第5話 金曜日「ワクチン」
ウィルスとの戦い。
何百年も人間は目にも見えない小さな敵と戦ってきた。
スペイン風邪、今ではインフルエンザと呼ばれている。
インフルエンサー、SNSで影響力を持つ人間、それはウィルスが起こした流行のように。そんな意味で使われてきた。
少し前に世界的にあるウィルスが大流行した。
いまだにそのウィルスの発生源も、人工的に作られた生物兵器だったかもわかっていないが、その影響は凄まじいものだった。
世界中で何百万人も命を落とした。
この国でも、国民的コメディアンや、有名俳優がウィルスによってその命を失った。
世界が変わってしまった。
今までの生活様式は一変し、経済活動は停滞した。
しかし、それでも人間はウィルスに立ち向かった。
今までのルールを変えて、今まではありえないスピードでワクチンの開発を行い、感染を抑えていった。
ワクチンのおかげで世の中は少しづつ、ゆっくり元の世界に戻っていった。
・・・かのようにみえた。
ワクチンにはやはり副反応があった。今までよりも早く開発し、臨床実験も少ないワクチンは特定の人間にはつらい副反応や、後遺症を残すことになった。
それでも、多くの人間を救うワクチンの存在は大きかった。
数年後・・・・再び新たなウィルスが猛威を振るった。
ウィルスの致死率は数年前に流行った物よりはるかに強く、多くの死者を出し、またもや世界が変わってしまった。
このウィルスの感染方法は肉体接触だった。
空気感染も飛沫感染もしないが、少しでもお互いの肉体が触れてしまえばウィルスに感染してしまった。
しかし、それさえ気をつけていれば良いわけなので、今までのウィルスより簡単に対策ができると思っていた。
しかし、キスやハグが挨拶がわりの文化の国や・・恋人同士には耐えられない物だった。
SNSで『ウィルスより愛を選ぶ』と言ってキスを交した動画をアップした恋人たちは2日後に死んだ。
触れてはいけない。ということは思いの他ストレスだった。
飛沫感染であれば距離をとれば良い、会いたくない人にはあわなければリスクは減る。
前のウィルスの対策はそれで済んだ。
しかし、今度は触れたい、愛おしい、触れ合いたい人間と触れ合うことが感染のリスクになったのだった。
またもや世界が変わった。
人と人、愛する人とのコミュニケーションが変わってしまった。
一時的に世界の出生率が落ち、ウィルスでの死亡者は増えた。
しかし、やはり人間にはウィルスと戦い続けてきた歴史があった。
前回のウィルスとの戦いで学んだ事を活かし、前回より早く、そして副反応、摂取による後遺症をなくすワクチンを早々に開発することができた。
世界中の人々がワクチンを摂取し、少しづつ感染が抑えられ、少しづつ世界は元通りになっていったように思えた。
想像のしない事態が世界を襲った。
新しいワクチンはものすごく優秀で副反応も、ワクチンによる後遺症なども全くと言って良いほど表れなかった。・・・・人間には・・・
このワクチンも前回大流行したウィルスの時のように複数回のワクチン摂取をすることで効果を高めるものだった。
2回、3回摂取すれば効果は絶大になり、3回摂取が推奨された。
世界中の人間が3回摂取をするまでに時間がかかった、1年・・・いや1年半くらいだろうか。
そんな時におかしなことが起こるようになった。
会話の語尾に『ピョン』という人間が同時多発的に現れたのだ。
別にお笑い芸人が流行らせたわけでもなければ、SNSでインフルエンサーが流行らせたわけでもなかった。
初めはワイドショーで笑いのネタにとりあげられるような物だったが、次第に自体は深刻化していった。
事が大きくなったのはある有名な大学教授がこの自体に対しての見解を発表した時だった
「えー、この一連の『ピョン』事例ですが、研究の結果、ワクチンの副反応だと言う事がわかりました。副反応と言うのは・・信じられないかもしれませんが、嘘をついたときに発した言葉の語尾に『ピョン』がつくという事であります、しかし、今のところこの症状がでてるのは1000人に1人程度、そして命には別条はない症状という研究結果になっております」
かなりセンセーショナルな発表だった。1000人に1人はかなりの人数だが、命に別条はないということで、人間はそこまでこの問題を重要視しなかった。
TVのお笑い芸人が、わざと嘘を言う時に『ピョン』をつかって笑いをとる。そんな程度の影響かと思われていたが、世の中では『ピョン』狩りが始まった。
小学生は男の子に『おんなっていってみろよ』と嘘をついてないか試し、『ピョン』と言ってしまった子に『わーこいつピョンだ〜』とイジメの原因になった。
会社の上司が『本当のことを言ってみろよ』ととわれた部下が『ピョン』と言ってしまい、関係性が悪化するなどの事案が多数発生した。たくさんのキャバクラ嬢が職を失った。
人間はウィルスではなく、自分たちが作ったワクチンで疑心暗鬼を作り、世の中は混乱していった。
混乱の中、再び大学教授の発表により世の中に戦慄が走った。
「えー、この『ピョン』事例で新たな事実がわかりました。嘘をついた時に『ピョン』という語尾になってしまう副反応はほぼ100%正確な情報です。さらに・・・・この症状が出た人間・・・いや、患者を精密検査したところ・・・・かぎりなく人間のDNAと近いものを持っていますが全く別の生物だということが判明しました。さらに・・・細胞の中に、ナノマシンと思われるものを発見できました・・・つまり・・・人造人間・・・・アンドロイド・・・どういう表現が正しいかはわかりかねますが、人間ではない。という結果がでました。」
世の中が大混乱になった。1000人に1人。人間じゃない生き物。アンドロイドが世間に紛れて生活をしていたのだ。
『ピョン』狩り、『アンドロイド』狩りが始まった。
今まで同じように生活をしていたのに、正体がわからない物に人間は恐怖して排除しはじめた。
TVでは冗談でも『ピョン』は言えなくなり、youtubeで『ピョン』を使った人気ユーチューバーが暴行され死亡する事件まで起こってしまった。
世界のいろんな場所同じ事が起こった。
『ピョン』側の差別撤退デモ活動、テロ活動。
しかし、アンドロイドと言われた嘘をつく時に『ピョン』と言ってしまう人間は社会的に問題はない人間がほとんどだった。ただ嘘をつくと語尾に『ピョン』とついてしまうだけだった。
それでも『ピョン』と人間の間の亀裂はどんどん大きくなっていった。
その亀裂が決定的になる事件が起こった。
自体を重くみた政府が国会でこの問題を議題にとりあげ総理が質疑に行うというところまで来ていた。
その日の国会中継は今まで最高視聴率になった。
「えー、この事案に関してですが、現在調査中でございます。国民の皆様にはご心配をおかけしておりますが、一部週刊誌の報道にありました。アンドロイドは政府が作って、社会実験を行っているという事実は・・・・・週刊誌の勝手な憶測であり、政府はまったく関与しておりませんピョン』
一国の首相が嘘をついていることがバレ、さらにアンドロイドだったということが国民にさらされることとなった。
この事件をきっかけに世の中は過激になっていった。
世界各地でデモやテロが起こり始めた。
人気ナンバーワンのニュースキャスターがゲストの誘導尋問で『ピョン』と言ってしまいアンドロイドだと迫害された。
某国の独裁者が盗撮された動画で『ピョン』と言っていることを暴露され暴動が起きた。
ある有名経営者はあえて『ピョン』をつかいSNSでメッセージを伝えたが、数日後右手の指をすべて切り落とされた姿で2度と『ピョン』はつかわないと誓約する動画をアップした。
嘘をつく人間、いや人間じゃない生き物に人間は疑心暗鬼なり恐怖をもった。
いくつかのいざこざが起き、それが争いになっていった。
『ピョン』側は初めは被害者として権利を訴えていたが、しだいに激しくなる迫害に対して我慢ができなくなっていった。
そして事態は最悪の方向に向かっていった。
『ピョン』アンドロイドと人間との戦争が始まった。
世界各国、いろんな地域で同時多発に戦争が起こった。
残念ながらアンドロイドは人間より優秀だった。
自分たちが作り上げたと思ったコンピュータや、ドローン、AIなどはすべてアンドロイドに支配され、どんどん人口を減らしていった。
1000人に1人だったアンドロイドは10人に1人になっていた。
人間はウィルスに勝つためにワクチンを作ったが、そのワクチンのせいでウィルスより強大な敵を作ってしまった。
嘘をつくと『ピョン』といってしまう副反応をつくるワクチンを。
しかし、嘘をつくと『ピョン』と言ってしまうことがそんなに人間にとって大切なことだったんだろうか?
逆にウソつきがわかってよかったんじゃないのか?
そんなに嘘をついたら『ピョン』と言ってしまうだけのアンドロイドは人間にとって脅威だったんだろうか?
今となってそんなことはどうでもよいのかもしれない。
もう少しで人間は滅びるだろう・・・・
そんな結果は誰も望んでなかったはずだが・・・・・・
たかが嘘をついたら『ピョン』って言ってしまうことだけでここまでの事態になるなんて馬鹿げてると思うだろう?あり得ない話だろうと思っているだろう?作り話だと思っているだろう?
そう、実は僕は小説家だ、この話は全て作者の妄想によるフィクションであり、そんなウィルスもワクチンもアンドロイドなんかは存在しないピョン。
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