしい表現より『ゾゾゾゾ』という歪な表現の方が正しいだろう。小さい動物が出すような音でないことは確かだ。


「誰だ!?出てこい!」


そう言っても出てこない。そして物音はだんだんだんだん近づいて来ている。音が近づくと共に心拍数が上がる。心臓の音が耳に響く。


「何よ…何が起きているの…?」


「美月先輩、怖いです…!」


蒼がそう言って美月先輩の方へ向かうと、物音を出している元凶が蒼に向かって飛び出してきた。


「あっ、やばい…!」


私は反射的に目を逸らした。見ちゃダメだ。本能がそう言っている。脚の震えが止まらない。肉を噛みちぎるような生々しい音と共に蒼の叫び声が一体に響き渡った。


「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


蒼の方を見ると、血で染まった蒼が泣き叫んでいた。蒼の横には先程まで命だったものが転がっている。そして蒼の目の前には巨大な人…ではない、背中に無数の目がある体長おそよ5m程の怪物が立ち尽くしていた。


「エクスタシー…!」


エクスタシー。十二年前の今日に現れた人を喰らう化物あくまだ。エクスタシーは数多くの被害者を生み、数多くの人を苦しめ、絶望を味あわせてきた。


「蒼!!逃げるんじゃ!お前も殺されるぞ!」


「あれ…美月先輩がいない…どこに行っちゃったのかな…探さないと…」


神々廻が全力で蒼に呼びかけるが声は届かない。蒼はもう居るはずがない美月先輩を探し始めた。


「早く帰りましょうよ…先輩…どこ…?」


「ええいこの馬鹿者!こい!」


神々廻は強引に蒼を担いで走った。私はそれの後に着いて行った。


「紅月ちゃん…離してよ…先輩がまだあっちにいる…」


「蒼…」


蒼の表情には何も感じられなかった。蒼の中の大切な何かが壊れたのだろう。彼女の瞳は既に輝きを失い、死んでしまっていた。


「先輩…どこですか…先輩…」


「おい蒼、よいか?美月先輩はもうおらぬ。死んだのじゃ。貴様を庇って死んでしまった。」


「おい神々廻!やめろ!」


神々廻が蒼に真実を告げた。蒼の目からは涙が流れていた。


「そんな…嘘だ…先輩…早く帰りましょう…」


「いい加減にするのじゃ蒼。どんなに探してももう美月先輩はおらん。だから美月先輩が自分の命を犠牲にしてまで助けてくれた蒼自身の命を美月先輩の代わりに生きていくのじゃよ。」


蒼は真実を受け止めたのだろう。彼女は先輩を探すことをやめ、ただボーッとしていた。


「神々廻…なんなんだ、これ。夢か?」


「違う。これは紛れもない現実じゃ。そしては、ワシらが戦わなきゃいけない敵じゃ。」


「敵…?戦う…?」


脳の処理が追いつかない。


「如月や蒼にはまだ伝えられてなかったんじゃ。危険地域調査委員会の本当の目的を。」






















危険地域調査委員会。表向きではエクスタシーの被害にあった人々の遺品集めを目的としたボランティア団体。しかしそれはあくまで仮の姿。危険地域調査委員会の真の目的は『エクスタシーの討伐』である。ウイルスなんて本当は存在しない。ウイルス適正なんてある訳がない。そう、如月かのじょ達は運悪く集められてしまった対エクスタシーの『駒』に過ぎない。








「そんな…」


「これでわかったじゃろ。この委員会の恐ろしさを。いつまでも仲良しでおる訳にはおらん。自分の命がいつ無くなってもおかしくないという気持ちで調査をしないといけないのじゃ。」


「…待て。なんでお前がそんなに知ってるんだ?」


「ワシはな、国から選ばれた日本代表の『駒』だったのじゃ。小学生の時からずっと訓練の毎日が続いてな。気がついたらストレスの所為で火を通してない肉以外何も受け付けない体になってしまったのじゃ。」


「違う。私が聞いてるのはお前の過去じゃなくて、なんでお前が危険地域調査委員会の本当の目的を知ってるかどうかだ。」


「さっき言ったじゃろ。小学生の時から訓練をしていたと。その時に聞かされたのじゃよ。」


「そうだったのか…ごめんな。これまでずっとお前のこと分かってなかったよ。どうか許してくれ。」


私が頭を下げると、神々廻は笑って答えた。


「ハッハッハ!何を今更言っとるのじゃ!ワシとお前の仲じゃ。そんな事でワシは怒らんよ。」


「ならいいんだけど…これからどこに行くんだ?」


「地下じゃ。地下に基地がある。着いてきてくれ。」


「ち、地下!?」


私達の戦いは、これから始まる。

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思い出はビターチョコレートのように 早乙女ペルル @Shuu1117

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