第3話 同情

 両親は私が生まれて間もなく死んだ。そして私は他の人間に「かわいそう」と言われ続けてきた。私の気持ちは誰にも解らない。それなのに皆私の気持ちがまるで解っているかのように接してくる。私はそんな人間が大嫌いだ。




















 今日も電車に乗って登校している。周りもよく見る顔ばかり。いつもと変わらない今日を過ごしている…隣にいるヤツを除いて。


「学校は博多にあるのか〜?遠いのう!それにしてもなんでこんなに早く起きなきゃいけないのじゃ。ワシは眠い。そして朝ごはんを食っとらん。腹も減っておる。如月、どうにかしろ。」


 神々廻ししば 紅月べる。昨日から私の家に居候している騒がしいピンク野郎だ。


「朝ごはんを食べてないって…私はちゃんと白ご飯と味噌汁、秋刀魚を作ってテーブルに並べていた。でも神々廻が食わなかったじゃないか。」


「やかましい!ワシは肉しか食わんのじゃ。明日から肉を用意せい。豚でも牛でも鳥でもいいぞ!」


「いいのか?そんなに肉ばっか食ってたらヴィーガンの人たちに殺されるぞ?」


「ヴ、ヴィーガン?なんじゃそれ?」


「動物を大事に想う気持ちが強くなりすぎて、肉を食べるのをやめましょうって言ってる人達だ。お前は肉しか食べないから逆ヴィーガンだな!ははは!」


「えぇ〜いうるさいうるさい!ワシだって動物を大事にしとるわ!あ、猫がおる…じゅるり。」


「ハァ!?お前猫も食うのか!?ヴィーガンどころか猫愛好家にも命を狙われるぞ!?」


「猫愛好家?そんなもんおるのか?」


「いるよ…ここになぁ!」


 そう、私は生粋の猫愛好家だ。だから猫を見てヨダレを垂らした神々廻ピンクを絶対に許さない。


「今ここで死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!」


「わー!!待て待て、落ち着け!如月、ワシが悪かった!!だから追いかけてくるな!!」


 神々廻を追いかけているとあっという間に高校に着いた…ってコイツ、高校の位置を知ってるのか?まあそんなことはどうでもいい。


「じゃ、この続きはまた後で。放課後になったら二年一組に来てくれ。」


「に、逃げよう…」


 神々廻が小声でそう言ったが、丸聞こえだ。


「聞こえてるぞ?来いよ?来ないとどうなるか…」


「わかった!!来る!来ます!はい!」


 *


「はい、じゃあ朝のホームルームを始めまーす」


 今日も退屈なボッチライフが幕を開けた。まあ放課後までの辛抱だ。我慢しよう。


「ここで皆さんに大ニュースです。なんと転校生がやってきました!」


「…え。」


「ワシの名前は神々廻 紅月じゃ。バベル様と呼ぶがいい下衆共!」


 教室がざわついている。無理もないだろう。見ず知らずの人に「ゲス」と言われたのだから。神々廻は初日の一発目からクラスのヘイトを買ってしまった。あいつもきっとぼっちだ。可哀想なヤツめ。


 朝のホームルームが終わり神々廻の方を見ると、なんとクラスの大半が神々廻を囲んでいた…!


「し、神々廻さん!どこから来たの?」


「髪綺麗だしいい匂いだね!なんのシャンプー使ってるの?」


「神々廻さん可愛いですね!僕と付き合ってください!」


 なんと神々廻は大人気だった…!何故だ。最初にあんなクソみたいな自己紹介をしたのに。ルックスの差か?確かに認めたくはないが神々廻はかなり顔が整っている。美月先輩に並ぶ、いやもしくはそれ以上の顔面を持っている。やはり世の中顔か…!


 まあいい。あんな奴に構ってる暇はない。早く次の授業の準備をしよう。そう思って立ち上がると神々廻が話しかけてきた。


「お、なんじゃ?如月。一人か?…まさかお前、クラスに友達がおらんのか……?」


「うるせぇ!!悪いか!?」


 ああ恥ずかしい。死のう。


「仕方ないやつじゃ。ワシが一緒に行動してやろう。」


「いいお世話だよ!!」


 *


「はい、気をつけて帰ってください。」


 やっと今日も授業が終わった。神々廻のせいでいつもより疲れた気がするが、私達の戦いはこれからだ!


「~完~」


「次回作にご期待ください…ってなんでだよ!?打ち切り漫画みたいじゃないか!!それになんだ、次回作って!!」


「だって『私達の戦いはこれからだ』と言えば打ち切り漫画の典型的な終わり方じゃろ?ワシが何かおかしなことを言ったか?」


「いや、確かにそうだけど…ってあれ?私打ち切り漫画の最終回みたいなこと口に出して言ったか?」


「ん、まあ小さいことは気にするでない。それより行くぞ!調に!」


「ん?危調ってなんだ?」


「『危険地域調査委員会』の略じゃ。長くて言うのが面倒臭いからのう。」


「いいな、それ!よし神々廻。危調に行こう!」


 *


「よし、みんな揃ったわね。」


「如月遅いよ〜!」


「あぁ、ごめんごめん。神々廻ピンクのせいで遅れた!」


「ハァ!?人のせいにするでない!」


「ふふ。二人とも落ち着いてちょうだい。今日の調査はすぐ近くよ。」


 美月先輩の『すぐ近く』という言葉を信じてはいけない。少し前、すぐ近くと言って三時間ほど移動で歩いたことがある。おそらく彼女の感覚は狂っているので、二十四時間以内ならどこでも『すぐ近く』と言いそうだ。


「あ、あのー。それってどこら辺ですか?」


「ここからほど離れた所にあるわ。さあ、早く行きましょうか!」


 ダメだ。全然近くない。まあどうこう言っても仕方が無いので黙って着いていこう。


 *


 ようやく目的地に着いた。途中で神々廻が野良犬の群に襲われていたが、必要な犠牲ということで見捨ててここまで逃げてきた。


「おーーーーい!待て待て!置いていくな!」


「なんだ神々廻。生きてたのか?さっき野良犬の群に襲われてたじゃないか。」


「ククク。ワシを誰じゃと思っておる?野良犬なんて軽ーく…」


 嫌な予感がする。まさかこいつ、色々な動物を食うだけじゃ飽き足らず虐殺を…!?


「エサで撒いてきたわい!」


「お、お前にも人間の心があるんだな。」


「なんじゃその言い方は!?」


「まあまあ。お喋りは後にして、行くわよ!」


 今回の依頼は『家族写真』。どうかわかりやすいところにあって欲しい。そう思いながらドアをゆっくり開ける。


「さあ!!って…え?」


 お手本のようなゴミ屋敷だ。家の中は大量のゴミ袋が占領している。そしてゴミ屋敷特有の刺激臭が鼻に突き刺さってきた。


「うぅ…ここからどうやって探せば…」


「つべこべ言わずに探すわよ!開始!」


 私は蒼とひなの三人組で探すことにした。幼なじみの仲良しトリオだ。


「さあ、張り切って美月先輩より先に見つけよう!」


「今日も蒼は美月先輩の為に張り切ってるな。」


「ふふ。蒼ちゃんらしいね。」


 些細な会話をしながら写真を探し続けた。しかしどう探しても見つからず、気がつくともう日を跨いでいた。


「美月先輩、ありましたか?」


「いいえ、こっちにもないわ…!でも絶対見つけ出すのよ。大切な家族が亡くなった人の辛さを少しでも和らげるために、依頼は絶対に達成しなきゃいけないの…!!」


「そうですね…それにしても、なんで家族写真なんでしょうね?」


「そりゃあ、大切な思い出が詰まったものだからよ。家族達が仲良く過ごしていたっていう証明にもなるし。」


「確かにそうですね…まあ私は親の仕事の都合で一緒に写真なんて撮ったことないですけどね…先輩はありますか?」


 美月先輩の表情が変わり、場が凍りついた。ヤバイ。私は変な質問してしまったかもしれない。


「…両親は私が三歳の時に二人とも死んだわ。」


 *


 これは、ずっと昔のこと。私、咲良さくら 美月みづきはごく普通の家庭に産まれた。産まれたばかりの私を両親はとても可愛がってくれた。こんな幸せな時間がずっと続くと思っていた。しかし、現実は残酷だった。


 三歳の誕生日。両親と一緒に買い物に行った帰りに私はバスに揺られながら眠ってしまった。しかし突然、鈍い音がバス内に鳴り響いた。


「貴様ら!大人しくしろ!黙って俺の指示に従わないと殺すぞ!」


 バスジャックだ。幼い私には何が起きてるか分からなかったが、本能が命の危険を教えてくれていた。これはヤバイ。


「いいか?まず持ってる物を全て出せ!じゃないとこの子供を殺すぞ!!」


『子供』とは私の事で、頭の横に銃口を突きつけられた。しかしみんなが金を出せばきっと助かる。そう思っていた。しかし一人の乗客がこう言った。


「別にいいんじゃない?別に私には関係ない子だし。それに次のバス停で降りるから、私は返してもらうわよ。」


「ダメだ。持っている物を全て出せ。」


「嫌よ。私は帰るわ。」


 …人間とは、ここまで汚い自己中心的な生き物なのか?こいつだけなのか?…いや、違う。きっと皆心の中では関係ないからいいという気持ちがあるはずだ。自分が良ければ他人はどうなっても構わないという思考が人間の本性だ。


「ああ分かった!こいつを殺すからな!いいか?貴様ら!本当に殺すぞ!!」


 そう言って犯人が引き金を引こうとした瞬間だった。


「待ってくれ!その子を殺すなら私を撃て!」


 …父だ。自分より私のことを大事にしてくれる、大切な父だ。


「それなら私も変わります。だからその子を話してください…!」


 …母だ。いつも優しくてよく笑う、私の自慢の母だ。


「あぁ…!もういい!どうにでもなれ!!」


 そう言ってバスジャック犯は私の両親を撃ち抜いた。赤い。赤い。赤い血が銃声と共に溢れ出した。両親は倒れたまま動かず、ただ血を流していた。動かない両親を見てバスジャック犯が慌てふためいている。私は何が起きてるのかさっぱり分からなかった。ボーッと立ち尽くしていると警察が来て、私は保護された。


 保護された後私は大人達に「かわいそう」と言われ続けてきた。私は同情されるのが大嫌いだった。人の悩みを知った気になって満足ぶる大人たちの態度が大嫌いだったのだ。日が経つに連れて人間に対する嫌悪感が増していく。それでもそれを表に出さないよう必死に隠した。いつも笑顔を忘れず、誰にも心配させないように、と言うより同情されないように。


 こうやって人を騙し続けていた私だが、エクスタシーのウイルス耐性があることが学校の診断で明らかになった。それにより急遽高校を転校する羽目になったのだが、転校先の高校で運命的な出会いをした。それは『危険地域調査委員会』である。私と同じように大切な家族を失った人達の傷を少しでも埋める。そんな活動内容に私は惹かれた。


 そしてそこで出会った後輩の如月きさらぎ青蓮寺しょうれんじ あおい黄龍こうりゅう ひなと仲良くなった。初めて心から信頼出来る仲間が出来た。私はそれが嬉しかったのだ。今ではまた一人仲間が増えて、今一緒に活動をしている。こんな毎日が幸せだ。


 *


「っていうことよ。」


「ああ、なんか、ごめんなさい。嫌なこと聞いちゃいました」


「ふふ、気にしないで。さあ、気を取り直して探すわよ!」


 私と美月先輩が気合いを入れ直した時だった。


「あった!あったぞ!!」


 神々廻が写真を持ってはしゃいでいる。何時間こうやって探して続けていただろうか?もう電車は残ってないだろう。どうやって一夜を過ごそう。


「よし、任務完了よ!…って、どうやって帰る?」


「電車が無いので歩いて帰るしか…」


「ええ!?歩くのか!?ワシはもうクタクタじゃぞ!」


「うるさい!黙って歩くぞ!!」


 あぁ。こう言ったものの本当は一歩も歩きたくない。野宿するしかないのだろうか。でも歩くくらいなら野宿の方がマシだ。でも風呂には絶対入りたい。あぁ、本当にどうしよう。


「良かったら、私の家に来ない?」


「え?いいんですか?」


 *


「わー!!美月先輩の部屋だ!私ここで寝るから!!」


 いつにも増して蒼がはしゃいでいる。この先輩大好き野郎が。深夜なので少しは静かにして頂けるとありがたい。


「じゃ、みんなでお風呂に入りましょう。」


「え?みんなで?」


 そう行って風呂場…というより浴場に連れて行かれた。デカい。そこら辺にある銭湯より遥かにデカい。これが家の中にあるなんて、美月先輩は一体何者なのだろうか…?


「よし!ワシが一番乗りじゃあ!」


「あ、待ちなさい!美月先輩と私が最初に入るのよ!」


「やれやれ。あいつらは元気だな。陽は一番風呂争いに参加しなくていいのか?」


「私はいいよ。クタクタだからはしゃぐ元気もないしね。後でゆっくり入らない?」


「名案。そうしよう。」


 何はともあれ今日も無事任務完了だ。これからもこの仕事を責任持って取り組もうと思う。大切な人を失うことの辛さは私もよく分かっているから。

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